相次ぐ高齢ドライバー事故:交通行政と福祉行政の連携を

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高齢ドライバーによる悲惨な交通事故が多発している。こうした事態は、「自動車優先主義」と「超高齢社会」とが出会うことにより、起こるべくして起こった。

免許返納に踏み切れない地方の高齢ドライバー

日本では高齢者の運転免許保有率が上昇し、高齢ドライバー激増時代が到来している。それに伴い、高齢者が加害者となる交通事故が増えている。特に今年4月19日に池袋で87歳ドライバーが母子を死亡させた事故は痛ましく、大きく報道され、高齢ドライバーに対する運転免許返納を迫る社会的圧力が高まっている。しかし、運転免許は生活と密接に結びつき、返納の決断は容易ではない。

高齢ドライバーによる交通事故の多発は、車社会と超高齢社会が重なり合って起きた日本社会の負の側面の一つと言える。日本では、経済の高度成長とリンクして自動車は国民生活の中に急速に浸透していった。しかし必ずしも十分な社会基盤が整備されない状態で「自動車優先主義」が人々の行動を支配したため、こうした問題が超高齢社会の進展とともに必然的に表面化したのである。特に、短期間で車社会へと大転換した地方社会の状況は深刻だ。

日本における本格的な車社会の到来は、先進国と呼ばれる国々の中では最も遅く、1970年代からであり、まだ50年にも満たない。70年代になると、経済成長の波に乗り、自動車が地方都市の道路へ急激に進出していった。その結果、地方都市の交通手段として経済効率に勝る自動車のみが生き残り、60年代まで人々の移動を支えていた路面電車や自転車が一気に駆逐されてしまった。

そのため、日本の地方都市は自動車交通を根幹に据えた構造に再構築を迫られ、量販店、病院、公共施設は広い駐車場を確保するために郊外への移転を余儀なくされた。地方都市といえども、激増する自動車の駐車スペースを街中心部に確保することは容易ではなかったからである。全国各地の地方都市中心部が空洞化し、街中の人通りが大幅に減り、シャッター街へと変わり果てるのに余り年数はかからなかった。

逆にかつての中心部から数キロ離れた場所に、自動車によってのみアクセス可能なニュータウンが次々と出現し、にわかに活性化していった。農耕地や山林を切り開いた場所に建設されたニュータウンには、広大な平場の駐車場が必ず設置された。こうして、地方都市に暮らす人々が郊外へ移転したスーパーや病院へ出向くためには、マイカーが唯一の移動手段となったのである。

当時若かった世代が高齢化した現在、彼らは自らの生活維持のために自動車を手放すことができない。少々の健康上の問題が生じても、運転免許を持つことに執着せざるを得ない理由の一つがここにある。かつて日本の地方都市がマイカーによる移動を大前提とした街づくりを進めてきた政策の限界が、まさに露呈したと言わざるを得ない。

自動車最優先ではない欧州

これに対して、日本同様にすでに高齢社会に突入し、日本よりも一足早く車社会を実現してきた欧州先進諸国の状況はどうか。欧州では20世紀後半に自動車交通が本格化しても、地方都市の道路から路面電車が消えることはなかった。地方都市の交通の中に、公共交通機関とマイカーとの役割分担がきちんとルール化されたからである。

さらに地方都市交通の大前提として、自動車が決して優遇されておらず、歩行者、自転車、公共交通機関、そして自動車が、交通参加者として対等な社会基盤が形成されていることを強調したい。

欧州の地方都市では、自動車と路面電車が遭遇する場合、基本的に路面電車に優先権が与えられ、街中を移動する際には、マイカーよりも路面電車を利用した方が短時間で移動できる。そのため、欧州の地方住民は路面電車利用に利便性を見いだし、自動車が普及しても地方都市から路面電車が消えることはなかった。

日本の地方都市では、圧倒的に自動車が優遇され、歩道が設置されていない狭い道路にも自動車はかなりのスピードで進入することがしばしばである。歩行者や自転車は路肩のドブ板の上へ追いやられ、道路内では「自動車-バイク-自転車-歩行者」といった階層的序列が出来上がり、先を急ぐ自動車に対して強い優先権が与えられている。そのため、交通弱者として最もしわ寄せを受けている「歩行中の高齢者」の事故死者数の多いことが、日本の大きな特徴となっている。

欧州でも日本でも、全ドライバーに対して、年齢を問わず一定のハードルが課される点は同じである。しかし、ドライバーに対するさまざまなハードルが、欧州では日本よりもかなり高く設定されている。例えば、欧州社会では一般的であるが、日本の道路では見られない住宅街路上のハンプ(道路の一部を隆起させて減速を促す構造物)やポールの設置は、高齢ドライバーには運転しづらい高いハードルとなる。こうした道路設計は、必然的に欧州の高齢ドライバーが無理せず免許を手放すことにつながっている。交通違反に対する厳しいペナルティーも、高齢者にとって運転しづらい高いハードルとなり、自主返納を促している。

加えて、地方都市といえども一定の公共交通機関が整備されており、運転を断念しても、高齢者にとってその後の生活にあまり支障が生じないことも見逃せない。日本の地方都市との決定的な違いがこの点にあり、こうした交通環境整備の差異が、欧州の高齢者を運転免許の自主返納へと導く重要な要因となっている。

留意すべき運転断念後の生活支援

日本では、高齢ドライバーに対して、1998年から「高齢者講習」が運転免許更新時に義務付けられている。70歳以上の免許更新希望者全員に本格的な特別講習を課している国は極めて珍しい。講習目的は、加齢に伴う身体機能低下の自覚を促すことである。2009年以降、75歳以上については認知機能検査(アルツハイマー型認知症のスクリーニング検査)が加えられ、検査結果次第で更新不可の可能性もあり、17年以降、その基準が強化された。

茨城県水戸市内で行われた「高齢者講習」での認知機能検査の様子(筆者撮影)
茨城県水戸市内で行われた「高齢者講習」での認知機能検査の様子(筆者撮影)

しかし、検査合格でも事故を起こすドライバーが続出し、検査の妥当性を疑問視する声が根強い。さらに、高齢ドライバーが激増している現在、講習システムそのものが機能不全になりつつある。行政の試行錯誤は続き、自動ブレーキ搭載車両のみ運転可能な高齢者専用免許案も政府関係者から出されている。

現行の高齢者講習ならびに認知機能検査が実効性を発揮しているとは言い難いため、高齢ドライバーを取りまく家族や地域社会が、運転免許の自主返納を促すさまざまな努力を行っている。返納者数は確実に増えているが、現時点での返納者の属性は、都市部居住者や地方でも車以外に代替移動手段をもつ人に限られている。

地域社会で暮らす高齢者に配慮した注目すべき対策が、15年から熊本県で行われている。免許更新現場に女性看護師を配置し、運転免許の自主返納を促すと同時に、運転断念後の生活支援を行うという試みである。

相談を受ける看護師は、地元在住のベテラン看護師であるため、運転に不安を持つドライバー自身や家族からの信頼が厚い。医療専門知識を持ち、人生経験も豊かである彼女たちは、まさにその任に就く最適任者である。運転断念の方向へ傾いた場合には、地域事情にも精通しているため、運転断念後の生活(移動手段や生きがい)について地域に密着しながら共に考えることが可能であり、大いに成果を上げている。

高齢者皆免許時代に近づきつつある今、高齢ドライバー問題は単なる運転の問題ではなく、地方社会で暮らす高齢者の生活支援の問題になってきている。まさに「交通は社会の縮図」であり、交通行政と福祉行政の連携が不可欠である。多職種連携と地域連携をより強めて、この問題に当たっていかなければならない。

バナー写真=2019年4月19日、東京都豊島区東池袋で高齢男性が運転する乗用車が暴走し、歩行者や自転車をはね親子2人が死亡した交通事故で、現場に残された自転車と事故車両(時事)

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