代替電源なき脱・石炭火力 : 温暖化対策で国際的駆け引き

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福島第一原子力発電所の爆発事故以降、日本は安価で安定調達が可能な石炭への依存を高めてきた。2018年度の国内の発電電力に占める割合は、天然ガス(LNG)火力38%に次いで、石炭火力が32%と主力電源となっている。かたや、欧州連合(EU)は脱炭素の動きを加速させ、米国も大統領選挙の行方次第では、グリーン政策推進に一気に舵(かじ)を切る可能性もある。原発の再稼働が容易ではない日本がとるべき道は?

政府は二酸化炭素(CO2)排出量が多い旧式の石炭火力発電の利用を2030年度までに減らす方針を打ち出した。非効率な石炭火力を100基単位で休廃止し、温室効果ガス排出削減に向けて政策転換を図るという。背景には、11月の米大統領選も視野に入れた「脱炭素」をめぐる国際的な駆け引きがあった。欧州連合(EU)などが「グリーン・エネルギー」を旗印に新たな秩序を築き始める中、日本などは「石炭中毒」(グテレス国連事務総長)と批判され、風当たりが強まるばかりだ。11月の米大統領選の結果次第では、米国がグリーン政策推進に転換する可能性があり、政府関係者は「脱炭素に前向きな姿勢をアピールすることが重要だ」と語る。

だが、一部の石炭火力を休廃止したとしても、排出削減の効果は高くはない。どのように代替電源を調達するのかも曖昧だ。原発再稼働の見通しが立たない中、アベノミクスを引き継ぐ次期政権が洋上風力や太陽光など再生可能エネルギーの利用を促進できるのかが注視される。

フェードアウトへ作業部会

「2030年に向けて(石炭火力の)フェードアウトを確かなものにする…非効率石炭の早期退出を誘導する」。梶山弘志経済産業相が7月3日の記者会見で表明した新方針の柱だ。経産省・資源エネルギー庁は、このフェードアウト路線の実現に向け、総合資源エネルギー調査会に新たな有識者作業部会「石炭火力検討ワーキンググループ」(座長・大山力横浜国立大大学院教授)を設置した。

地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」に基づき、日本は温室効果ガス排出を30年度に13年度比26%削減すると公約している。その実現に向け、18年夏に閣議決定された現行の第5次エネルギー基本計画では、30年度に石炭火力発電が占める発電量(電源構成)を全体の26%にすると掲げた。

しかし、政府が「重要な基幹電源」と位置付ける原発の再稼働が遅れ、石炭依存の度合いは高止まりしている。18年度の石炭火力の発電量は全体の32%。さらに、今後、全国17基の石炭火力発電の新設・リプレースが計画され、資源エネルギー庁は「このままでは石炭火力への依存度は40%近くになる」と分析している。

石炭火力への依存を下げるため、ワーキンググループは「非効率石炭火力発電を削減する新措置」を検討する。資源エネルギー庁が「非効率石炭火力発電」と名指ししたのは、旧式の「亜臨界圧(SUB-C)」と「超臨界圧(SC)」と呼ばれる方式だ。発電効率はSUB-Cが38%以下、SCが38~40%とされ、最先端石炭火力の55%よりも低い。国内で稼働・運用される全150基の石炭火力発電のうち、SUB-CとSCは合計114基。電源構成では16%に相当するとされる。

ワーキンググループは8月に、これらの休廃止に向けた議論に入った。

米大統領選前夜、孤立に懸念

フェードアウト路線は、2年前に決まった第5次エネルギー基本計画の中でも明記されていた内容だ。だが、経産省などは今年に入り、急に議論に前のめりになったように見える。政府関係者によると「グリーン・エネルギーをめぐる国際関係の激変も影響した」という。

グリーン政策を推し進める欧州連合(EU)の欧州委員会は19年末に、温室効果ガス排出の削減目標を「30年に19年比40%減」から「同50~55%減」に厳格化する方針を発表。今年3月には「50年に域内排出を実質ゼロにする」とした気候法案を公表した。新目標の実現を視野に入れ、欧州委員会の「持続可能な金融」を協議する専門家グループは「グリーン」分類の投資対象から石炭火力発電などを排除する検討案をまとめた。

金融市場では、既に、石油・石炭火力関連など炭素依存の事業への投融資を絞る動きが広がっている。国内でも昨年以降、三菱UFJ、みずほ、三井住友の3メガ金融グループなどが「新規石炭火力発電へのファイナンスは原則的に実行しない」と表明済みだ。EUなどがルールを厳しくすれば、石炭火力への投融資は一層、抑制される。

脱炭素を押し進める欧州勢などは、再生可能エネルギーなどに資金を誘導し、技術革新を促す意向とされる。経済・環境政策に詳しい国際通貨基金(IMF)幹部は「脱炭素に関わる規格などの国際ルールを主導すれば、今後数十年の産業、経済活動で有利な立場になる」と指摘している。主導権を狙うかのように、世界最大級の排出国・中国でさえも、電気自動車(EV)など新エネルギー車の比率を高め、排出削減に向けた技術革新を進めると表明。経済安全保障に詳しい専門家は「中国はEVでグローバル自動車市場の巻き返しを図るとともに、環境配慮国のイメージを形成しようとしている」と分析する。

経産省や環境省の関係者からは、国際秩序形成を急ぐEUや中国だけではなく、米国の方針転換を警戒する声も出ている。米国は17年以降、地球温暖化に懐疑的な言動が目立つトランプ大統領と高官の下、石油・エネルギー産業を支える「炭素優遇」に傾斜してきた。だが、11月の大統領選で民主党候補のバイデン前副大統領が政権を取れば、グリーン政策に思いっきり舵を切る可能性が高い。既にバイデン候補は、環境インフラが「米国人と米国経済の健全性、活力のために最も重要だ」と、4年間に2兆ドル規模を投資する政策案を発表している。

米大統領選の行方はトランプ勝利となった16年同様、最後まで見通せないが、環境外交に携わる関係者は「米国が政権交代となれば、脱炭素政策を押し進める米欧などの間で、日本が孤立する」と警戒感を強めている。フェードアウト路線は、国際圧力が高まる中、米大統領選も目前に、「激変への備えを築く要素があった」(政府関係者)といえる。

「石炭中毒」脱却、容易ならず

しかし、脱石炭火力の作業部会を立ち上げたとしても、フェードアウトへの道のりは平坦ではない。

政府方針に最も慎重な姿勢を示したのは、鉄鋼などの素材産業だ。資源エネルギー庁が休廃止を迫る「非効率石炭火力発電」114基のうち、80基近くは電力会社以外の「その他事業者」による工場など向けの自家発電設備であり、素材産業に打撃が及ぶ公算となる。

日本鉄鋼連盟はワーキンググループで、国内鉄鋼業は自主的に排出削減や省エネルギー化を進めていると主張。「(自家発電が休廃止の)対象となれば、事業存続に関わる。国際競争力にも影響する」(神田剛治・電力委員会委員長)とけん制した。日本化学工業協会も、石炭火力の休廃止には、「代替燃料などの追加インフラ整備や、安価な電力供給担保が必要となる」(牧野英顕・常務理事)と懸念を示した。

非効率石炭火力のフェードアウト後に、安定的な電力をどのように構成するのかも不透明だ。7年半以上にわたった安倍政権は原発重視の姿勢を取り続けており、石炭火力休廃止による電力供給不足の懸念をテコに、原発再稼働推進の可能性を探ってきた。だが、テロ対策費用を含め、原発の安全対策費は膨らみ続けるばかり。自治体の同意獲得も容易ではない。

電源構成に占める原発の比率は18年度に6%。現行のエネルギー基本計画で設定した「30年度に20~22%」を達成し、フェードアウト分を埋めるのは至難の業だ。

さらに、非効率石炭だけに限ったフェードアウトでは、「石炭中毒」の汚名は拭えないとの見方もある。対米戦略の策定に関わる政府関係者は「バイデン大統領が誕生し、グリーン・エネルギー政策に傾斜すれば、米国は日本に排出削減に向けた金融取引や再生可能エネルギー投資を要請する可能性がある。今の『非効率』休廃止だけでは持たないかもしれない」と警告する。

米大統領選後の国際情勢次第では、再生可能エネルギー拡大に向けた投資や政策支援は「国際的な駆け引きに対応するツール」(対米戦略関係者)として、さらに重要性を増す。経産省は、非効率石炭のフェードアウトと並行し、洋上風力を柱とした再生可能エネルギーへの支援措置を拡充する方向で検討を始めた。

ポスト安倍政権下のエネルギー基本計画の見直しは、再生可能エネルギーの主力電源化に向けた具体策を示せるのかが焦点となる。それには、原発を再稼働できていないという現実を受け入れることも重要だ。次期政権も再稼働推進の姿勢を引き継ぐとみられるが、財界に関わる大手企業役員は、再稼働が進まなければ「一種の政治判断が必要になる」とみる。

年内の米大統領選、そして石炭火力検討ワーキンググループでの議論が、今後の日本のエネルギー政策に影響を及ぼすことは間違いない。

バナー写真 : 東京電力などが出資する常磐共同火力・勿来発電所(福島県いわき市)。最新鋭の石炭ガス化複合発電(IGCC)方式 (時事通信)

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