ウイルスのように世界にまん延、ドーピング防止に「特効薬」はあるか-東京五輪の課題(1)

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東京五輪・パラリンピックの開催を前に、新型コロナウイルスの感染が世界的に広がる中、ドーピング問題もまた大きな懸念材料だ。グローバル化でスポーツ界も選手が国境を越えていく時代。ドーピングはウイルスのように世界へと拡大を続ける。

ロシアへの厳しい処分

2019年12月、世界反ドーピング機関(WADA)はロシアから提出された検査データに多数の改ざんがあったとして、主要国際大会へのロシアの出場を今後4年間停止する処分を下した。ロシアはWADAの処分を不服として、スポーツ仲裁裁判所に提訴しているが、潔白な選手を除き、東京五輪に出場できる見通しはまずない。問題の発端となったロシア陸連は、世界陸連から資格停止処分を受け、国際舞台に出られない状況が続いている。

こうした厳しい処分に観念したのか、このほどロシア陸連会長がドーピングに関する文書の偽造などについて不正を認めた。もはや国際スポーツ界にうそをつき続けるのは無理だと判断したのだろう。遅きに失したと言わざるを得ない。

今回のロシアの問題は、14年に陸上界の組織的不正をドイツの公共放送が報じたことにさかのぼる。WADAは調査の結果、国ぐるみのドーピングと断定。その後、ロシア選手団は16年リオデジャネイロ五輪に参加したものの、疑惑のある100人以上の選手が排除された。18年平昌冬季五輪では選手団として参加が認められず、潔白が証明された選手に限り、個人資格での参加となっていた。

国家という枠組みを超えて

このような流れを見ると、ロシアが突出してドーピング違反を犯しているかのようだが、決してそういうわけではない。「国家」という枠組みを超えて、薬物不正はじわじわと世界にまん延しているのが実態だ。

WADAが昨年末に発表した17年のドーピング違反の報告書によると、最多はイタリアの171件。2位はフランスの128件、3位は米国の103件。以下、ブラジル84件、ロシア82件と続く。ちなみに日本はワースト10には入っておらず、件数としては7件だった。違反者を出したのは、世界114カ国・地域にも及んだ。

東京五輪に向けては、もう一つ大きなニュースが飛び込んできた。中国競泳界の英雄、孫楊の8年間の出場停止処分である。

孫楊は中長距離の自由形の選手で、12年ロンドン五輪と16年リオ五輪で獲得したメダルは、金3個を含む計6個。世界選手権でも11個の金メダルを手にした世界的トップアスリートだが、オーストラリアを活動拠点にしていた14年には、大会後の検査で興奮剤使用が発覚し、3カ月の出場停止処分を受けた。18年には、自宅で受けた抜き打ち検査の際に、採取した血液のサンプルを孫楊の警備員が破壊するという問題を起こした。

この悪質さにWADAが厳しい処分を下したのだ。8年間の出場停止は事実上、28歳の孫楊に競泳界からの追放を宣告したようなものだ。

WADAの報告書では、中国はロシアに次ぐ違反者が出ている。かつて中国では、女子の競泳や陸上長距離で組織ぐるみの不正が指摘された。今もその風潮が残っているかは分からない。しかし、孫楊がオーストラリア人コーチの指導を受けていたように、少なくとも世界トップクラスの選手を国家ぐるみで育成・強化するような時代ではない。

重量挙げ選手の相次ぐドーピングも深刻だ。毎日新聞に寄稿している米国の五輪専門メディア「アラウンド・ザ・リングス」のエド・フーラ編集長によると、東京五輪に出場する重量挙げの各国選手は男女合わせて196人。08年北京五輪に比べて約70人も少ないという。

これは10年間の保存が義務づけられた検体の再検査で、各国の重量挙げ選手から次々とドーピング違反者が見つかり、国際オリンピック委員会(IOC)がその制裁として出場者を制限したからだ。さらに、国際重量挙げ連盟のハンガリー人の会長が、不正操作された検体を認める見返りに裏金を受け取っていたという報道もある。

遺伝子操作にまでエスカレートするのか

ドーピング拡散の背景には何があるのか。

東西冷戦の終結後、ドーピング疑惑の絶えなかった旧東ドイツなど東側諸国のコーチやアスリートが職を失って世界各地に散り、その「技術」が世界に拡散したという見方がある。衛星放送の発達によるプロスポーツの国際化や、欧州統合による選手の移籍市場自由化も、国境を越えた人材の流動化を促した。インターネットによって禁止薬物が外国から入手しやすくなった点も指摘できる。これらはすべてグローバル化の負の産物だ。

これまでのドーピングは、禁止薬物を使って筋肉増強や持久力アップを図るほか、自らの血液を注射で抜き、競技前に体内に戻すことで酸素運搬能力を高める「血液ドーピング」が主流だった。手軽に入手できるサプリメントの中に、禁止された物質が含まれているケースもある。

近年、最も恐れられているのは「遺伝子ドーピング」。これは、遺伝子治療法を応用したもので、特定の目的を持った遺伝子を細胞に注入し、遺伝情報を改変させることで、筋肉や赤血球の生成を促すものだ。

たとえば、筋ジストロフィーの治療に用いる遺伝子操作をアスリートに使えば、筋肉増強作用があるといわれる。また、重症の貧血患者への遺伝子治療は、赤血球を増やし血中の酸素運搬能力を高めるとされ、これも選手の持久力アップに応用できるという。

WADAは18年、遺伝子ドーピングを禁止リストに加えた。禁止薬物のように、尿検査や血液検査で違反を摘発できるほど検査は簡単ではなく、まだ目立った報告例はない。

国威発揚やビジネスが動機

厳格な検査と処分だけでドーピングがスポーツの世界からなくなるとは思えない。なぜなら、その背後には競技力向上によって得られる「果実」があるからだ。政治は五輪でのメダル獲得によって国威発揚を促し、商業主義はアスリートの活躍をビジネスの宣伝に利用する。

不正を排除し、自然な肉体で勝負に臨む本来のスポーツの姿を世界に浸透させる「特効薬」はない。ドーピングを根絶するには、スポーツを行う意味やフェアプレーの精神を改めて問い直し、薬物使用による健康被害についても、若い頃から学校教育やスポーツクラブでの指導に反映させていく。そんな地道な取り組みを続けるしかない。

バナー写真:記者会見する世界反ドーピング機関(WADA)のリーディー会長(中央)ら(時事通信)

【用語解説・ドーピング】

ドーピングとは、競技能力を増幅させる可能性がある手段(薬物あるいは方法)を不正に使用すること。スポーツの基本理念であるフェアプレーに反する上に、選手に重篤な健康被害を与えかねないことから、国際オリンピック委員会(IOC)は1999年、世界反ドーピング機関(WADA)を設立してスポーツ界における薬物使用の防止に乗り出した。

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