未完の地方創生―ポスト安倍の菅政権の課題

政治・外交

2012年から20年までの安倍政権をみてみると、国内経済、外交、安全保障政策については多くのことが分析されるが、この間、日本の地方ではいったい何が起こっていたのだろうか。7年8カ月の安倍政権下での地方再生、地方経済、地方政治を振り返ってみる。

改善されなかった東京一極集中

2020年8月28日、安倍晋三首相は辞任を表明するに当たり、政権の主要な「レガシー」として、「アベノミクス」と、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)から平和安全法制にいたるさまざまな外交政策面の成果を挙げた。さらに、自身が悲願としてきた憲法改正、ロシアとの平和条約締結、北朝鮮の拉致問題の解決を果たせなかったことを痛恨の極みであるとして嘆いた。

しかし、日本の最大の課題である人口減少と、この問題への対応策として2014年に打ち出された「地方創生」についてはひと言も触れられなかった。この件について質問を受けると、安倍首相はこう答えた。「東京への集中というのは歯止めがかかってはいないのですが、そのスピードは相当鈍らせることができたのかなとは思っています」 

実のところ、そうなってはいない。首都圏への転入超過数は2019年に14万9000人と、安倍政権の発足時と比べて倍増した。現在はコロナ禍で首都圏への流入が急減しているものの、その傾向が続く可能性は低い。東京と地方の貧富の格差(東京の住民一人当たり所得は全国平均の約1.65倍)は引き続き大きく、大都市部の賃金の優位は依然として残る。

安倍政権の終焉(しゅうえん)とともに、その成果についてさまざまな評価が取り沙汰されている。だが、憲政史上最長となった同政権下での地方の経済、政府、政治についてはほとんど語られることがない。安倍政権が何を成し遂げ、この国がどこへ向かっていくのかを理解する上では、これは重大な手落ちというべきだろう。

日本の農村地域は少子高齢化の面のみならず、政治経済学の面からも重要な意味を持つ。安倍政権は地方全般にわたる均衡のとれた発展を復活させることができたのか。中央は地方の自治体政府や政治家との関係を良好に運営できているのか。以下に安倍政権下での地方経済活性化、地方自治、地方政治について考察してみたい。

道半ばの地方活性化

安倍首相がそれまでの政権との違いを鮮明化させるためにとった最初の方策は、公共投資の再拡大だった。安倍政権は2013年、自然災害から国民生活を守るための「国土強靭化計画」を策定し、国土強靭化基本法を成立させ、予算措置を相次いで講じた。公共事業支出は大幅に回復し、民主党政権末期の2011年の4.5兆円から、2019年には7兆円まで増加した。建設業は今なお多くの地域経済における基幹産業であり、最近、大規模地震や地球温暖化に誘発された洪水が頻発していることを考慮すると、国民はおそらくインフラ投資の拡充を評価していると思われる。しかし、果たしてこうした建設投資が持続可能か否か、さらには都市部から人口を引き離すだけの魅力的な雇用を生み出せるかどうかは不透明である。

農業については、安倍政権は「攻めの農政」を提唱し、農産物輸出の拡大を目指してTPPに参加する一方、農業の法人経営化を促進するため規制緩和を断行した。改革の大半はJAグループや農村地帯を地盤とする政治家の抵抗を克服して実施された。しかし、その成果は明暗相半ばしている。輸出額を含め農家所得は増加し、法人経営体数も拡大したものの、2019年のフルタイムの就農者数は2015年から20%減の140万人となり、日本の食料自給率はカロリーベースで38%まで低下した。

地方の伝統的な主力産業である建設業と農業に加え、安倍首相は「地方創生」の旗印の下、地方自治体に対して、新たに持続可能な雇用を生み出す方策を考案するよう呼びかけた。これには広く喧伝された成功事例もある。例えば徳島県の神山町は、テクノロジー環境の積極的な整備を通じ、サテライトオフィスやベンチャー系企業のハブへと変貌を遂げた。しかし全体としてみると、地方に若者向けの30万の新規雇用を創出する、2020年までに東京への人口流入を終結させる、省庁のオフィスや企業本社の東京からの転出を促進する、といった国家目標はいまだ達成されていない。

サテライトオフィスが集まる徳島県神山町(Kozo/Pixta)
サテライトオフィスが集まる徳島県神山町(Kozo/Pixta)

安倍政権が推進した地方経済活性化策のもう一つの目玉は、菅義偉新首相が安倍政権の官房長官時代に生みの親となった「ふるさと納税」制度である。以前の論考で詳述したように、この制度は、納税者が住民税の一部を自分で選んだ自治体に寄付できるというものだ。自治体側はその返礼として、地場産品や加工食品、工芸品などを寄付した人に贈る。2008年に導入されたこの制度は、2015年に控除上限が倍の20%に引き上げられたことで、利用者が爆発的に増えた。しかし、この制度は、個々の自治体と国全体の税収減少、逆進的性格、自治体同士の税収の奪い合いなど、さまざまな構造的問題を内包している。競争を促した結果、一部の勝者を生み出す一方、多数の敗者の不満をかき立てる結果となった。

この他の地方経済政策についても、特筆すべき経緯がいくつかある。訪日外国人観光客の急増が地方自治体や地域経済に投げた光と影については以前にも論じた。各種の規制緩和特区制度の推進は、加計学園獣医学部の新設をめぐる縁故主義疑惑や、カジノリゾートの誘致に絡む斡旋収賄といったスキャンダルを引き起こした。さらに、地方の製造業や農業の人手不足を補う目的で招き入れた外国人技能実習生が急増したのに伴い、受け入れ態勢の整っていない農村部などに外国人居住者があふれ返る結果となった。これらの方策はいずれも、地方から都市部への人口流出を食い止められず、出生率は引き続き低下し、人口減少が続いている。

一部には、現在のコロナ禍が都市部からの住民離散と、田舎暮らし志向というパラダイムシフトを引き起こすのではないかという楽観的な見方がある。しかし、都市化の終焉を予想するのは時期尚早である。何といっても、東京は数世紀にわたって、地震、火災、空襲、化学兵器の攻撃を生き延び、好不況の波を乗り越えながら、その間、人口と富を一貫して拡大させてきたのだ。都市部への富と雇用の集中を食い止めるには、地方自治体の創意よりも、中央の一元的な介入が必要なのかもしれない。

国と地方の対立

地方の再活性化と密接につながっているのが地方自治の問題である。

2000年以降、歴代政権は国の財政負担の軽減を目指して行財政改革を実施する一方、地方自治体間の競争やイノベーションを奨励してきた。小さな政府を実現するための地方分権化の流れは安倍政権下で反転し、公共事業支出や地方への補助金は民主党政権時代から回復している。しかし、地方の創意や地域間の競争を促すトップダウンの動きが続く一方、地方が自由裁量の拡大と国の財政支援を求めるボトムアップの声は高まっている。

安倍首相は全般として地方自治体と協調関係を保ってきたものの、在任期間に国と地方が激しく対立した例がなかったわけではない。安倍政権下の日本で許容される地方自治の形を明らかにしている例として、次の3つを挙げてみたい。すなわち、沖縄の基地問題、泉佐野市のふるさと納税訴訟、そして新型コロナウイルス感染症対策である。

沖縄では、宜野湾市に設置されているアメリカ海兵隊普天間飛行場を名護市辺野古に移設して新基地を建設する計画が、地元の反対によって1997年から遅れている。自民党は、2012年に政権の座に返り咲いて辺野古への移設方針を堅持したものの、選挙では基地反対を主張する候補に繰り返し破れており、2013年以降、国政選挙では、ほとんど議席を取れず、知事選でも苦杯をなめている。しかし、基地建設の中止を求める沖縄県の提訴は法廷で拒否され続けている。2018年の県民投票では、沖縄県民の71%が新基地建設に反対を表明した。こうした明らかな地元の民意を無視するように、安倍政権は基地建設を続行している。辺野古湾の埋め立て工事は継続され、2030年までに完成が見込まれている。

現在も埋め立て工事が続いている辺野古湾(時事)
現在も埋め立て工事が続いている辺野古湾(時事)

安倍政権の動きは沖縄の世論を分断し、世論調査によると本土と主流派与党に対する不信感は近年にないほど高まっている。沖縄県民のアイデンティティ・ポリティクスも再燃した。さらには、日米同盟の負担を全国で共有できていないという事実がある。民主党の鳩山由紀夫政権は普天間飛行場の県外移設案をいくつか提示したものの、その後、沖縄の過大な基地負担を引き受けようと積極的に唱えた地方自治体はない。こうした地方自治体間での連帯感の欠如は国の重要な政策を地元の選挙で負けようが実行するという決意と重なって沖縄の自決権を制約しているのである。

国と地方の対立のもう一つの例は、国が必ずしも勝利を収めるわけではないという事実を突きつけた。2019年6月、総務省は、大阪府南部の泉佐野市をふるさと納税制度から排除した。同市が、本来の趣旨に反する豪華な返礼品を納税者に贈って制度を乱用したというのがその理由である。泉佐野市はこれに抵抗して大阪高裁に提訴したが、請求を棄却されると、最高裁に上告した。2020年6月、最高裁は意外にも、5人の裁判官全員一致の意見として大阪高裁の判決を破棄し、市側の逆転勝訴が確定した。

今回の応酬では、法律論議が盛んに交わされた。総務省は明らかに、遡及的に法律を適用するだけの根拠を欠いていた。国はその後、制度の将来的な「乱用」を避けるための措置として、返礼品の金額とタイプに制限を設けた。泉佐野市はまた、法廷闘争の間に特別交付税を90%余り減額されたのは不当だとして、国を相手取って減額の取り消しを求める訴訟を大阪地裁に起こした。この懲罰的措置は、国が非協力的な自治体政府に圧力をかけるうえで、補助金がどのように利用され得るかを示す事例といえよう。

コロナ対策で目立った地方の指導力

最後に、新型コロナウイルス感染症への対応をめぐる国と知事たちのここ数か月のやりとりは、地方自治のもう一つの側面を明らかにしている。すなわち、困難な決定や責任を転嫁するために自治体が利用されかねないことだ。

トップダウンのスタイルで知られる安倍政権にしては、今回のパンデミックへの対応は極めて消極的で弱腰だった。ロックダウン(都市封鎖)も、罰則を伴う移動制限もなく、海外で見られたように、工場を動員してマスクや医療物資の生産を命ずることもなかった。この抑制的な対応は、憲法上の制約があるために、政府が私権を制限するような法律を成立させられなかったせいだとする見方もある。

しかし、この煮え切らない態度が、責任を回避するための一つの方策だったのではないかという解釈も成り立つ。安倍政権がちゅうちょする間に、都道府県知事が指導力を発揮した。北海道知事は全国に先駆けて道独自の緊急事態宣言を発令し、道民に不要不急の外出を控えるよう呼び掛けた。東京都は自主休業した事業者に対し協力金を支給することを真っ先に決めた。大阪府は、休業要請の段階的解除に向けて明確な数値目標を掲げた。和歌山県と山形県は、国に先んじてPCR検査態勢を積極的に整えた。

安倍政権は消極的な対応に終始した一方、ひそかに干渉主義的な動きも見せた。東京都との対立は象徴的だ。小池百合子都知事は、感染第一波の際に、休業要請の対象をめぐって国から待ったをかけられ、「知事の権限は代表取締役社長かなと思っていたら、天の声がいろいろ聞こえてきて、中間管理職になったような感じだった」と不満を漏らした。観測筋は、国としては、東京都が前例となって他の府県も追随し、協力した事業者に補償金を支払わざるを得なくなることを心配したのではないかと指摘する。

皮肉なことに、コロナ禍への弱腰の対応によって安倍政権の支持率は急落し、それが退陣の間接的な要因となった。責任を自治体に押しつけようとする戦略は裏目に出た。国民は危機に直面して、礼儀正しい協力要請ではなく、強力なリーダーシップを求めていたようだ。

競争のない地方政治

安倍政権下ではこのように、地方自治に関して3つのアプローチがみられた。国の重要政策を実行するため否定する、国にとって不都合な行動を取る自治体がいる場合は法改定などで行動範囲を狭める、そして国が対応すべき課題の責任を回避するために利用する、の3つである。安倍首相はさらに、さまざまな地方再活性化策を推進したが、鳴り物入りで打ち出されたそれらの対策はおしなべて、中途半端な成果しか生み出さなかった。しかし、そうした戦略のいずれも、選挙にはマイナスの影響をもたらしていない。

2012年以降、安倍自民党は国政選で6連勝を果たす一方、地方選挙でも支配的な地位を回復した。絶対得票率はこの間を通じて低下したものの、野党の分裂、公明党との協力、投票率の低さに助けられ、自民党は勝ち続けた。一方、野党はうんざりするような離合集散の繰り返しに終始した。

2009年に自民党が下野した際には、民主党は都市部のみならず、地方でも幅広く議席を獲得し、自民党の長年にわたる牙城を突き崩した。日本はついに二大政党制に突入し、両政党がすべての地域で等しく競争力を発揮する時代が訪れたとみる識者もいた。しかし、こうした見方は、12年に民主党が崩壊し、野党が再編に失敗して全国で候補を擁立できなかった結果、あっという間についえてしまった。

一方、自民党は多くの地域で支配権を再び確立した。民主党の後継政党は都道府県レベルではさらに弱体化した。自民党が掌握しているような地方政治家の強固なネットワークを欠く野党にとっては、国政選挙で有力な候補を擁立することも、有権者を動員することも、困難な状態が続いていくだろう。

安倍政権下の自民党が直面した本格的な対抗勢力としては、大都市の首長と地域政党の存在が挙げられる。大阪府の橋下徹元知事と東京都の小池百合子知事だ。どちらも国政選挙では成果を挙げられなかったが、当初はかなりの勢いを結集し、地域を超えた国民の支持を集めた。選挙戦におけるこのような都市勢力の反乱は、日本の地方政治では常にみられた特徴である。問題は、1955年の結党以来ほぼ一貫して政権の座を占めてきた与党に対して、農村地帯の有権者が反旗をひるがえすことはできるのか、できるとしたら、それはいつ、いかにして実行されるのか、という点だ。

新型コロナウイルス対策について会見する小池百合子東京都知事(左)と2015年11月の大阪ダブル選の街頭演説で支持を訴える当時の橋下徹大阪市長(時事)
新型コロナウイルス対策について会見する小池百合子東京都知事(左)と2015年11月の大阪ダブル選の街頭演説で支持を訴える当時の橋下徹大阪市長(時事)

野党は何らかの形で、地方の有権者を、既定路線としての自民党への投票から脱却するよう説得しなければならない。都市部の支持だけで、国政選挙、とりわけ参議院選挙に勝利するのは不可能であり、地方議会においてそれなりの勢力を得ない限り、選挙や統治面での安定を確保するのは引き続き難しい。しかし、これまでのところ、内紛に疲弊して資金力も欠く野党は、自民党が地盤とする地域でネットワークを築くことに成功していない。

一方、自民党の地方組織が盤石というわけではない。さまざまな不満が表面化している。東京で生まれて教育を受け、地方で親の地盤を引き継いでも、地元で時間を過ごすことのほとんどない世襲政治家、地縁のない落下傘候補の地元での不人気、知事候補の選択をめぐる本部とのあつれき。こうした数々の不満を抱えながらも、地方の有権者にとっては他に有力な選択肢がないために、自民党が不戦勝に近い勝利を続ける状況となっている。

日本も含め、特に小選挙区制を導入している国ではこのような「置き去りにされた」地域は人口は高齢化し、減少して、経済が衰退しているものの国会の議席の不相応に大きな部分を占める。これらの「置き去りにされた」地域は、政治的な激震を引き起こしてきた。主要都市に対する地方や郊外地からの反感は、ドナルド・トランプの勝利の主要な原動力となり、ブレグジットを後押しし、欧州において極右の台頭と反グローバル化の抗議運動を引き起こした。政治的に最も軽視されている地域は、反撃する力を持ち、しばしばそれを実行に移すことがあるのだ。

(原文英語。バナー写真:新潟県南魚沼 ©まちゃー/Pixta)

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