日本の改正外為法、米の対中戦略と共同歩調-経済・安保政策の一体化加速

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安全保障上重要な企業に対する外資の出資規制を定めた改正外為法が、5月に施行される。2019年11月に成立した改正法によって、外国人投資家の株式取得に関する審査基準が大幅に厳しくなる。米国が中国との間で技術・経済の両面で覇権を争う中、同盟国・日本に対し対中強硬姿勢で足並みをそろえるよう迫ったことが背景にある。日本は安全保障を強化できても、外国から投資を呼び込むのは難しくなるとの批判もある。

外資系金融機関が反発

改正外為法は、軍事転用可能な技術を擁するメーカーや電気、ガス、通信などのインフラ企業に外国人投資家が出資する際、政府への「事前届け出」を求める水準を、従来の出資比率「10%以上」から「1%以上」に引き下げ、厳格化する。

運用を定める政省令・告示案では武器、航空機、宇宙、原子力、サイバーセキュリティなど12の産業を「コア業種」に指定し、外資による「1%以上」の株式取得を原則、事前審査の対象とした。国内の上場企業約3800社のうち、数百社がコア業種に指定される見通しで、制度を所管する財務省と経済産業省は4月中旬まで政省令・告示案を意見公募に掛けていた。

だが、投資規制強化の実現までは曲折があった。投資銀行や投資ファンドなどの金融機関が強い警戒感を示してきたからだ。政府が2019年9月、民間向けに方針を説明すると、米系金融機関の関係者たちは「対日投資を促進してきたアベノミクスに逆行する」と反発。与党議員に規制強化を見直すよう働き掛け始めた。

予想を上回る反発に押されたかのように、財務省などは事前届け出が不要な上場企業名をリスト化する方針を策定。その後、厳格な適用を免除する仕組みを整えることで、改正法は早期成立に至った。ただ、運用ルールの策定作業が残されており、「金融機関との意見調整などは細心の注意を払わざるを得ない」(経産省幹部)。政府と金融市場の間には依然、火種がくすぶっている。

米主導で中国をけん制

金融の世界からすると「あまりにも唐突だ」(米大手金融機関幹部)と批判される今回の規制強化。だが、外交・安全保障の世界では、審査厳格化に至る動きはある程度予見されていた。背景にあるのは中国の経済・技術両面の急成長。それを脅威と捉える米国が真っ先に動いた。

米国は18年8月に成立させた法で、安全保障上の懸念を理由に米国企業の買収などを事実上阻止できる「対米外国投資委員会(CFIUS)」の権限を強化し、審査対象を企業だけではなく土地などに拡大した。20年2月の関連法施行に先立ち、厳格な規制を免除して対米投資を優遇する「除外国」(通称・ホワイト国)のリストも策定した。欧州連合(EU)も足並みを合わせ、19年4月に初の対内投資に関する審査規則を発効させている。

いずれも、中国に先端技術や知的財産を持つ企業が買収され、情報が流出する事態を警戒し、けん制する動きにほかならない。中国の習近平指導部が15年に掲げた次世代技術・産業育成戦略の「中国製造2025」は、ITやデジタル分野で世界トップを目指しており、米国は強く警戒。中国との貿易協議でもたびたび「製造2025」の見直しを迫っていた。

CFIUSのアドバイザーを務める米国の弁護士は、「19年の主要7カ国(G7)の閣僚・首脳会議で、トランプ政権は日本や欧州諸国に外資規制の強化で足並みをそろえるよう求めていた。狙いは中国けん制だ」と明らかにしている。

今回の外為法改正の原図を描いた経産省の関係者も「基準の厳格化は、米国からホワイト国として速やかに認定を受けるという狙いもあった」と述べ、米国の安全保障・経済ルールにうまく乗っかることが法改正の原動力の1つだったことを認めている。

ホワイト国

米国の安全保障戦略を外部から見通すことは極めて難しい。米財務省が1月に公表したホワイト国リストに入ったのは、英国とカナダ、オーストラリアの3カ国のみ。日本は対象国に指名されず、「外為法の改正がホワイト国認定の追い風になる」という日本政府の願望は、今回はかなわなかった。

米国がホワイト国として認めた3カ国は、安全保障に関する情報の共有という点で、米国と極めて深い関係にある。米国を含め、いずれも英連邦に縁を持つ「ファイブアイズ」と呼ばれる諜報情報共有の枠組みのメンバーだ。今後2年間は対米投資で優遇措置を受けられる。

経産省幹部は「ファイブアイズの結束はあまりにも特殊であり、同等の扱いを求めるのは難しい。だが、同盟国・日本が将来的に(米国の)ホワイト国として認められる可能性は排除されていない」と主張。別の幹部は「米欧の外資規制強化の流れに乗らなければ、今後、米国を含む経済ルールの構築で不利になる」と語り、経済政策と安全保障政策が重なる分野での一層の制度整備が必要になるとの見方を示した。

コロナ感染で浮上した新たな戦略分野

こうした経済・安全保障政策の一体運用は、全世界を襲う新型コロナウイルスの感染拡大によって、さらに形を変え、加速することも予想される。今や、医療製品・機器の確保や治療薬の開発が「国家の安全保障を左右する」(米国務省幹部)という事態になったためだ。

例えば、中国はマスクや検査キットの輸出を強化する「マスク外交」によって、国際影響力の拡大に乗り出した。3月以降に感染者が急増した米欧では、マスクなどの国内需要向けの確保を最優先し、輸出を一時的に制限する動きが続出。イスラエルは対外情報機関「モサド」を医療機器の確保の司令塔に位置付けた。

日本も例外ではない。政府は4月に、一体的な外交・安全保障政策を担う「国家安全保障局(NSS)」に経済班を設置し、経産省出身の内閣審議官を担当トップに起用した。この経済班は、新型コロナウイルス対応でも「重要な役割を果たす」(官邸関係者)。感染が長期化し、国内の医療機器メーカーの安全保障上の重要性が増す事態をにらみ、新たな外資規制を検討に入ったとされる。

外資からの「東芝防衛」の見方も

今回の「安全保障強化」を旗印とした外為法や関連政省令の改正には、もう一つの狙いがあると見られている。

それは、日本市場で存在感を増す「物言う株主(アクティビスト)」へのけん制だ。金融関係者が外資規制に強化に反発する中、政府は制度改正による対日投資の過度の抑制を避けるため、一定の条件を満たす外国投資ファンドなどに厳しい規制を除外する仕組みも用意した。

しかし、その要件とされたのは「重要な意思決定権限を持つ(社内)委員会に参加しない」「取締役会などに期限付きの書面提案をしない」という条項である。これらが、アクティビストの投資を縛るのは一目瞭然。

関係者たちが注視するのは、17年に多数のファンドから出資を受け、今も提案攻勢を受けているとされる東芝の存在だ。原子力、インフラ事業を手掛ける東芝が、厳しい外資規制の対象となる「コア業種」の一角を占めるのは確実。改正外為法が5月に施行されれば、アクティビストは株主提案が難しくなり、東芝は6月の株主総会での「防衛」が容易になる。

政府関係者は、法改正の背景に東芝への配慮があったことを否定していない。投資規制をアクティビスト排除に利用するしたたかさが垣間見える。

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