どうなる東京2020:「簡素化」では晴れぬ暗雲、新しい「祝祭」の模索を-五輪の課題(5)

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延期された東京五輪・パラリンピックは、来年7月23日の開幕まであと1年。新型コロナウイルスの感染拡大が続き、中止の可能性を取り沙汰する声もある中、組織委員会はコロナ対策や財政上の問題から「簡素化」を提案している。しかし、複雑な事情が絡み合い、具体策はまだ見えてこない。本来なら今ごろは五輪ムード一色に染まっていたはずだったが、暗雲は垂れこめたままだ。

開会式縮小に立ちはだかる放映権の壁

長年の課題である五輪の肥大化を抑制するため、競技数や参加人数の削減はこれまでも議論されてきた。当初は「コンパクト五輪」を掲げた東京五輪も、結局は規模を縮小できず、史上最多の33競技339種目が実施される見通しだ。

組織委と国際オリンピック委員会(IOC)は6月下旬、各国際競技団体(IF)に経費節減案を提案した。詳細な計画はまだ発表されていないが、削減対象として▽聖火リレーの日程短縮▽開・閉会式のアトラクションや参加人数の縮小▽選手村の滞在日数短縮▽観客の絞り込み――などが想定されている。

しかし、現実には高いハードルが立ちはだかる。

組織委の森喜朗会長は7月6日、報道陣に対し、開会式の規模縮小や時間短縮はテレビ放映権の関係で難しいとの見方を明らかにした。開会式を簡素化すれば、テレビの放送枠が埋まらず、巨額の放映権料を支払う放送局との契約で違約金が生じるというのだ。その場合、組織委が補償を背負う羽目になるという。

コロナ対策で「密集」を回避するには、観客数を減らす必要が生じる。多くのスポンサーやビジネス関係者が観戦に訪れるが、無観客や観客減の大会になれば、メディアへの露出が減り、企業としてのPR活動に支障が出る。聖火リレーにも国内外の有名企業が協賛しており、日程やルートの短縮を組織委が勝手に決めるわけにもいかない。

現在結ばれているスポンサー契約の大半は、2020年12月末で切れる。契約を延長するかどうかの交渉がこれから行われる予定だが、そのタイミングでスポンサーに不利な条件を提示するのは難しい。

観客数が固まらなければ、他の運営面も決められない。競技会場の仮設設備、警備員やボランティアの配置、観客の輸送計画、入国管理、テロ対策……。それらの方針が変われば、当然ながら予算にも影響が出る。肥大化した「商業五輪」の縛りの中で、準備が後手に回っている点は否めない。

コロナ対策で露呈した予算不足

昨年末に発表された大会経費の総支出は1兆3500億円。内訳は組織委が6030億円(予備費270億円を除く)、東京都が5970億円、国が1500億円となっている。さらに、延期に伴う追加費用は数千億円に上るとみられる。

これに対して、組織委に入るチケット収入は900億円だが、無観客や観客減の場合は、その分を差し引いて予算を組まなければならない。組織委に赤字が出た場合は東京都が補塡(ほてん)し、それでも不足する場合は日本政府が支払うことが決まっている。

しかし、東京都の「貯金」とされる財政調整基金は、コロナ対策ですでに9割以上を使ってしまい、あと807億円しか残っていないという。日本政府も同様にコロナ対策での支出が巨額に膨らんでいる。

開催経費を削減できなければ、五輪財政は火の車になる。その場合、日本国民が長年にわたり、五輪の「負債」を税金で支払い続ける可能性が出てくる。

現実味増す衆院解散のうわさ

政界では不安定要素が渦巻いている。安倍晋三首相が秋にも衆院を解散するという観測だ。安倍政権は、森友・加計問題、桜を見る会、検察官の定年延長見送りに続き、自民党議員の河井克行・案里夫妻の逮捕で窮地に立たされている。

さらに五輪が中止になれば、政権へのダメージは計り知れない。ならば、野党の選挙態勢が整う前に解散・総選挙に打って出るといううわさが日増しに現実味を帯びている。政権の顔触れにも関係してくる動きだけに、五輪開催を占う大きな注目点といえるだろう。

振り返ってみれば、最初から安倍首相主導の政治色が極めて濃い大会といえる。開催が決まったIOC総会で、安倍首相は福島の放射能の状況を「アンダー・コントロール(制御下にある)」と演説し、4年前のリオデジャネイロ五輪閉会式では、任天堂のゲーム「スーパーマリオ」に自ら扮(ふん)して登場するパフォーマンスも演じた。

今年のコロナ禍ではIOCのトーマス・バッハ会長と電話で直談判し、「来年夏までに延期を」と懇願した。自民党総裁としての任期は2021年9月まで。五輪を自分の花道にしようと考えている、という指摘も政界には根強い。

これに対して、五輪への東京都民の関心は低落傾向にある。先の都知事選では、宇都宮健児、山本太郎の両氏が中止を訴え、小野泰輔氏は4年後、立花孝志氏は4年後か2年後への延期を主張した。選挙結果を左右するような争点にはならず、現職の小池百合子氏が圧勝で再選を果たしたが、新聞各紙での世論調査では、来年夏の五輪開催を望む都民は半数にも達せず、「五輪熱」の低さが浮き彫りになった。IOCはこの点をシビアに見ているのではないか。

東京の準備状況を監督するIOC調整委員会のジョン・コーツ委員長は5月下旬、地元オーストラリアの新聞に対し、来年夏の開催について「10月に可否判断する」との見通しを示した。このニュースは日本側関係者を大いに動揺させた。

コーツ発言の後に突如出てきた簡素化案は、日本側の焦りを示しているようにも思われる。延期が決まった際、安倍首相は「完全な形」での1年後の開催を公言した。しかし、中止決定の権限を持つのはIOCだ。一方的な決定を許さぬよう、日本側が簡素化という「ボール」をIOCに投げ、検討の時間を稼いだと見ることもできる。

引退表明が相次ぐアスリート

延期により、今年の五輪で活躍するはずだった有力選手が、次々と引退を表明する事態も起きている。

7人制ラグビーに出場するとみられていた27歳の福岡堅樹が、将来目標としている医師の道を目指すため、引退を発表した。昨年のワールドカップでは日本代表のポイントゲッターとして活躍したが、あと1年は待てないと判断したようだ。

バレーボール女子日本代表の29歳の新鍋理沙も「自分にとってこの1年がとても長く感じた。1年後に今よりも良い状態でプレーできるのか、自信を持てなくなった」と引退を決断した。8年前のロンドン五輪銅メダルメンバーだが、最近はケガにも苦しんでいたという。

トランポリンで北京五輪4位の外村哲也も東京五輪への出場を断念した。35歳のコメントは「心技体ギリギリで競技を行っていて、加えてこのコロナ禍で競技環境を整えて、今からもう1年現役延長することは極めて困難と判断した」というものだった。

元五輪担当相で組織委の遠藤利明副会長は「来年3月」が開催可否の判断時期になるとの見方を示したが、IOCのコーツ調整委員長とは見解に隔たりがある。明確なゴールが見えず、宙ぶらりんの状態に置かれた選手たちの心境は揺れている。

「観客減もシナリオの一つ」とバッハ会長

感染拡大の収束は見通せず、秋から冬にかけて再流行も懸念されている。世界的には米国やブラジルでなおも感染者は増加を続けており、世界各国から日本への入国制限が解かれるのはまだまだ先になるだろう。

ワクチンの開発が世界中で始まり、最近では英製薬大手の「アストラゼネカ」とオックスフォード大の共同研究で20億回分のワクチンを製造できる見通しになったという。日本にも原液が輸入され、増産される予定だ。来年夏までにどこまで接種可能になるかは分からない。PCR検査や抗体、抗原検査も組み合わせ、どれだけ活用できるかが、開催の判断の一つにはなる。

しかし、ワクチン開発が間に合わなければ、やはり観客を絞る決断をしなければならない。入国制限や検疫のことを考えると、観客は日本在住者のみということも選択肢に入ってくるのではないか。

7月17日に行われたIOC総会後の記者会見で、バッハ会長は「観客を減らすことも検討すべきシナリオの一つだ」と述べた。無観客試合や開会式の縮小には否定的だが、「現実主義者」と呼ばれるバッハ会長らしく、観客減での開催は視界にあるようだ。

五輪は本来、スポーツを通じた平和運動を祝う祭典だ。たとえ、スタジアムに人を集められなくても、その根本にある価値や役割は揺るがない。

簡素化を打ち出すのであれば、この際、ITを駆使して世界を結ぶオンラインで新しい「祝祭」を模索する方法もあるだろう。ただし、今は世界中が五輪を「祝う」雰囲気でないことは確かだ。いつになれば目の前の雲が途切れ、少しでも光が差し込んでくるのか。まだ展望は開けない。

バナー写真:東京・お台場の五輪マークのモニュメント。延期となった東京五輪は23日で開幕まで1年となる(共同通信)

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