「異端」MMTが日本に突きつける難題、野放図財政のリスク

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「MMT(現代貨幣理論)」という財政政策をめぐる新たな主張が米国で登場している。その大胆な内容から異端児扱いされる一方で、日本を含め世界経済の現状に対して大きな示唆を含んでいるとの指摘もある。MMTとはいったい何か。元日本銀行理事の門間一夫氏に聞いた。

門間 一夫 MOMMA Kazuo

みずほ総合研究所エグゼクティブエコノミスト、元日銀理事。1981年東京大学経済学部を卒業し、日銀に入行。調査統計局長、企画局長を経て金融政策担当理事と国際担当理事を歴任。2016年に退任し、現職。

——MMTとはどういう理論か。

財政政策のために国債は国内で消化する限りいくらでも発行できるというのが基本的な考え方で、昨年、米国の一部で急速に高まってきた。その財源を使って政府が必要な政策を最大限行うべきだとし、特に完全雇用を念頭に置いている。政府が安定した質の高い雇用を生み出すことに努め、必要な財源は国債で発行して調達すればよいという主張だ。

——なぜ今、MMTが注目を集めているのか。

幾つかの要因がある。まず、金融危機を経て米国でも格差問題が非常に大きな問題となってきた。一部の富裕層が景気回復の恩恵を受けて、残りの人々が取り残されているとして、労働者の生活を守るために政府が完全雇用を保障し、最低限の賃金が必ず支払われる社会をつくるべきだという認識が近年非常に強まってきた。

次に歴史的な低金利水準だ。金融危機以降、米国の金利もかつてない水準に低下している。国債を際限なく発行できるというMMTの主張は、金利が高い時には非現実的だが、ここまで低金利が続くと受け入れられやすい。加えて低インフレも背景にある。政府がお金を使うと総需要を増やすことにつながるため、インフレ時はMMTの主張に説得力がないが、今はインフレが2%水準までなかなか進まない状況だ。

最後に、金融政策の限界が指摘されていることもある。政策効果そのもののほか、量的緩和が資産価格を押し上げ富裕層だけに恩恵をもたらしたのではないかという見方が米国で広がっている。このため、金融政策をこれ以上使えない、あるいは使っても弊害が大きいという声が強まっている。

——米国では日本が既にMMTを行っているとの指摘もあるが。

日本は確かに米国に比べると財政政策を活用し、90年代の後半から一直線で政府債務が増えている。それでもインフレにならず、金利も低い。このため、日本では政府債務を増やしても問題が起きていないという指摘が出ている。

しかし、日本が政策としてMMTを実施したことはない。MMTはインフレになるまで政府債務を増やすことが考え方の軸だが、日本はインフレになるまで財政赤字を拡大してもいいと考えたことは一度もなく、デフレ脱却も金融政策で対応した。

——MMTは現実的な政策として選択肢になり得るのか。

MMTの問題点は考え方が極端すぎることだ。インフレになるまでいくらでも財政赤字を拡大できるとか、完全雇用が実現するまで政府がどれだけお金を使ってもいいなど、基本的な発想が非常に極端だ。極端な政策に走ると、大きな誤りにつながるリスクをはらむ。

国債を際限なく発行できるというMMTの主張の背後には、民間で消化できなければ、中央銀行に引き受けさせるという発想が見え隠れする。中央銀行の使命は物価の安定なので、想定以上のインフレになれば、当然国債は買えない。この点でもMMTの主張には無理がある。

どうやってインフレを抑えるのかという視点も、MMTには欠けている。中央銀行の金融政策は効果が現れるまで時間がかかり、不確実性も伴う。そうした感覚を持たずにインフレになるまで国債を発行し続けると、いざインフレになったときに、金融政策を動員しても簡単に元に戻せないリスクがある。物価の安定という金融政策の理念と整合的な財政運営を目指すべきだ。

そもそもインフレを基準とする発想は単純すぎる。確かに経済学の教科書でも、経済が過熱すればインフレになり、それが景気後退につながるという循環が説明されている。しかし、経済の変調を示すのはインフレだけとは限らない。例えば、1980年代の日本のバブル景気はインフレが高まらない中で起きたし、米国ではサブプライムローン(低所得者向け住宅融資)問題を背景とする不動産バブル崩壊で、リーマンショックが起きた。

——MMTは無視しても構わない異端理論ということか。

MMTは主張が極端だから問題なのであって、方向性として間違っていない部分もある。日本ではこれだけ低インフレ・低金利が続き、金融政策の限界が指摘されている中で、財政政策をもっと活用する余地があるという議論自体には耳を傾けるべきだ。日本は米国以上に金融政策が限界に達しており、今後、景気後退局面に入ると、財政政策にある程度頼らざるを得ない。

その場合、日本はすでに政府債務が大きいことや社会の急速な高齢化も念頭に置く必要がある。潤沢な民間資産を背景に国全体ではカネ余りにあるため、この利点を(国債発行を通じて)財政政策に生かせる可能性も出てくる。その半面、いつまでも民間の余剰資金があるか不確実性も高い。高齢化が進んでいくと資産のある人々は取り崩す生活になり、民間の貯蓄が十分でなくなるかもしれないからだ。

政府債務の増大と超低金利、高齢化社会が同時に進む日本のマクロ状況は、人類がかつて経験したことがなく、今の経済学にはおそらく答えはない。リスクのある極端な政策は避け、現実の状況を見ながら一歩一歩、手探りで進んでいくのが正しい「解」ではないか。

——金融政策は限界にあるのか。

明らかに先進国の金融政策は限界に近づいている。米金融当局は次の景気後退へ対応できるよう金融政策の対応力を高める議論をしている。今後、金融政策だけで新たな景気後退に対応するのは無理だ。欧州と日本は明らかにそうだし、米国ですら難しい。

米政策金利であるフェデラル・ファンド(FF)金利の誘導目標は現在、2.25%から2.5%。7-9月に利下げがあれば、ゼロ・パーセントまでの幅はさらに縮小する。米国は過去の景気後退局面では、通常計5%程度利下げしてきたが、現状では同程度の利下げはできない。米国ですら金融政策の限界を突きつけられている。世界的にも今後、金融と財政の役割をどう定義し直していくのかが大きなテーマになると思う。

日銀は6年間にわたり超金融緩和策で物価上昇率2%を目指してきたが、実現できなかった。しかし、戦後最長の景気拡大が実現でき、失業率も低い。そもそも景気と物価の間にはそこまで密接な関係はない。マイナス金利という副作用があるかもしれない極端な政策を続けるのは適当なのか、検討すべきだ。

——「限界」の中で日銀が今後、取り得る金融政策は。

日本経済は景気後退の差し迫った内在的なリスクは取りあえずないが、米中摩擦が世界的に大きな不確実性を与えている。外からショックが来た場合、景気拡大が途切れてしまうことは起こり得るので、注意してみていかねばならない。

今の日銀の金融政策のフレームワークはかなり柔軟だ。国債や上場投資信託(ETF)を買う額を自由に動かせる仕組みになっている。経済のリスクが高まり、市場のリスクプレミアム(上乗せ金利)も上がる場合はETFを柔軟に買うのが一番効果的だろう。市場が落ち着いているときには買いを抑えて、市場が動揺してきたら、思い切って買う。いわゆる「日銀プット」を最大限活用することで市場リスクに一定程度の歯止めを掛けることができる。

(聞き手・文:小坂 紀彦)

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