一人親貧困率ワースト1、特異な日本型賃金-子どもの貧困の実相(下)

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「子どもの貧困」は一人親家庭の経済問題と言える。離婚自体が珍しくなくなっている中で、日本の一人親貧困率が主要国ワースト1に陥っている背景には、世界的にも特異な賃金体系の存在がある。

パートの壁

「OL時代のキャリアに自信があり、子が親離れしたら正社員として再就職し、子どもも大学に行かせたい」と話すのは、東京都狛江市に住む38歳の太田真弓さん(仮名)。中にはこのような前向きなシングルマザーもいるが、働く母親の多くはパートから抜け出せず低賃金の固定化に苦しんでいる。

首都圏に住む40代の若狭綾香さん(仮名)は離婚後、自ら働かざるを得なくなって、家計の収入減にがくぜんとした。前夫の年収は多い時で600万円あったのに対し、パートで福祉関係の仕事をする現在の年収はおよそ250万円(児童手当や児童扶養手当などの社会手当を含む)。

大卒男子の正社員よりも「よほど仕事をしている」との自負があり、職場でも賃金格差の大きさに割り切れなさを感じている。正社員の道を考えたことがあるが、不登校で家に残る中2の息子のことを考えると「急に休むのが常勤では難しい」と思いとどまった。

物流業で働く30代の矢作まどかさん(仮名)は、転職を繰り返してきた。現在の倉庫での商品梱包作業は重労働のため、再び転職を視野に入れている。「今まで正社員になったことはなく、正規雇用はそもそも無理。パートで探す」と言う。小2の娘が放課後の学童保育で世話してもらえるのは、あと1年。塾に通わせる余裕はなく、「仕事時間を早く切り上げないといけなくなる時が来る」。その分、賃金は一段と安くなる。

シングルファーザー

年末緊急相談に訪れた求職者(時事通信)
年末緊急相談に訪れた求職者(時事通信)

子どもの貧困は近年、母子家庭だけのものではなくなってきた。「就職氷河期」を経て男性の非正規労働者が増えるにつれ、経済的に苦しい父子家庭も徐々に増えてきた。首都大学東京人文社会学部の阿部彩教授の独自集計によると、2015年の父子世帯の子ども貧困率は母子世帯ほどではなくても、22.4%に達している。

そうしたシングルファーザーたちが立ち上がり、08年には全国父子家庭支援団体連絡会(現・全国父子家庭支援ネットワーク)を結成。代表の村上吉宣さんは、「非正規労働者の増加やリーマンショックの発生を機に、一人親の問題を父か母かの性別で区別するのはおかしいという機運が高まった」と説明する。運動が実り、かつては母子世帯が対象だった児童扶養手当は、今では年収制限に抵触しない限り、父子にも支給されるようになった。

10・8・6・4

「日本は仕事をしても貧困率が下がらない唯一の国」。キャロライン・ケネディ元駐日米大使は14年5月のスピーチで、日本の現状をこう評した。事実、国際比較が可能な最新統計、経済協力開発機構(OECD)による14年版「世界の一人親家庭の相対的貧困率」ランキングで、日本は母親の就労率が世界的に高いにもかかわらず、貧困率は50.8%と33カ国中ワースト1だ。

NPO法人むすびえ理事長の湯浅誠氏
NPO法人むすびえ理事長の湯浅誠氏

その背景には、日本独特の賃金体系がある。NPO法人全国こども食堂支援センター「むすびえ」の湯浅誠理事長(東京大学特任教授)は、シングルマザーの低賃金について「男女格差と正規・非正規格差が重なった結果だ」と話す。湯浅氏によると、日本の賃金構造(時間当たり賃金)は「10(男性正社員)・8(女性正社員)・6(男性非正規)・4(女性非正規)」。

大黒柱の夫が一家全員分の賃金として10稼ぐとしたら、専業主婦の妻は外食や旅行のお小遣いとして、その4割稼げれば十分-。この発想について、湯浅氏は終身雇用を基本にした「昭和の高度成長期にできたモデル」と指摘する。しかし、リストラで夫が突然職を失ったり、離婚の増加で妻が大黒柱になったりすることが増えた現代には適さないという。女性の場合、お小遣いレベルの賃金では、とても家族を養えない。

同一労働同一賃金

これに対して、欧州諸国では一人親貧困率が相対的に低く、首都大東京の阿部彩教授は「同一労働同一賃金の国が多いため」と指摘する。日本と違い、欧州では職務給が決まっており、同じ仕事なら「時間当たりの賃金格差がない」ので、仕事ごとの総賃金の違いはおおむね労働時間の長短によるものだ。労働政策研究・研修機構の調査によると、フルタイム労働者を100とした場合のパートタイマーの賃金水準(比較可能な2014年ベース)で、欧州諸国は66.4(イタリア)~86.6(フランス)と、日本の56.6を大きく上回っている。

日本でも2020年4月1日、「同一労働同一賃金」法が施行される。「海外の研究者にはなかなか理解されない」と同教授が話すように、日本には同一労働であっても「正規・非正規」という独特の区分があり、格差を生んでいる。例えば、ある運送会社でAさんとBさんは同じ運転手の仕事をしていても、転勤や職務内容変更などもある正社員Aさんの方が非正規のBさんよりも好待遇というケースが存在する。新法は「不合理な待遇差」をなくしていくことを目指す。

ただ、不合理かどうかの判断は「労使間でルールを作っていったり、労働訴訟の判例が積み上がったりしながら、徐々に定着していく」(ニッセイ基礎研究所の金明中・准主任研究員)とみられ、格差を縮めていくのは容易ではない。阿部教授は新法について「方向的には(時代の要請に)合っているが、実質的に労働市場の二分化を防ぐことになるのかどうかはまだ分からない」と慎重な見方を示す。

階層社会

日本の一人親貧困率が高い理由には、公的支援の少なさもあるという。シングルマザーの中には正社員への昇格を望む人もいれば、子育ての関係上、パートで働き続けざるを得ない人も多い。新法が施行されても職種によってはパート賃金の上昇は見込みにくく、給与で足りない分は「生活保護を受けやすくするなど公的支援の拡充が欠かせない」と言う。

阿部教授は、家庭の経済環境が子どもに与える影響をさまざまな角度から研究してきた。学力低下や不登校、いじめ、自己肯定感の低下、体力低下、虫歯増加など「子どもに関して今や経済環境と相関関係がない要素はないと言ってもいいぐらいだ」と言い切る。

現代の日本は以前にも増して「カネが物言う」時代になったという。子どもの世界も無縁ではなく、進学塾に通い、進学校に入れるかどうかで学歴に差が付きがちだ。「だからこそ貧困の影響は大きくなる。日本は階層が固定化しつつあると思う」

バナー写真:参院本会議で「子どもの貧困対策推進法」が可決・成立し、傍聴席で喜ぶあしなが学生募金事務局員の加藤正志さん(左端)ら(時事通信)

【相対的貧困率とは・用語解説】

一部のアフリカ諸国のように食料や医療など生活に必要なものが欠けている状態が「絶対的貧困」。これに対し、自分の住む社会の通常の生活レベルを大きく下回っている状態を「相対的貧困」と呼ぶ。一定の数式で算定した所得の貧困(基準)線を下回った人々の割合が相対的貧困率となる。例えば、2015年の一人親世帯の相対的貧困率が50.8%というのは、全国の一人親世帯の所得(世帯人数などで調整)で見て、二人に一人が同年の貧困線(年122万円)を下回ったことを意味している。

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