米中技術覇権の行方: キーワードは「自動化・無人化」

国際 技術

莫大な額の技術開発投資を続ける中国。その狙いの一つは、少子高齢化時代に経済成長を遂げる切り札としての「自動化・無人化」推進にある――と筆者は指摘する。しかし米国にとっては、この「自動化・無人化」こそ安全保障上の重大脅威に映る。

ともに火種がくすぶる中での休戦

先日大阪で行われたG20サミットで最も注目された話題の一つは、対立が激しくなる米中関係が修復に向かうのか、それともさらなる対立へと展開するのか、という点であった。結果から見れば、トランプ大統領は強硬路線一辺倒だったこれまでの対応から、ファーウェイへの部品輸出を認め、用意されていた第4弾の関税引き上げを延期するといった柔軟路線へと変更したようにも見え、また習近平主席も農産物の購入を約束して、2020年の大統領選挙を前にしたトランプ大統領に助け船を出すなど、米中は一時的に「休戦」状態に入ったように見える。これは果たして新たな関係の始まりなのか、それとも一時的なものに過ぎないのか。

まず考えておかなければならないのは、米中共に必ずしも強力なリーダーシップが発揮できる状況にはないということである。トランプ大統領は大統領選に向け、野党民主党が多数を握る下院からの様々な圧力をかわし、政権の実績を示さなければならない。G20直後に板門店を訪れ、金正恩委員長との電撃会談を行ったのも、そうしたパフォーマンスの一つと言える。

他方、習主席も米中貿易戦争の影響で国内経済が停滞し、成長が頭打ちになる中、ウイグル地区での騒乱や香港での大規模デモなど、政権に対する批判が高まり、自らの実績をアピールしなければいけない状況にある。

こうした中で、米中貿易戦争はトランプ大統領にとっては支持層である農村部への打撃が大きく、対立が長期化すれば選挙に影響が出る可能性がある一方、首都ワシントンを中心に、政財界では中国の台頭に対する強硬な姿勢を取る勢力が増し、中国に対して弱腰と見られることは致命的な問題となりかねない状況にある。

習近平主席も、貿易戦争が続くことで対米輸出に依存してきた多くの産業分野が厳しい局面を迎える中、18年に憲法を改正して国家主席の座を2期を超えて務めることが可能になっただけに、「ポスト習近平」を狙う政治勢力は政策的な失敗をテコに「習降ろし」の風を吹かせることを狙うことになる。ゆえに、あくまでも米国に対しては強気の姿勢を見せ続けなければならない。

G20における「休戦」は、まさにこうした両首脳が抱える政治的な状況を反映したものであり、貿易戦争の戦線拡大を望まない両者が結んだ妥協と言えるだろう。しかしながら、両首脳の思惑とは別に、両国内では米中対立を激化する火種がくすぶっており、いつでも状況がエスカレートする可能性を秘めている。今後の通商協議が不調に終われば先送りした第4弾の関税引き上げを実施する可能性も残されており、予断を許さない状況である。とりわけ懸念されるのが技術覇権を巡る競争である。

兵器の無人化・自動化進める米国

米国は第二次大戦において、その技術的な優位性で枢軸国を圧倒し、究極の兵器としての原子爆弾を開発して日本を降伏させたとの認識を持っていた(その妥当性や倫理性はともかくとしても)。しかし、その自己イメージに大きな衝撃を与えたのが1957年の「スプートニクショック」である。ソ連による人類初の衛星打ち上げ、さらには初の有人宇宙飛行など、技術優位性をソ連に奪われたことで、軍事戦略的にもソ連が持つ大陸間弾道ミサイル技術に脅かされる恐怖を体験した。それが米国における技術優位性の維持と安全保障とを結びつける原初的体験となっている。

こうした技術優位性の維持に対する強迫観念は、冷戦後における「軍事上の革命(Revolution in Military Affairs)」と呼ばれる、技術優位性によって限られた戦力でもハイテク兵器によって敵を圧倒し、味方の犠牲を最小限に留めることにも現れている。

この「軍事上の革命」は湾岸戦争やコソボ紛争における米軍の圧倒的優位性をもたらし、米国の単独覇権を確実なものにすると思われていた。しかし、2001年からのアフガン戦争、03年からのイラク戦争で、精密誘導兵器や最新技術で武装した兵士が手製爆弾(Improvised Explosive Devices: IED)による待ち伏せ攻撃や市街地におけるゲリラ戦で消耗し、更なる変革が求められるようになった。

それがいわゆる「第三の相殺戦略(Third Offset)」である。これは装備のハイテク化を一層推進し、自動化・無人化を実現することで味方に死傷者を出すことなく軍事的目標を達成するというものである。既にドローンなどの無人化技術を活用した装備は実戦配備されており、その路線の延長とも言えるが、ここで鍵になるのが自動運転技術や人工知能(AI)、ロボット技術など、民間企業で開発が進む技術の導入である。そして、これらの技術こそ、中国が圧倒的なスピードで開発を進め、場合によっては米国の企業よりも優位に立つこともある分野なのである。

少子高齢化対策としての「技術大国づくり」

では、中国はどのようにしてここまで技術開発を進められたのだろうか。一つには、後発国のメリットがある。いわゆるキャッチアップ戦略で先進国が持つ技術を模倣し、それに追いつくのは、独力で技術開発するよりもはるかに早いスピードで追いつくことができる。米国はこのプロセスで技術窃盗があったと非難しているが、そうした窃盗がなかったとしても技術開発のスピードは速くなる。

当然ながらキャッチアップを完了し、先進国と同じ水準にたどり着くとそこから先は頭打ちになる。しかし、中国はここで「科学技術強国」の建設を掲げ、研究開発に多大なリソースをつぎ込んで新規技術開発に邁進している。しかもそれは自動化・無人化技術に集中している。というのも、中国は1980年代から続いた「一人っ子政策」によって若年層人口が減る一方、経済的な豊かさを反映して平均寿命が延び、急速に少子高齢化が進んでおり、労働人口の減少に直面しながら経済成長を続けるためには自動化・無人化を進めざるを得なくなるからである。

しばしば中国のビッグデータの収集は共産党の支配を強化するためだとか、米国の軍事技術に対抗するためにこうした自動化・無人化を進めていると言われる。もちろん、それは重要な目的であり、現代の国内統治における技術の役割や現代の軍事作戦におけるサイバーや宇宙を含めた科学技術の役割は極めて重要である。しかしながら、現在中国が抱える大きな問題である少子高齢化の切り札として、「科学技術強国」の建設が位置づけられていることを理解しておく必要はあるだろう。

ファーウェイ問題:5Gでのコスト重視かリスク重視か

このような状況の下で最大の焦点になっているのが次世代携帯電話(5G)におけるファーウェイ(華為技術)の役割である。ファーウェイは元々電話交換機の販売代理店から出発し、自ら技術者を雇用して開発に乗り出し、中国政府の海外進出戦略に乗る形でアフリカ諸国での通信ネットワーク構築で実績を積み、低価格で高品質なネットワーク機器を製造販売する企業として台頭してきた。そのファーウェイが力を注いだのが次世代通信技術の開発であり、5Gの分野では他国の追従を許さない価格でネットワークの構築を可能にするサービスを提供する企業となった。

5Gは現在の標準である4Gネットワークよりも大容量のデータ通信が可能になり、モノのインターネット(Internet of Things: IoT)や自動車の自動運転技術には不可欠なインフラになると見られている。ファーウェイが欧米企業と比較しても圧倒的な競争力を持つ中、5Gを使ってIoTや自動運転を実現しようとする欧州各国は、廉価で確実な技術を提供するファーウェイ製品を積極的に導入しようとしている。

これに対し、米国やオーストラリアは中国人民解放軍にも所属した経験がある任会長が率い、軍にも製品を納めているファーウェイの機器に依存することは、安全保障上のリスクを高めると見ており、また、中国企業は「国家情報法」などに基づき、中国政府にデータを提供する義務があることから、ファーウェイ製品を排除する方針をとっている。

言い換えれば、ファーウェイの問題は、一方ではIoTなどの新規技術を開発するインフラのコストを重視するか、それとも中国にデータを取られ、重要インフラを依存するリスクを重視するかという選択の象徴となっているのである。

構造的なすれ違いの中で起きた競争

ゆえに、米中技術覇権を巡る競争は、一方では米国の技術優位性、すなわち軍事的優位性を巡る問題として、自動化・無人化を進める「第三の相殺戦略」の中核となる技術を中国に握られることへの不安と、そうした軍事的にも死活的なインフラを通じて情報窃取されることに対する脅威から激化しているのである。

他方で、中国は少子高齢化社会における経済成長の切り札として自動化・無人化を進めており、それを軍事戦略にも応用している中で、米国の圧力を受けているという状況にある。このような構造的なすれ違いの中で起きている米中の技術覇権競争は、短期的には「休戦」でしのぐことはできても、中長期的には容易に解決するものではない。

バナー写真:G20サミットが開かれた大阪で首脳会談し、握手する米国のトランプ大統領(左)と中国の習近平主席=2019年6月29日(ロイター/アフロ)

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