2019年参院選が示すもの:国政選挙6連勝の影にある安倍政権の課題

政治・外交

参院選の結果をどう見るか。筆者は、れいわ新選組の国政登場に注目し、「安倍政権が今後も世論の支持を確保するためには、経済状況の改善にさらに取り組む姿勢を見せることが肝要だ」と指摘する。

7月21日に投開票された参議院議員選挙で、自民党と公明党は改選議席の過半数議席を獲得して勝利した。安倍晋三首相は2012年9月に自民党総裁に復帰してから、国政選挙で6連勝したことになる。ただ、いわゆる改憲勢力は非改選議席と合わせて3分の2を確保できなかった。投票率は戦後2番目の低い記録となった。

本稿では今回の選挙の過程と結果が持つ意義について分析する。まず、選挙戦全般と選挙結果を分析する。その上で、山本太郎氏が結成した政治団体「れいわ新選組」が一定の支持を集めたことに注目する。最後に選挙後に待ち受ける安倍首相の課題について述べる。ここ数年安倍政権が「働き方改革」「人づくり革命」などの名の下に推進してきた労働・分配政策の主要なものは、2019年10月の就学前教育無償化と消費税10%の引き上げでほぼ実現する。

今秋以降、安倍首相は社会保障制度改革に注力すると一部で報じられている。社会保障改革に注力するのであれば、政権の求心力を維持するためには表面的ではなく、本質的な改革案の策定に注力する必要がある。

2番目に低い投票率

まず、今回の選挙に有権者が大きな関心を持ったとはいえない。これは投票率が48.8%とこれまでの参議院選挙の中で2番目に低い数字となったことに現れている。

二つの理由がある。一つは、与党優位の情勢が選挙前から伝えられていたこと。二つ目は選挙の争点がはっきりしなかったこと。安倍首相は自衛隊を明記することを中心に改憲を訴えた。しかしながら、いわゆる改憲勢力の中にも憲法改正については温度差があり、改憲勢力が全体として具体的に発議できる可能性の高い改憲案を示したわけではなかった。結局、改憲をめぐる議論が深まったとはいえない。また、過去数年安倍政権が取り組んできた教育無償化などの政策の多くは元々、民主党系の政党が提唱したものであり、与野党間の政策論争も盛り上がらなかった。

改憲に慎重だった有権者

選挙結果を確認しておこう。自民党は57議席、公明党は14議席を獲得、改選される124議席の過半数を上回る議席を確保、勝利した。野党に目を向けると、旧民主党系の立憲民主党と国民民主党はそれぞれ17議席、6議席を獲得した。日本維新の会は10議席、共産党は7議席、れいわ新選組は2議席を獲得した。それ以外の政党、無所属が11議席を確保した。

2019年参院選 各党の獲得議席数

合計 選挙区 比例代表
与党 自民 57 38 19
公明 14 7 7
野党 立憲民主 17 9 8
国民民主 6 3 3
共産 7 3 4
日本維新 10 5 5
社民 1 0 1
れいわ 2 0 2
N国 1 0 1
無所属 9 9 0
合計 124 74 50

今回の選挙では、与党の獲得議席とともに改憲勢力、つまり、憲法改正に前向きな議員の獲得議席数も注目された。改憲発議には参議院の3分の2以上の議席となる164議席が少なくとも必要となる。改憲勢力の非改選議席は79議席であった。そこで、与党に加え、改憲に肯定的な日本維新の会の議席を合わせて85議席をとれるかどうかが焦点となった。

しかし、すでに述べたように、日本維新の会の10議席を合わせても、3分の2を確保することはできなかった。有権者は改憲については慎重な考えを示したと解釈できる。

与野党対決の争点なく

さて、自民党の獲得議席は6年前より8議席少ないものの、前回の参議院議員選挙よりも2議席上回っている。比例区の得票率は35.37%と前々回の34.68%、前回の35.91%とあまり変化がない。昨年は森友学園と加計学園問題のために安倍内閣に逆風が吹いていた。しかし、逆風は止み、有権者の与党への支持は回復したということである。

三つの要因がある。一つは経済状態が総じて良好であること。17年度、18年度の実質成長率はそれぞれ1.9%、0.7%、名目成長率はそれぞれ2.0%、0.5%を記録している。選挙直前の19年5月の失業率は2.4%と低く、有効求人倍率は1.62倍と高い。17年度、18年度の名目雇用者報酬も1.9%、2.8%、実質でも1.3%、2.1%伸びている。

二つ目は、野党が争点を見つけることが難しかったことである。安倍政権は15年秋頃より、働き方改革、人づくり革命の名の下に長時間労働の是正、最低賃金の上昇、就学前の幼児教育・保育の無償化、低所得者層への高等教育無償化、給付型奨学金の導入などを実現してきた。一連の政策の多くは元々、民主党・民進党が提唱したものである。例えば、17年の総選挙に備える過程で民進党はall for allの名の下に就学前の幼児教育・保育の無償化、大学授業料の減免を打ち出し、財源として消費税引き上げの増収分を使うことを提案している。

このため、立憲民主党や国民民主党がこうした政策を批判することは難しかった。唯一の争点とも言えたのが消費税を10%に引き上げることの是非であった。両党は引き上げを批判、見送りを公約とした。だが、引き上げは民主党が政権担当時に粉骨砕身努力して実施を決めた政策であった。従って両党の主張は説得力を欠くものであった。

三つ目は、民主党系の政党が政権喪失後も分裂、対立を繰り返してきたこと。12年の民主党の分裂から立憲民主党と国民民主党が並立するまでの政治過程はあまりにも混乱している。そもそも民主党政権時代の経験は、民主党系政党への多くの有権者の信頼を損なうものであった。民主党は「政治主導」を掲げたものの、その政権運営は稚拙であり、内紛を続けた揚げ句に政権末期に分裂してしまう。

その後、2016年3月に民主党は維新の党との合流に伴い、民進党に改名する。2017年9月に希望の党が結党されると、民進党は浮き足立ち、希望の党への合流を目指す。しかし、両党の思惑が違ったため、民進党は合流する者、残留する者、立憲民主党を結成する者に三分裂してしまう。17年10月の総選挙後、紆余曲折を経て、18年5月に民進党は希望の党の政治家の多くを吸収し、国民民主党に改名する。

民主党系政党の迷走は有権者への信頼を回復するものではなかった。今回の選挙でも立憲民主、国民民主両党が、自民党への対抗政党として期待されるわけはなかった。

もっとも、立憲民主党は17年の選挙で有権者から一定の信頼を確保して善戦し、野党で最大議席を獲得した。以後、衆参両院で次第に勢力を拡大させてきた。立憲民主党の比例区の得票率は15.81%と、前回の衆議院選挙に続いて全政党中第2位である。一方の国民民主党の得票率は6.95%と共産党をも下回り、全く振るわない。つまり今回の選挙で既存の野党の中では立憲民主党は1馬身抜け出した形になった。ただ、野党内の勢力争いの結果よりも、より重要な出来事に注目したい。れいわ新選組が登場し、2議席を確保したことである。

政権に唯一対抗した「れいわ」

6年前の参議院議員選挙で初当選した山本太郎氏が今年4月に旗揚げしたのが、れいわ新選組である。今回228万票を集め、2議席を獲得、政党助成法上の政党として認められることになった。山本氏自身は比例区で出馬、個人名で99万票を獲得した。しかしながら、特定枠で重度の障害を持つ候補者を2人出馬させたため、自身は落選した。

注目するのには二つの理由がある。まず、同党が過激な分配、国民負担軽減策を掲げたことである。例えば、消費税廃止、一人当たり月3万円給付、一次産業従事者への戸別補償、最低賃金の1500円への引き上げなどを訴えた。れいわ新選組はポピュリスト政党である。ケンブリッジ辞書によればポピュリズムとは「一般市民が望むものを授けることで支持を得ようとする政治的運動、あるいは政治的考え」とあり、この定義を満たしている。

二つ目の理由は結成後、わずか3カ月余りの間に急速に支持を拡大したこと。得票率でみると、れいわ新選組は4.55%の票を集めた。山本太郎氏の得票数は2001年に非拘束名簿式が導入されてから個人では最大のものである。

第25回参議院選挙で当選確実となり、インタビューに答える「れいわ新選組」の舩後靖彦氏(左)と山本太郎代表=2019年7月21日、東京都千代田区(時事)
第25回参議院選挙で当選確実となり、インタビューに答える「れいわ新選組」の舩後靖彦氏(左)と山本太郎代表=2019年7月21日、東京都千代田区(時事)

れいわ新選組は、なぜ短期間で支持を伸ばすことができたのか。二つ理由がある。その現状批判には一定の妥当性があったからである。デフレが20年間続いたこと、生活が苦しいと感じる人が調査世帯の過半数を超えていること、過去の政権が所得税の累進制を緩和したことなどへの批判を有権者の一部が首肯したとしても不思議ではない。

もう一つは立憲民主党も国民民主党も離合集散に政治的エネルギーを費消してしまい、安倍政権に挑戦する政策を打ち出せなかったことである。野党のうち安倍政権に対抗する政策を掲げたのが唯一れいわ新選組だったと言ってもいい。

れいわ新選組は次期総選挙にも意欲を示す。野党が現状のまま選挙を迎えると相当程度の反自民票をれいわ新選組に奪われるであろう。特に立憲民主党と国民民主党は急速な対応が必要であろう。再結集も対応策の一つとして検討すべきである。

主要な国内政策はほぼ完了へ

れいわ新選組の登場は、今後の安倍政権の課題にも重要な示唆を与える。

第2次安倍政権を国内政策の決定過程から見ると、二つの期間に分けることができる。第1期は政権発足(2012年12月)から15年秋までの時期。この間、安倍首相は三本の矢を掲げ、日本銀行に金融緩和を促す一方で、経済成長につながる「成長戦略」に取り組んだ。法人税減税、コーポレートガバナンス改革、電力自由化が代表例である。

第2期は15年秋以降から現在までである。この時期に安倍首相は労働政策と分配政策に取り組んできた。「働き方改革」による残業時間への規制、「人づくり革命」による就学前教育の無償化、低所得者層への高等教育無償化などがそうした政策の柱である。第2期の主要政策は19年10月の消費税増税と就学前教育無償化でほぼ完了する。

首相にとっての課題は今秋以降、どのような国内政策を掲げるのかということである。首相は昨年秋に総裁3選を果たしたあと、3期目の課題として社会保障改革に取り組む意欲を示してきた。

首相は参議院議員選挙後の記者会見で改めて少子高齢化対策、社会保障改革に注力する考えを示した。

これまで首相は8月、あるいは9月に新規の重要政策を打ち出すことが多かった。今年も社会保障改革を内政の主要政策として打ち出す可能性がある。その内容はどのようなものになるであろうか。これまで首相が繰り返してきたのは働きたい高齢者に就労機会を提供することである。安倍内閣は、20年の通常国会に高齢者雇用安定法改正案を提出し、企業に被用者の70歳までの雇用延長を努力義務化する予定である。

ただ、「成長戦略」「働き方改革」「人づくり革命」に比べ、直ちに見える形で社会のあり方を変えるわけではない。70歳までの雇用延長は努力義務に過ぎないからである。急速に進む少子高齢化に対応するためにはより踏み込んだ改革が必要なのではないか。

さらなる経済の底上げ必要

首相は憲法改正の実現に注力するつもりなのかもしれない。ただ、参議院では改憲勢力は必要な議席を確保できていない。また、改憲勢力の間にも多様な意見がある。従って、改憲の議論を進めるためには膨大な政治的エネルギーを投下しなくてはならない上、成功の保証はない。

やはり重要なのは首相も強調したように経済である。管見では、日本の成長を促すにせよ、雇用期間を長期化させるにせよ、必要なのは人的資源への投資である。文系理系分離を前提とする現在の高等教育の見直し、学び直しの制度化などは高齢者雇用の拡大にも産業の高度化にも貢献し、社会保障改革にも経済活性化にもつながると考えられる。この具体的方策を議論することを今後の国内政策の柱として据えるのであれば、一定の政権浮揚力を確保できるであろう。

1995年の総務庁の調査では2人以上の勤労者世帯の一月の平均可処分所得は48万2174円だった。2018年の同じ調査ではこの数字は45万5125円と低下している。また、1995年の厚生省の調査では調査対象世帯の51.8%が生活は普通であると回答し、42.0%が苦しいと答えた。 2018年の調査ではこれが逆転し、苦しいと考えている世帯が57.7% 普通と応じた世帯が38.1%である。れいわ新選組に対する支持の背景にはこうした社会状況の変化、さらには社会の一部におりのように溜まった不満があることは間違いない。

安倍政権になってから状況は改善していることは確かである。総務省の調査では12年の2人以上の勤労者世帯の一月の平均可処分所得は42万5005円であった。また、厚生労働省の12年の調査では、生活が苦しいという回答が60.4%、普通が35.8%であった。ただ、状況を改善するためにはさらなる経済の底上げが必要である。

国政6連勝は今後の政権の安定を保証するものではない。安倍政権が今後も世論の支持を確保するためには、経済状況の改善にさらに取り組む姿勢を見せることが肝要である。

バナー写真:第25回参議院選挙の開票速報場で、当選者の名前に花をつける安倍晋三首相(自民党総裁)=2019年7月21日、東京・永田町の同党本部(時事)

選挙 安倍晋三 自民党 安倍政権 参議院