「巨象」をむしばむコロナウイルス、肥大化の末の隘路―東京五輪の課題(2)

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新型コロナウイルスの感染拡大で、世界中のイベントがことごとく停止に追い込まれ、東京五輪・パラリンピックも延期を含めて検討せざるを得なくなった。肥大化を続けたスポーツの祭典は隘路(あいろ)に迷い込み、身動きを取れない状態にある。五輪という「巨象」が倒れるまでに、救う手立てはあるのだろうか。

2年延期論のシナリオとは

唐突なニュースが流れたのは3月11日のことだ。ウォール・ストリート・ジャーナル紙に、大会組織委員会の理事を務める高橋治之氏のインタビュー記事が掲載され、「1、2年の延期が現実的」との見方が示されたのだ。なぜ理事の一人に過ぎない高橋氏が世界的に影響力のある米経済紙の取材に応じ、このような発言をしたのか。欧米メディアも同ニュースを転電し、関係者はその思惑を推測した。

高橋氏といえば、かつて電通の専務取締役を務め、東京五輪招致の時は「陰のキーマン」とも呼ばれた人だ。電通時代の国際的なスポーツ人脈を通じて、東京への得票をもたらしたといわれている。国際スポーツ界の裏表を熟知する人物の言葉に、驚きが広がった。1年ならまだしも、「2年延期」の方向性は、誰も考えつかないような予想外の提案だったからだ。

1年延期の場合、2021年は各競技の世界選手権が夏から秋にかけて目白押しだ。陸上は米国オレゴン州で8月、水泳は福岡で7~8月、柔道はウズベキスタンのタシケントで(日程未発表)、体操はデンマークのコペンハーゲンで10月に開催される。五輪を7~8月に開催するのなら、これらの世界選手権の日程もずらさなければならない。だが、各大会には国際競技団体のスポンサー契約やテレビ放映権契約が絡んでいる。

2年延期の場合、22年は2月に北京で冬季五輪がある。サッカーのワールドカップの年でもあるが、カタール開催のため、暑さを避けて11~12月の予定だ。つまり、夏はぽっかり空く。そこに東京五輪が入れば、巨大イベントの3連続開催で世界が盛り上がるという、ビジネス上のシナリオがあるのかもしれない。

これらの流れが分かっていなければ、「2年延期」の話は出てこなかったはずだ。さすがスポーツビジネスのプロが言うだけに、計算が読み取れる。

ただ課題も残っている。22年には英連邦諸国によるコモンウェルス・ゲームズ(英国のバーミンガム)が7~8月、中国・杭州でのアジア大会が9月にある。ともに五輪に次ぐ規模の総合競技大会だ。注目度は高くないが、五輪に席を譲って延期にすれば、そこにも数々の問題が生じる。

1年でも2年でも、五輪が延期になれば組織委員会の運営費や数千人に及ぶ職員の人件費、ボランティアの再募集、チケットの再販売、競技施設やホテルの確保など運営側には頭が痛い問題ばかりだ。しかし、中止となれば、開催決定から7年間の準備が水の泡だ。難しい選択が強いられる。

ビジネスに縛られた巨象

五輪は商業主義の波に乗って肥大化を続けてきた。きっかけは1984年ロサンゼルス五輪だ。組織委員会を率いたピーター・ユベロス氏のもと、「1業種1社」という公式スポンサーの制度が導入され、協賛金がつり上げられた。ほかにもテレビ放映権料やグッズの販売などを通じてビジネスが展開され、「ユベロス商法」は税金に頼らない民間五輪として成功を収めた。

この手法は、世界のスポーツ界に一斉に広まった。五輪は国際オリンピック委員会(IOC)のアントニオ・サマランチ会長の指揮下でさらに規模を膨らませ、94年リレハンメル冬季五輪から、冬季大会は夏季大会の2年後に行うよう変更し、ビジネスチャンスの分散化を図った。各競技団体もこれに合わせて国際大会の商業主義化を進め、他大会との隙間を埋めるように日程を設定していった。

2000年にはIOCと国際パラリンピック委員会(IPC)が協定を結び、五輪に続いてパラリンピックも同じ都市で開かれることが決まった。巨大イベントの統合で大会はさらに規模を増し、障害者スポーツの商業価値を高めた。

こうして五輪・パラリンピック、サッカーやラグビーのワールドカップ、各競技の世界選手権といったメガイベントが混在する世界の「スポーツカレンダー」が固まっていった。

とりわけ、IOCに最も巨額の放映権料を支払う米国のNBC放送は、これらの日程を見ながら、五輪の開催時期を動かすことに難色を示している。五輪本番では、NBCの要望に合わせて競技時間が設定されることも有名な話だ。

秋に五輪を開催できないのも、米国の野球、バスケットボール、アメリカンフットボールといったプロスポーツのかき入れ時だとして、NBCが首をタテに振らないからだといわれる。有料衛星放送の普及した欧州でも、秋は各国のサッカーリーグがシーズン途中にあり、多くの視聴者を集めるコンテンツとなっている。

まさに「スポーツカレンダー」はぎゅうぎゅう詰めの状態にあり、五輪の開催時期変更は他の大会にも連動していく。そこには常に契約に縛られたビジネスが存在する。

いまや五輪は身動きのとれない「巨象」になってしまった。その巨体を戦争でもなく、台風でも地震でもなく、目に見えないウイルスが、じわじわとむしばんでいるように見える。巨象が動こうものなら、ほかの象も場所を空けなければならない。だが、もはやそのスペースを作るのは難しい。今回の新型コロナウイルス問題は図らずも、そうした姿を白日の下にさらした形だ。

改革方針「アジェンダ2020」の行方

いったい、IOCを率いるトーマス・バッハ会長が求める五輪像とは何なのか。

バッハ氏は13年9月に就任すると翌14年、「五輪アジェンダ2020」なる改革方針を掲げた。フェンシングの元五輪金メダリストであり、弁護士というドイツ人は手堅い「現実主義者」と呼ばれ、調整能力にもたけているといわれる。

「2020」には2020年の東京五輪から着手していく考えと、「20+20」の40項目において改革を目指すという二つの意味が含まれている。

アジェンダでは、開催都市以外での都市や国での開催も認める方針が示されている。東京五輪ではマラソン、競歩コースの札幌への変更がこれに当たる。だが、決して肥大化を抑制するものとはいえず、費用はかえって膨らむ結果となった。

夏季五輪の規模については、それまで「28競技」としていた規定を撤廃し、代わって「310種目」という別の指標を上限とすることになった。競技と種目の違いは、たとえば、「陸上競技」は1競技であり、「女子マラソン」や「男子100メートル」は種目としてカウントする。

競技数に縛りがなくなり、開催都市からの提案権も取り入れて追加競技を認めることになった。その結果、東京五輪には野球・ソフトボール、空手、スポーツクライミング、スケートボード、サーフィンの5競技18種目が加わった。全体では「33競技336種目」となり、前回リオ五輪の「28競技306種目」よりも増えて、スリム化には逆行する形となってしまった。

開催都市の提案権を認めるというのは、東京五輪の場合、日本のテレビ局の要望を入れることにほかならない。野球の復活はその象徴だ。だが、次回パリ五輪では野球・ソフトボールと空手の除外が決まっている。

テレビ支配からの脱却を目指して

このように、米NBC放送の影響力も合わせて流れを見れば、五輪の肥大化や日程の硬直化を防ぎ、真の意味でのアスリート・ファースト(選手第一主義)を実現するためには、テレビとの関係を見直す必要がある。

IOCは16年から「五輪チャンネル」というインターネットの動画配信サイトをスタートさせた。これもアジェンダに書かれていることで、テレビの支配力を薄めたいというIOC側の意図が汲み取れる。「五輪放送サービス」という会社も設立し、国際映像を独自で制作している。それでもなお、五輪財政はまだまだテレビ放映権料に依存する部分が大きい。テレビ支配からの脱却は本当に可能なのか、その答えは当分出そうにない。

写真:国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は東京五輪聖火採火式であいさつしたばかりだが…(時事通信)

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