なぜ中国は新型コロナ初動対策に失敗したのか:末端が動かない組織の限界を露呈-宮本雄二・元中国大使が解説(1)

国際 医療・健康

パンデミック(感染症の世界的大流行)となった新型コロナウイルス感染問題。中国はなぜ初動の対策に失敗したのか。そして、なぜ感染拡大を止めることができたのか。中国の国家組織に詳しい元中国大使の宮本雄二氏が解説する。

SARSの経験が生かされず

中国は2002年から翌年にかけて、SARS(重症急性呼吸器症候群)に襲われたが、ちょうど江沢民政権から胡錦濤・温家宝政権への移行期だった。実はこの時も今回の新型肺炎と同じように、初動の段階で情報の隠ぺいがあった。発生地の広東省でSARSがまん延し始めていたのに、北京には現地の実情が正確に伝わらず、そのうちSARSが北京にも飛び火して、深刻な事態となった。

03年3月に温家宝氏に首相の座を譲った前政権の朱鎔基・国務院総理は、まだ人事権を握っていたので、果断に人事を刷新した。情報公開も行い、素早い処置を取っていく。衛生部長(厚生大臣)を更迭し、有能な女性政治家の呉儀副総理に衛生部長を兼任させた。北京市長も解任し、実力ある王岐山・海南省書記(現国家副主席)を北京市長代行に抜てきした。一方で、温家宝首相が走り回り、やっとSARSを抑えることができた。

危機を乗り越えた中国は、再び感染症の問題を起こさないようにと、防疫対策の強化にまい進する。モデルとなったのが、米国のCDC(疾病対策センター)。類似の組織を作り、地方の出先機関も作り、研究所も拡充した。中国版CDCの責任者は2019年に、「中国ではもうSARSのようなことは起こらない」と言っていた。

感染防止より人民代表大会を優先した武漢当局

前回(SARS)は、全く準備がなくて政権交代の混乱期だったので大騒動となった。だが、今回はその経験があり、体制も整えた後に、また同じことが起こしてしまっただけに、中国にとって深刻な問題だ。これは中国の組織の限界を示したと見ていい。

中国の国家組織の基本は、トップからの指示を末端まで速やかに浸透させること。習近平体制もそれを強化しようとしている。この制度の問題点は、もし何か重大事が発生しても、末端組織が自立して動かないことにある。末端も中間の組織も、上からの指示がないと動かない。つまり、下から上がっていくことが、うまく機能しない中国組織の弱点を露呈したのだ。

もう一つの問題点は、中国で一番大事なのが「政治」だということ。中国文学のメインテーマが政治だと言われるぐらい重要なのだ。今回の発生源となった武漢市、湖北省の当局者にとって、新型コロナウイルス感染がまん延している時でも、最も大事な政治テーマは、3月上旬に開催予定だった全国人民代表大会を円滑に行われるよう準備することだった。地方はその前に地元の人民代表大会を開くことになっているので、武漢市も湖北省も患者が急増している今年1月に人民代表大会を開いていた。

全国人民代表大会は、新型コロナウイルス感染が大変な状況になっていると開けないので、武漢市、湖北省の当局者は「大したことではない」とせざるを得なかった。その結果、感染はどんどん拡大。1月下旬からは春節の休みとなり、武漢市長が認めたように人口の半分近い約500万人が市外に出て、中国全土や海外に移動したので、パンデミック(世界的大流行)を生むことになる。

事態の改善に役立った監視社会

しかし、中国政府はこの間、感染拡大を封じるシステムを作っていた。上から命じる次のフェーズ(段階)に入ると、中国は強みを発揮してくる。中国共産党は習氏がトップの政治局で大方針を決め、その次に李克強首相を中心としたワーキングチームを作った。この組織直属のメンバーが分隊として中国全省に派遣され、中央が地方を監督するメカニズムを確立した。

その後の中国は効率的に動き、感染拡大を急速に止めることができたようだ。これを助けたのが中国の「監視社会」。今の中国は「顔認証」システムにより、誰がどこで、いつ何をしたか、まで記録に残る。だから、中央の指示に反したことをしたら、すぐ分かる。感染者との接触なども分かるので、感染ルートの解明も容易になった。皮肉だが、監視社会が今回の問題では役立った。 

国民も感染拡大は人命に関わることなので協力している。人口1100万人の武漢市、そして約6000万人の湖北省を封鎖できたのも、中国共産党ならではの決定だが、これは市民の協力なしには実現しなかったことだ。

専門家の副総統に救われた台湾

今回の初動の失敗は中国共産党も認め、国民にわびたが、一方で台湾は初めから適切な対策をとり、感染拡大をうまく止めた。これは、台湾の陳建仁副総統が公衆衛生の学者でこの分野の専門家であり、SARS流行の時、陳水扁政権で厚生大臣に相当する衛生署長を務めた経験もあったことによる。

台湾はSARSでは、病院で集団の院内感染も起き、関連死を含め七十数人の犠牲者を出した。その苦い経験を生かし、後に感染症の予防法を大幅に改正。今回は1月下旬には中国籍の人の入国制限を強化、2月初旬に全面禁止にした。こうした強く早い措置を台湾当局が決断できたことが、各方面で高く評価されている。

(2020年3月12日 談)

構成・文:斉藤勝久(ジャーナリスト)

バナー写真:新型コロナウイルス感染拡大の中心地となった湖北省武漢市の病院を視察した中国の習近平国家主席=2020年3月10日(新華社/アフロ)

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