2050年、日本は持続可能か:鍵を握るのは「多極集中」

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人口減少や高齢化、財政赤字などの現状からすると、日本社会の「持続可能性」は危機的状況にあるのではないか。こうした問題意識を踏まえ、筆者らは人工知能(AI)を用いてどんな未来シナリオがあるのかを予測した。

危うい日本社会の持続可能性

「2050年、日本は持続可能か?」——これは、私たちの研究グループが、AIを活用した日本社会の未来に関するシミュレーションと政策提言を行うに当たり、出発点において立てた問いである。

まず下の図表をご覧いただきたい。これは日本の総人口の長期推移を示したものだが、明治初めから急激に増加してきた日本の人口は、2008年をピークとして減少に転じ、現在のような出生率(18年において1.42)が続けば、50年すぎには1億人を切り、さらに減少を続けることが示されている。まるでジェットコースターのような図になっており、日本における人口変動の激しさがよく示されている。

日本社会の「持続可能性」が危うくなっているのは、こうした人口問題だけではなく、以下のような点からもうかがわれる。

1. 財政における持続可能性:国内総生産(GDP)の2倍に及ぶ政府の借金を将来世代にツケ回ししている。

2. 格差と子ども・若者をめぐる持続可能性:貧困世帯の割合が90年代半ば以降着実に増加している一方、子ども・若者への政策的支援が国際的に見て極めて手薄である。

3. コミュニティーないし「つながり」に関する持続可能性:「世界価値観調査World Values Survey」において「社会的孤立度」が日本は先進諸国において最も高い国である。

こうした事実を踏まえると、日本社会の持続可能性は相当危うい状況になっているのではないか。このような問題意識から、2016年に京都大学に設置された「日立京大ラボ」との共同研究として、私はAIを活用した日本社会の未来に関するシミュレーションと政策提言を17年9月にまとめ、公表した(概要は「日立京大ラボ」を参照)。

具体的には、日本社会の現在そして未来にとって重要と考えられる149個の社会的要因を抽出し、その因果連関モデルを作成した上で、AIを用いたシミュレーションにより18年から52年までの35年間にわたる約2万通りの未来シナリオ予測を行い、それらを最終的に六つの代表的なシナリオ・グループに分類した。分類にあたっては、1. 人口、2. 財政・社会保障、3. 都市・地域、4. 環境・資源という四つの局面の持続可能性と、(a)雇用、(b)格差、(c)健康、(d)幸福という四つの領域に注目した。

AIが示す「都市集中」の限界

シミュレーションの結果として明らかになったのは、次のような内容だった。

(1)2050年に向けた未来シナリオとして、主に「都市集中型」と「地方分散型」のグループがあり、人口、地域の持続可能性や格差、健康、幸福の観点からは地方分散型の方が望ましい。このまま都市集中型が進むと、日本社会の持続可能性が低くなる。

(2)今から約8~10年後に、都市集中型シナリオと地方分散型シナリオとの分岐が発生し、以降は両シナリオが再び交わることはない。後者への移行を実現するには、環境課税、地域経済を促す再生可能エネルギーの活性化、まちづくりのための地域公共交通機関の充実、地域コミュニティーを支える文化や倫理の伝承、住民・地域社会の資産形成を促す社会保障などの政策が有効である。

(3)約17~20年後に、地方分散型シナリオの中で持続可能性が高いものとそうでないものとの分岐が生じ、前者に導くためにはいくつかの政策対応が重要となる。

研究を進めた私自身にとってもある意味で予想外だったのだが、AIによる日本の未来について今回のシミュレーションが示したのは、日本全体の持続可能性を高めていく上で、「都市集中」——とりわけその象徴としての東京への「一極集中」——か、「地方分散」かという分岐ないし対立軸が、最も本質的な分岐点ないし選択肢であるという内容だった。

この「AIを活用した社会構想と政策提言」については、政府機関や自治体、企業などから多くの問い合わせをいただき、さまざまな共同研究をその後も行っている。

農村や中小の地方都市を「捨ててきた」政府

以上のAIシミュレーションで示された「都市集中型」、「地方分散型」という二つのシナリオの意味を考えるため、ここで「都市・まち・むら」をめぐる戦後日本の政策展開について、大きく三つのステップに整理して概観してみたい。

第1のステップは1950年代から70年代頃までの高度成長期で、これは一言で言えば“農村から都市への人口大移動”の時代であり、地方あるいは農村部の人口減少が最も激しかった時期である。そしてこの時期には、「工業化」の推進が国を挙げての政策の基軸となり、やや強い言い方をすれば、“ムラを捨てる政策”とも呼び得るような政策が取られた。

下の図表は主要先進諸国の食料自給率の推移を示したものだが、残念ながら日本の食料自給率だけが一貫して下がっている。他の先進国の場合は、60年代以降、食料自給率は横ばいかむしろ上昇しており、日本の場合、“工業化一辺倒”の政策がなされたことは確かである。

第2のステップは、80年代頃から2000年代頃の時代であり、この時期においては、「米国モデル」の強い影響を受けて、当時の通産省の流通政策、そして建設省の道路交通政策のいずれもが、強力に“郊外ショッピングモール型”の都市・地域像、つまり自動車・道路中心の都市・地域モデルを志向していった。その結果、日本の中小規模の地方都市の中心部はほとんどの場合空洞化し、下の写真のような“シャッター通り”となっている。

愛媛県今治市の中心市街地=筆者提供
愛媛県今治市の中心市街地=筆者提供

和歌山県和歌山市の中心市街地=筆者提供
和歌山県和歌山市の中心市街地=筆者提供

先ほどからの文脈で言うならば、第1ステップの“ムラを捨てる政策”に対して、この時代においては“マチを捨てる政策”が実質的に進められた。多少皮肉を込めて言えば、現在の地方都市の空洞化は政策がうまくいかなかったからではなく、むしろこの時期に行われた政府施策の“成功”の帰結なのである。

高齢化に直面して変化の兆しも

では、第3ステップ、つまり2010年代以降、現在に続く時代はどうか。

希望を込めて言えば、従来の流れとは異なる、新たな萌芽(ほうが)ないし転換の動きが出始めている時期として捉えたい。

まず高齢化の進展が着実に進み、かつ社会的な課題としても認知されるようになったことだ。“遠くのモールに自動車で買い物に行けない”という層が増加し、「買い物難民」問題としても認識され、こうした中で例えば地域の商店街の持つ新たな価値が認知されるようになっている。また人口減少社会への移行の中で、市街地の拡散による「過度な低密度化」の問題が顕在化し、人口増加期とは異なる都市・地域モデルの必要性が徐々に認識されるようになっている。

こうした変化の中で、期待を込めて言えば、国土交通省などの政策の基調にも若干の変化が出始めている(例えば、06年の改正まちづくり3法、14年の「国土のグランドデザイン2050」における“小さな拠点”の考えなど)。

しかしいわゆるアベノミクスなど、グローバル志向の政策もいまだ根強く、現在は日本の「都市・まち・むら」をめぐる分水嶺(れい)の時代と言えるかもしれない。

「少極集中」から「多極集中」へ

最後に、こうした時代状況の中での今後の展望として、「多極集中」というコンセプトについて述べておきたい。

近年の東京圏への人口流入ということが話題になっているが、しかし他方で、札幌、仙台、広島、福岡といった地方都市について見ると、これらの都市の人口増加率はかなり大きく、中には福岡のように東京をしのぐケースも見られるという事実がある。2010年から15年の人口増加率は、東京23区が3.7%であるのに対し、札幌2.1%、仙台3.5%、広島1.8%、福岡5.1%という状況になっている。

従って、現在進みつつあるのは「一極集中」というよりも、むしろ「少極集中」とも呼べる事態ではないか。こうした状況を踏まえると、今後の展望として「一層の少極集中」に向かうか、「多極集中」に向かうかの分岐点に私たちは立っているという見方が可能と考えられる。

ここで言う「多極集中」とは、「一極集中」でも、その対概念としての「多極分散」のいずれとも異なる都市・地域の在り方だ。国土の「極」となる都市・地域は多く存在するが、しかしそうした極となる場所は、できる限り「集約的」で、かつ歩行者中心の「コミュニティー空間」であることが重視される。国際比較で見ると、ドイツやデンマークなどはすでにかなりそれに近い形を実現している都市・地域がある。そしてこうした「多極集中」という姿は、先ほどのAIのシミュレーションが示した「地方分散型」という方向と重なっていると思われる。

近年の日本の若い世代は、かつての高度成長期に比べて「ローカル志向」を強めていることが、各種統計や私の周りにいる学生たちの関心からもうかがわれる。日本社会の持続可能性を高めていくためにも、「都市-農村間」ないし「中央-地方間」のさまざまな再分配、そしてまちづくり、公共交通、若者支援などに関する公共政策を複合的な形で展開していくことが求められている。

バナー写真=AIを活用した政策提言に向けたワークショップの様子(写真提供:日立京大ラボ)

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