マンション大規模修繕の闇、談合まがいの高値-「住民の味方」が役割放棄

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マンション居住者らがこつこつ貯めた多額の積立金を十数年に一度、一戸当たり100万円程度も取り崩して使う大規模修繕。居住者らで作る管理組合は半ば素人集団であることに付け込まれ、関連業者による「談合まがい」の行為で、工事費がつり上げられている問題が表面化している。住民はどう対処したらよいのか。

形ばかりの競争入札

「あれ、これは変だぞ」。国家資格のマンション管理士、重松秀士氏(69)の目が1枚のリストに釘付けになった。それは、神奈川県内のマンションが外壁修理や防水工事などの大規模修繕を手掛けた際の工事業者選定の入札結果一覧表だった。実際に業者選定に関わったのは、マンション管理会社と契約した設計事務所だ。

入札に参加した工事会社は6社。うち5社の入札価格は2億2753万~2億4780万円に収まり、横並びが目立った。1社だけ「当て馬」かのように2億7772万円の高値を提示した。この6社は、設計事務所が業界紙に広告を出して公募しており、競争条件に問題はないはずだった。

しかし、住民を代表する管理組合の顧問だった重松氏は、その道のプロだ。不審に思い業界関係者に尋ねて回ったところ、「この設計事務所と建設6社はたびたび同じ案件に顔を出している」と分かった。業界用語で言う「お仲間」だ。同氏はこの入札を破棄し、今度は設計事務所を関与させずに、全く異なる8社で入札し直した結果、ある建設会社が1億8795万円で落札。幻の1次入札の最低価格よりも4000万円近く安くなった。同氏への報酬を差し引いても、住民は十分得したことになる。

あるマンション修繕工事の1次入札結果とやり直し入札結果
あるマンション修繕工事の1次入札結果とやり直し入札結果

ここに、ある疑問が残った。仮に工事業者が談合しようとしていたのならば、あるデータを入手する必要があった。それは設計事務所が作成する工事予算の「設計価格」。事情に詳しい関係者によると、事実上の入札上限価格と言ってもよく、怪しまれない程度の高値で落札するには欠かせない目安だ。設計価格は設計事務所から工事業者に漏れていたのだろうか。

バックマージン

設計事務所は本来、住民側の立場に立ち工事会社を監督する役割を担っている。にもかかわらず、住民から離れ、工事業者に競争を促すどころか、「お仲間」になってしまう動機は何か-。その答えを示すような事件が2016年11月、起きた。コンサルタント(設計事務所や管理会社)の一部が「計画的・組織的に工事会社からバックマージン(見返り)を受け取っている」と、マンションリフォーム技術協会の会員が会報で内部告発したのだ。

告発文は、マージンの分だけ工事費が高くつき、管理組合に対し「経済的な損失を与えている」とし、コンサルタントに利益を回してくれる工事会社への監督も甘くなって「品質に影響している場合がある」と指摘した。

CCUの柴田幸夫会長
CCUの柴田幸夫会長

業界浄化を訴える独立系設計事務所の団体、クリーンコンサルタント連合会(CCU)の柴田幸夫会長は、「マージンを求める一部設計事務所の意向をくんで、建設業者らはその分を確保するため、高値で工事を受注しようとした。マージンさえ払えば、営業努力なしに楽に仕事が取れる利点もあったのだろう」と話す。発注権限を持つ設計事務所の要求に応じざるを得ない建設業界から、超過利潤を還流させる構図だ。

この内部告発に驚いた国土交通省は関係者からヒアリングを重ね、翌17年1月27日付の通知で、「管理組合の利益と相反する立場に立つ設計コンサルタントの存在」を公式に確認。「自社にバックマージンを支払う施工会社が受注できるような不適切な工作」など問題行為を例示し、警鐘を鳴らした。

過当競争

バックマージンの背景には、設計業界内の過当競争がある。2000年前後からのタワーマンションブームを受け、第1次大規模改修期を迎えた近年は1棟当たり10億円単位の大型工事が増え、設計事務所間の競争が激化。「極端に安いコンサルティング料を管理組合に示し、強引に仕事を取りに行くところも出てきた」と柴田氏。格安料金は住民には一見魅力的だが、設計事務所はその分を取り返そうと工事業者に多額のマージンを求めるので、結果として高くつく。

事情に詳しい関係者によると、マージンの相場は「工事費の10%程度」。タワマン級の10億円規模の改修工事なら、1億円にも達し、その分工事費を押し上げる計算だ。

大規模修繕で設計・工事業者の「談合」の影がちらつくにもかかわらず、公正取引委員会が行政処分したり、課徴金を課したりしたケースは確認されていない。談合は独占禁止法違反(不当な取引制限)に当たるが、マンション問題に詳しい松田弘弁護士は「いつどこで誰が集まって謀議したかという具体的な立証が難しい」と指摘する。また税金が使われる公共事業の場合、公取委は調査権限を行使してでも談合の立証を試みるのに対し、「民間取引だと調査の優先度は低いのではないか」とみている。

内部告発から3年余り。当局が手をこまぬいている間、事態は改善に向かうどころか「以前よりも、むしろ悪くなっているかもしれない」(CCUの柴田会長)。手口の「巧妙化・隠蔽(いんぺい)化・組織化」が進み、例えば工事業者からのバックマージンに「足」が付かないよう、ダミー会社を迂回させて金を受け取っているケースも伝え聞くという。

自衛策

管理組合を支援するNPO集住センターでは、「修繕積立金の値上げを管理会社が提案してくるが、法外で高すぎる」との相談が最近増えている。日本住宅管理組合協議会の川上湛永会長は、日常的に慣れ親しんだ管理会社に、大規模修繕の際、当たり前のように設計事務所や工事業者の選定を委ねてしまうのは良くないと指摘する。

確かに自衛のためには時折、業者を変更することも大事だが、それには大きなエネルギーが要る。輪番制で任期が2年程度の管理組合理事らは大きな課題を先送りしがちであり、無理に変えようとすると、住民間の対立に発展することもある。CCUの柴田会長は「独断で動かず、まず仲間を作ることだ」とアドバイスする。

また、複雑で不透明な業界体質の中で、素人同然の管理組合が良心的な設計事務所を選び出すのは極めて難しい。コンサルティング料が格安な設計事務所に飛びつくのも「落とし穴」(松田弁護士)だ。日住協の川上会長は、「住民が業者選びに大切な時間を割く必要はなく、われわれが良い独立系事務所を紹介できる」と話す。NPOである日住協は、特定の企業などから資金援助を受けていない独立組織であり、川上氏自身もかつて新聞社の社会部記者として活躍。各界に知己は多く、情報は豊富だ。

近年はマンション住民も高齢化して年金生活者が増加。ようやくローンを完済し「終の棲家」と思っていたのに、高額な修繕積立金や管理費は特に高齢者の家計を圧迫する。「カネも情報もないお年寄りは無駄遣いなんてできない。貴重なお金をだまされて費消させてしまうわけにはいかない」。川上氏は、こう語気を強めた。

バナー写真:バックマージンの存在を公式に確認した国土交通省の通知

【用語解説・設計事務所と管理会社】

マンション大規模修繕の際、工事会社が診断、設計から工事まで一貫して行うと価格や品質などが不透明になる恐れがある。このため、設計事務所が住民側に立って診断・設計を担い、工事業者が図面通り工事しているか監督する「設計監理」方式が普及している。これには、清掃・設備点検など日常的な管理業務を行う管理会社が自ら設計・監督を手掛けたり、外部の設計事務所に委託契約したりするなど、様々な形態がある。

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