菅義偉という政治家:ポスト安倍の有力候補に

政治・外交

新元号「令和」の発表、5月の訪米でトランプ政権の“厚遇”を受けたことなどから、菅義偉官房長官が「ポスト安倍」の有力候補に浮上したとの見方が広がっている。政治家・菅義偉とはどのような人物なのか。

安倍長期政権を支える最大の貢献者

「ポスト安倍」の首相候補として、菅義偉官房長官の名前が挙がるようになってきた。その背景の一つとして、現状の自民党内に有力な後継者がいないという状況がある。

2012年、18年の自民党総裁選で安倍氏と争った石破茂元幹事長だが、彼を支持する国会議員の数が以前より増えているとは思えない。政府、党の役職についていないことから、メディアで取り上げられる彼の発言は、首相に批判的な内容に限られてしまう。それでは党内で、いいイメージには結びつかない。12年総裁選の予備選挙では最も多い得票を得たが、この6年半の間に国会議員の支持者を増やせなかった。これが一番の問題だ。

岸田文雄政調会長は、「熟柿路線」というか、安倍首相からの”禅譲”を期待している。しかし、これまでの自民党の歴史を振り返ってみても、権力とは奪い取るもので、落ちてくるのを待つというものではない。

「安倍一強」と言われる状況で、有力者の影が薄くなっている。そうすると「他に誰かいないのか」と新たな候補を探す動きが出てくる。国民に人気の高い小泉進次郎衆院議員は、さすがにまだ早い。そこで菅氏の名前が挙がるのは、当然と言えば当然だ。安倍政権がなぜ6年間もの長きにわたり続いてきたか。その最大の貢献者が、毀誉褒貶はあるにしても、官房長官の菅氏であることは間違いない。

また、「令和」の新元号発表があって、これまで一般の人にはあまり知られていなかった菅義偉という政治家の知名度が一気に上がった。この映像は、今後もテレビなどで繰り返し使われるだろう。このことも多くの自民党員にとり、菅氏が”ポスト安倍”の候補と感じる大きな要因になるのではと感じる。

私心を見せず、人事で各省庁を掌握

50年近くの政治記者生活で、22人の首相と政権を見てきた。これまでは、官房長官として最高の人物は後藤田正晴氏だと思ってきた。役所の掌握力、危機管理、そしてなによりも高邁な人格。だが、菅氏は今や、後藤田氏を超えたと思っている。

まず、記者会見での失言がない。面白味はないかもしれないが、絶大な安定感がある。また、各省庁から上がってくる情報をうのみにせず、自分が得た独自の情報を持って官僚らに対峙する。そこが大きな強みになっている。

彼の一日だが、朝5時に起きて新聞を1時間読み、6時のNHKニュースを見て、その後は学者やマスコミ関係者などと朝食会をする。酒は飲まないのだが、夜は最低2カ所、多い時には3カ所の会合をこなす。それだけの勉強を普段からしているということだ。

さらに彼の政治観として、「権力、政治の要諦は人事にある」ということを強く意識していると思う。人事を通じて各省庁を掌握している。

彼が普通の政治家と違う大きな特長は、内閣の要である官房長官のポストを、自分の次のステップに使っていないことだ。多くの場合、優秀な政治家ほど「次は党幹事長、そして首相に」と考える。その姿勢を周囲に少しでも見せると、必ず政権内に何らかのほころびが出てくるものだ。彼は、そういうそぶりは一切見せない。ナンバー2に徹している。

だから、安倍首相との関係でも、すきま風がいささかも吹いていない。だから他の付け入るすきがない。「安倍一強」と言われるが、それをつくってきた要因の一つは首相と官房長官との強固な関係だ。いまどのように政治が動いているのか、どこを叩けば何が出てくるのか、6年半もの長きにわたり官房長官を務めたことで、菅氏は日本で最も「手腕にたけ、全てを知っている」政治家になった。

農家を捨てて上京、苦労して政治家に

菅氏は秋田県南東部の湯沢市出身。農家の長男だが、親の反対を押し切って高校を卒業後、アルバイトをしながら法政大学を卒業するなど、大変な苦労をしている。つてをたどって小此木彦三郎の秘書、横浜市議、そして国会にという経歴だ。

菅義偉氏の歩み

1948年 秋田県雄勝町(現・湯沢市)で出生
高校卒業後に上京
1973年 法政大学を卒業し、民間会社に就職
1975年 小此木彦三郎衆院議員の秘書に
1987年 横浜市議に
1996年 衆院選で神奈川2区から自民党公認で出馬し初当選
2005年 総務副大臣
2006年 総務相、特命担当相(地方分権改革)
2012年 安倍第2次内閣で官房長官に
2017年 衆院選で8期目当選

(菅氏の公式HPなどをもとにnippon.com編集部作成)

現代の自民党政治家は世襲、または官僚出身のエリートが多い。優秀だが、逆境に弱い部分がある。自分の力でのし上がってきた菅氏のような政治家は、今では非常に珍しい。

下積みの経験があり、市井の人々の心を分かっている政治家だと思う。総務相時代には「ふるさと納税」を発案、推進した。神奈川2区という都市部の選挙区が地盤だが、自分の名刺には、「秋田県出身」の文字が入っている。自分の拠り所は、あくまでも「秋田の山の中」だと繰り返し口にしている。

安倍首相との関係だが、第1次政権で退陣に追い込まれ、一時は再起不能と言われる状況だった。そこを励まし、背中を押して「(総裁選に)出るべきだ」と支えたのが菅氏だ。派閥とかの関係を越えて、民主党政権の3年半で野党暮らしにある中、2人の間に強い思いが響き合ったのではないか。

「令和」でウィークポイントを払拭

「ポスト安倍」が実際に菅氏になるかどうかは、ひとえに安倍首相の辞め方がどうなるかに左右される。中途半端な形で辞任することになるならば、誰かがリリーフしなければならない。政治に停滞は許されない。現状で一番安心でき、最もスムーズに政治を動かしていけるのは菅氏だ。その意味で菅は安倍の後継者たり得る。

ただトップリーダーの資質というのは、それだけではない。カリスマ性、人々をひきつける力が備わっていなければならない。その点をどう考えるか。「総理になるために」政治家になるタイプもいるが、菅氏のこれまでの政治家としての歩みは全く違う。

戦後の自民党政治を振り返ると、「振り子の原理」が働いている。リーダーシップ型と調整型が交互に首相を務める例が多かった。例えば、佐藤栄作は「待ちの政治」スタイルだったが、次の田中角栄は「ブルドーザー」と呼ばれる「決断と実行」の政治を標榜した。「和の政治」を目指した鈴木善幸の後には大統領型の中曽根康弘、その後にはまた調整型の竹下登という具合だ。

リーダーシップ型の首相の政治の後には、国民の中に「もう疲れた。国論を二分するような議論をするよりも、少し静かにしていたい」という心理が広がるのかもしれない。なによりもまず、自民党員がそういうムードになってくる。となると、安倍首相の後には、調整型の方がいいのではないかということにもなりかねない。

自民党総裁、そして首相となる政治家にとって、党の国会議員と自民党員の支持が必要なのは言うまでもない。だが、国民の幅広い人気というものも非常に重要だ。所属議員にとっては総理・総裁が「選挙の顔」となり、自らの当選を後押ししてくれる存在でなければ困る。そこが昔と違う。小選挙区制の導入により、派閥の力学だけでは首相は決まらなくなった。

国民一般の知名度が今一つだったという菅氏のウィークポイントは、新元号「令和」の記者会見で一気に払拭された。ただ、「選挙の顔」となるだけのカリスマ性を今後持つことができるか。ここの部分についてはまだ未知数だ。

バナー写真:新元号「令和」を発表する菅義偉官房長官=2019年4月1日、首相官邸(時事)

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