衆院解散含み、首相の決断焦点:2020年の政治展望

政治・外交

東京五輪・パラリンピックを終える秋に、安倍首相の自民党総裁としての任期は残り1年を切る。自身の引き際とも連動し、首相が解散権を行使するのかどうかに注目が集まる。

再登板後、7年以上に及ぶ長期政権を運営し、「1強」状態を築き上げた安倍晋三首相にとって、2020年は、レガシー(政治的遺産)づくりへ最後の勝負に打って出るのかどうかの決断を迫られる難しい年になりそうだ。自民党総裁と衆院議員の残り任期がともに2年を切る中、果たして年内の衆院解散・総選挙はあるのか。解散する場合、それは安倍氏が行うのか、それとも「ポスト安倍」に委ねられるのか。今年の日本政治最大の見どころは、その点に絞られる。

引きずる「桜」問題

「税金を使う公的行事の私物化」「電子データを含む公文書の隠蔽(いんぺい)疑惑」――。安倍首相が後援会関係者を多数招待し、経費が年々膨らんだ首相主催「桜を見る会」をめぐる数々の問題は、長期政権の「おごり」や「緩み」を印象付け、野党や世論から強い批判を浴びた。時事通信の2019年12月の世論調査で、内閣支持率は前月比7.9ポイント減の40.6%と急落。学校法人「森友学園」への国有地売却に関する財務省の決裁文書改ざんが焦点となっていた18年3月(9.4ポイント減)以来の下落幅となった。「桜」問題が直撃したのは間違いない。

政権は桜を見る会について、ひとまず今年は中止すると決めた。19年秋の臨時国会で野党の追及を何とかかわした首相は、国会閉幕を受けた記者会見で「大いに反省し、私自身の責任で全般的見直しを行う」と強調。しかし、招待者名簿データの復元など事実関係の解明には消極的な姿勢を繰り返すばかりだった。立憲民主党など野党側は、幕引きを急ごうとする首相に反発。1月20日召集が見込まれる通常国会でも、19年度補正予算案や20年度予算案を審議する衆参両院予算委員会を中心に、引き続き「桜」問題の真相究明を迫る構えだ。19年暮れに、カジノを含む統合型リゾート(IR)事業に絡んで秋元司衆院議員(自民党を離党)が収賄容疑で逮捕された事件も、IRを成長戦略の柱として推進してきた政権には打撃となった。

首相はこれまで、森友学園や加計学園の問題、世論を二分した安全保障関連法の制定などで支持率が一時的に落ち込んでも、意表を突く衆院解散や新たな看板政策打ち上げなど「巧みな政治技術」で政権の危機を乗り切ってきた。その結果、通算在職日数は桂太郎を抜き、歴代最長を更新し続けている。ただ、自民党総裁の残り任期が21年9月までと区切られる中で「桜」問題など難題が次々と首相を襲ったことに、自民党内からは「安倍政権の終焉が近づいてきたのかもしれない」と、レームダック(死に体)化を予測する声も漏れる。

解散時期、本命は「秋」

2019年暮れ、記者会見や講演で解散について問われた首相は「国民の信を問うべき時が来たと判断すれば、ちゅうちょなく解散を決断する」と表明した。「頭の片隅にもない」などとはぐらかすのが従来のパターンだっただけに、踏み込んだ発言と言える。

政府は12月、災害からの復旧・復興や海外経済の下振れリスクへの対応を柱とする事業規模26兆円の経済対策を閣議決定した。「大盤振る舞い」と指摘されるまでに膨れ上がったのは、衆院議員の任期満了(21年10月)をにらみ、有権者へのアピールを意識した与党の強い要望が背景にある。このため与野党からは、首相が「桜」問題のリセットも狙い、通常国会冒頭で経済対策の裏付けとなる19年度補正予算案を成立させた直後に解散に踏み切るのではとの見方も浮上。立憲民主党の枝野幸男代表は解散に関する首相発言を受け、12月の党会合で「2月は総選挙のつもりで当たっていきたい」とハッパを掛けた。

しかし、「1月解散」を予想する向きは一部にとどまり、与党内で警戒感は高まっていない。19年10月の消費税増税の影響はなお見通せず、各種世論調査で下落傾向にある内閣支持率が年初に持ち直すかどうかも見極めがつかない。首相発言は「桜」問題を追及する野党へのけん制と、選挙基盤が整っていない自民党若手議員の引き締めが狙いとの受け止めがもっぱらで、与党内で本命視される解散時期は、東京五輪・パラリンピックが閉幕する9月以降だ。

今後の主な政治日程

2020年 1月 通常国会召集
中国の習近平国家主席が国賓として来日
4月 秋篠宮さま立皇嗣の礼
7月 東京都知事選
東京五輪開幕
8月 東京パラリンピック開幕
11月 米大統領選
2021年 9月 自民党総裁の任期満了
10月 衆院議員の任期満了

「改憲」の旗降ろさず、総裁4選論も

安倍首相が三たび解散権を行使する場合、その大義は何か。首相は在任中の残る政治課題について、憲法改正、北方領土問題、北朝鮮による日本人拉致問題の3つを挙げる。しかし、ロシアとの平和条約締結交渉は、歴史認識をめぐる対立などが原因で停滞したままだ。拉致問題打開に向け首相が目指す日朝首脳会談も、北朝鮮側に応じる気配は見られない。

外交という相手のあるテーマと違い、憲法改正は国内問題だが、安倍政権下での改憲に野党第1党の立憲民主党は反対しており、19年の臨時国会では改憲手続きを定めた国民投票法改正案の成立がまたも見送られた。連立を組む公明党も改憲に慎重な姿勢を崩していない。首相の総裁任期が満了する21年9月までの改正憲法施行はおろか、在任中に憲法改正原案を国会で発議し、国民投票に持ち込むことも日程的に厳しくなっている。

それでも首相が「必ずや私の手で成し遂げたい」と改憲の旗を振り続けるのは、ひとたび断念を表明すれば保守層の離反を招き、政権の求心力を一気に失いかねないという懸念があるためだ。そこで今年の通常国会でも改憲論議が進まない場合、首相が局面打開を狙って秋に解散・総選挙に打って出るシナリオが、与党内では有力視されている。

改憲に絡んで首相の周辺からは、首相の自民党総裁連続4選を支持する発言が相次いでいる。盟友の麻生太郎副首相兼財務相は、月刊誌で「本気で憲法改正をやるなら、総裁4選も辞さない覚悟が求められる」と鼓舞した。二階俊博幹事長もかねて4選論に言及。同党は17年に、総裁任期を連続2期6年から連続3期9年までとする党則改正を二階氏主導で行ったばかりだ。首相に近い実力者から4選論が相次ぐ裏には、岸田文雄政調会長、石破茂元幹事長、菅義偉官房長官、河野太郎防衛相、茂木敏充外相らポスト安倍候補に挙がる面々が、いずれも決め手に欠けるという事情がある。

当の首相は「全く考えていない」と否定するものの、自身の手で解散・総選挙を行い自民党が再び大勝すれば、党内世論が4選容認に大きく傾く可能性は過去のケースを踏まえれば十分考えられる。その場合も首相は固辞するかもしれない。ただ、改憲実現へ自らの任期を延長するには、総選挙で洗礼を受けることが必須条件だと言える。

難しい「引き際」

一方、改正憲法施行までたどり着かなくとも、改憲実現に一定の道筋が付いたと首相が判断した場合、それをレガシーとして総裁任期途中で自ら身を引き、後継者に引き継ぐのではないかという見方も自民党内では取り沙汰されている。党総裁と衆院議員の任期満了日が近接しており、解散せずに首相が任期いっぱい務めた場合、次期首相は事実上の任期満了選挙を強いられて不利になるという理屈からだ。自民党関係者は「衆院選直前の総裁選に(首相に批判的な)石破氏が出馬し、敗れたとしても党員投票でトップになれば、衆院選にも影響する」と解説する。同党内では首相が任期途中で退く場合、党員投票も行う党大会ではなく、国会議員と地方代表のみが参加する両院議員総会で後継総裁を選ぶ案もささやかれる。

だが、任期途中で仮に退任するにしても、その後の政権に影響力を発揮することを考えれば、安倍氏なりの大義名分は必要になってくるだろう。最長政権の総仕上げとしてのレガシーづくりに向け、解散権という手段を行使するのか否か、行使するなら秋なのか―。複雑な方程式を解けるのは首相だけだ。

バナー写真:日中韓ビジネス・サミットの開会前、写真撮影に向かう(右から)韓国の文在寅大統領、安倍晋三首相、中国の李克強首相=2019年12月24日午前、中国・四川省成都(時事)

選挙 安倍晋三 自民党