日韓貿易問題の背後にあるもの:「強気のカード」を切る根拠は何か

政治・外交

悪化の一途をたどる日韓関係。外交を通じた歩み寄りができない状況について、筆者は「日韓両国が共に米国が自らの味方になり得るという前提で行動し、強気のカードを切り合っている」からと指摘。一方、その“前提そのもの”に疑問を投げかける。

「建前」に隠れた「本音」

7月1日、日本政府は韓国に対する新たな輸出規制措置を発表した。この背景に、元徴用工問題等で混迷を深める日韓関係に対する不満があるのは明らかだ。経済産業省はもともと、安全保障上の理由による一部産品の輸出制限強化を計画していたと言われるが、今回の措置はこの本来なら全く異なる問題が政治的に結合し、日韓関係悪化の「本音」を安全保障上の措置という「建前」で実現した、というのが実情だろう。

参議院議員選挙を前にこの措置が出された理由については、各種の推測がなされている。韓国に対する輸出規制の強化により即座に与党への支持が高まるとは思えないから、そこに何らかの政治的思惑があるとすれば、むしろ政権を支える自らの支持者、とりわけ民族主義色の強い人々に対するアピール(政治学の用語で「結集効果」)を狙ったと見た方がいいだろう。選挙前に出された各種世論調査によれば、この措置は過半数を上回る支持を集めており、政府与党にその計算があったとすれば、その狙いは少なくとも外れてはいないとみてよいだろう。

しかしながら、問題は残る。なぜなら、措置に対する多くの国民の支持は結果として、政府の選択の幅を狭める効果をも持っているからである。韓国へのより強硬な措置を求める空気が日本国内に広がる中、政府は韓国に対し、輸出管理上の「ホワイト国」指定を解除する可能性が高い。強硬な措置の連発は、反発を強めている韓国の世論をさらに強硬な方向へと追い込み、日韓両国の関係は大きな対立へと向かう事になるだろう。

韓国世論は「外交解決望まず」

しかし、そもそも日韓両国はどうしてこのような状況に陥ってしまったのだろうか。最初のポイントになるのは、そもそも韓国が、その憲法の前文に示唆されているように、日本の植民地支配は非合法であるという「建前」の上に成立している国家であり、その前提の上に2018年10月の韓国大法院による元徴用工問題での判決が出されていることだ。

このような国家の正統性にも関わる「建前」にもかかわらず、韓国政府がこれまで元徴用工問題をはじめとする歴史認識問題の管理に力を注いできたのは、経済面と安全保障面において韓国の日本への依存度が大きく、日韓関係の毀損を恐れていたからである。

しかし今日、韓国にとって日本の重要性は低下している。経済発展を遂げた結果、韓国の人々は日韓関係が多少傷ついても、経済的にも国際関係の上でも自らの地位を維持できると考えるようになった。

例えば、韓国の調査機関リアルメーターが7月3日に実施した世論調査では、今回の輸出規制に直面した韓国の選択肢として、日本との外交的解決を望んでいる人は全体の4分の1にも満たない。文在寅政権の与党支持者に限ってみると、外交的な解決に期待する人はわずか5%だ。

だからこそ、文在寅政権もまたこのような世論の動きに一致した形で、日本側の姿勢を糾弾している。政権を支持する進歩派と、これに対抗する保守派との間で世論の分断が進む韓国であるが、今回は保守派メディアや野党も日本に強硬姿勢で立ち向かうべきと主張している。

保守派は文在寅政権の「無策」を攻撃するものの、日本への譲歩を主張している訳でない。韓国の与野党で続いているのは、共に日本の姿勢を非難しつつ、事態の悪化に対する文在寅政権の責任をどう考え、また、事態を打開するためにどうすべきかという「方法論」の違いでしかない。

韓国財界の発言力低下も一因

韓国の状況を考える上では、財界の発言力低下という点も重要だ。韓国の最有力財界団体である全国経済人連合会が実施した財界人に対する世論調査によれば、政府が取り組むべきは「外交的な対話」だとする回答は48%と半数近くに及んでいる。今回の輸出規制の直撃を受ける形の財界人としては当然の結果であると言えるが、問題は彼らがそれを政府・与党に対してのみならず、自らに近い保守派野党にすら訴える手段を欠いている事だ。前政権との癒着(ゆちゃく)が糾弾されて韓国財界の政治への発言力は大きく低下しており、そのことが今回の輸出規制に対する経済的影響を懸念する声を小さくさせるもう一つの要素になっている。

トランプ外交に代表される「自力解決」の潮流

このような日韓関係の現状は、より大きなこの地域での国際関係においてどのように理解されるべきなのだろうか。主に海外メディアなどで、今回の日本の輸出規制措置決定の背景として、米トランプ政権が経済的圧力を武器にした外交を推し進めていることとの関連性が指摘されている。

とはいえそれは、良好な関係にあると言われる日米首脳が、単純にお互いの手法に学び合っているというほど単純なことではないだろう。トランプ政権による「一国主義」的な手法の連発は、結果として世界貿易機関(WTO)をはじめとする国際機関の威信の低下をもたらしており、国際社会では自らの政治的、あるいは経済的問題を「自力解決」しようとする動きが広がっている。事実、WTOによれば、G20諸国による貿易への制限は2018年、WTO発足後の最高水準に達し、現在も高いレベルを維持している。その意味で、今回の日本政府による韓国に対する輸出規制に関わる措置は、良くも悪くも、今日のある種の国際的潮流に沿ったものだといえる。

対米関係に自信を持つ韓国

トランプ政権の姿勢は、日韓それぞれの外交姿勢にも影響を与えている。日本では安倍首相がトランプ大統領と個人的に良好な関係にあることから、今回の措置が米国にも支持されるはずだ、という漠然とした期待がある。日本国内では、韓国は米国との円滑な関係を構築することに失敗して孤立しつつある、と言う理解が広がっており、その「孤立する韓国」が今回の措置に際して米国による調停に期待する動きを見せていることは奇妙に見える。

しかし韓国、とりわけ文在寅政権にとって、対米関係の状況は全く異なるものに映っている。日本側が今回の措置を発表した7月1日の前日、6月30日に米朝首脳が板門店で会合した事に典型的に表れているように、韓国政府は北朝鮮問題を巡る米国との連携に一定以上の自信を持っている。

韓国政府内には進んで、この米朝接触に向けた動きの情報把握に失敗したとも言われる日本側に対し、安倍政権が誇る米国との「良好な関係」の限界を揶揄的に解釈する旨すら存在する。つまり、韓国は自らの対米外交が、日本側に比べて劣後しているという認識を必ずしも有していない。そしてだからこそ、今日の状況は日韓両国が共に米国が自らの見方になり得るという前提で行動し、強気のカードを切り合うものになっている。

「日米韓」の枠組みは終わるのか

しかしながら、ここで重要なのは、そのような日韓両国の米国に対する見方のどちらが正しいか以前により大きな問題が存在することだ。それはそもそも日韓両国がトランプ政権の北東アジア政策について、「共通する」誤った認識を持ちつつ行動しているのではないか、という問題である。G20大阪サミットの直前、トランプ大統領が自ら日米安全保障条約の非対称性を問題提起したことに典型的に表れているように、トランプ政権は米国から遠く離れた北東アジアを巡る情勢に距離を置く傾きがある。米韓同盟はもちろん日米同盟もまた不変の存在ではなく、自国と日韓両国を巡る問題について「是々非々」、あるいは個別に対処しているように見える。

にもかかわらず今日の日韓両国は、あたかも米国の北東アジア戦略が自国との同盟関係を基礎にして、まとまったグランドデザインの下に展開されているという前提で議論している。だからこそ、日韓両国はこの「存在しないかもしれないグランドデザイン」の中、米国が日韓両国のどちらをより重視するか、という問題設定の下で行動している。そこには、これまでの米国との関係に由来する「幻想」があり、両国はその中で米国の支持を求めて争い合っている。背後にあるのはオバマ政権下、慰安婦問題で対立する日韓両国の間に割って入り、慰安婦合意へと結び付けたかつての米国政府のイメージだ。

しかしながら、今日の米国にとっては、対立する日韓両国のどちらかを選択するインセンティブは大きくない。だとすれば、日韓両国は悪化する世論を背景に、米国の支持に対して誤った期待を持ちながら、互いに「強いカード」を切り合っていく状況が続くことになる。今回の事態は、この地域で長らく続いた「米国の主たる2つの同盟国である日韓が、米国と協力して北東アジアの脅威に対処する」という、一つの時代の終わりを端的に示しているのかもしれない。

軽くなった「同盟国」の地位

日本と韓国がバラバラに米国と結びつき、やがてその関係は米国の北東アジアへの関心の後退につれて希薄となっていく。そこに存在するのは、例えば韓国が米国から離れて中国になびくという状況でもなければ、米国が日韓のどちらかを支持して、日米あるいは米韓どちらかの二国間同盟を中心とした体制になっていく、といったものでもないだろう。

そしてその未来は既に近くにある。7月9日、米軍制服組トップのダンフォード統合参謀本部議長はイラン沖などの民間船舶を護衛するために、「有志連合」の結成を目指し調整作業に入ったと明らかにしている。この問題については既にトランプ大統領が自らのツイッターで、「(エネルギーを中東に依存しない米国ではなく)これらの国が自分で自国の船を守るべきだ」と述べており、そこでは「自国で船を守るべき」国として日本と並んで中国の名が挙げられている。しかもその筆頭は同盟国である日本ではなく、中国だ。

このような事態が示すのは、米国にとって「同盟国」が特殊な存在ではなくなりつつある、という現実であり、日韓の対立はこの大きなトレンドの中で進行している。狭い二国関係の枠組みではなく、この問題をより広い枠組みで考え直す時期に来ているのかもしれない。

(2019年7月16日 記)

バナー写真:20カ国・地域首脳会議(G20サミット)のセッション3開始前に韓国の文在寅大統領(手前左から2人目)と握手を交わした後、厳しい表情を見せる安倍晋三首相(中央右)=2019年6月29日、大阪市住之江区(時事)

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