異業種も参入:コロナ禍が生んだオンライン旅行

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「Go To トラベル」効果もあって少しずつ旅行需要も戻りつつあるが、コロナ対策で様々な制約があるため、誰もが自由に観光を楽しめる状況にはほど遠い。そうした中、密かな人気を集めているのがオンライン旅行。観光客の人気スポットを高精細な画像にデータ化したり、オンライン交流を組み入れたり、あの手この手で新たな旅行需要を開拓する動きが加速している。

凸版印刷提供のVR拝観

コロナ禍の最中、意外な企業がコロナ禍で苦しむ旅行業に参入した。
凸版印刷だ。

と言っても、移動や人との接触を伴うリアルな旅行ではない。同社は2020年9月から、グループ会社で旅行代理業のトッパントラベルサービス(東京・港区)と協力して、VR(ヴァーチャル・リアリティー、仮想現実)技術とウェブ会議システムを利用したオンライン旅行の提供を始めた。

第1弾として用意したのは、「奈良・唐招提寺(とうしょうだいじ)のVR拝観」など2種類だ。

参加者は凸版印刷のスタジオから届けられる高精細で、奥行のある唐招提寺境内などのVR映像を自宅のパソコン画面で楽しみながら、唐招提寺の僧侶から日本に仏教の戒律を伝えた唐の高僧、鑑真(がんじん)の生涯などについて、オンラインで説明を受ける。価格は参加者が30人程度の場合、30万円からで、参加人数や内容で変動する。

同社は本業の印刷で培った画像処理技術を活かし、VR技術などを用いた文化財の高精細なデジタルデータの保存に20年以上にわたって取り組んできた。

「Profound Tourism オンライン」ツアープログラム 「奈良・唐招提寺のVR拝観」の様子 凸版印刷提供
「Profound Tourism オンライン」ツアープログラム 「奈良・唐招提寺のVR拝観」の様子 凸版印刷提供

VRスタジオからのリアルタイム配信の様子
VRスタジオからのリアルタイム配信の様子 凸版印刷提供

今後も京都での屏風絵の鑑賞や、東京での座禅などを目玉にした新規のオンライン旅行を主に企業や学校に提供し、24年3月までに累計10億円の売り上げを目指すという。

オンライン旅行への異業種企業の参入──この動きはコロナ禍が生んだオンライン旅行のコロナ後をも見据えた可能性を示唆している。リアルな旅の単なる代替手段ではない、“新たな旅”としての可能性だ。

大手旅行代理店や航空会社も続々参入

周知のように、リアルな旅の需要はコロナ禍で激減してしまった。観光庁によれば、国内主要旅行会社(48社・グループ)の取扱額は、2020年6月が前年同月比9割超の減少、7月が同8割減だった。政府は7月下旬以降、旅行業界や地域経済を支えようと、旅行代金を補てんする「Go Toトラベル」を実施しているが、東京発着の旅行が9月末(予約は9月中旬)まで除外されていたこともあって、効果は今のところ限定的だ。「日経MJ」の「コロナ禍消費者1000人調査」では、8月に旅行した人は調査対象者の9.8%にとどまる。

加えて日本国内での昨年の旅行消費額約26兆円のうち2割を占めたインバウンド(海外からの旅行者)がいつ戻ってくるのかも、まだ見えない。

そんな逆境がオンライン旅行を生んだ。春以降、地域のバス旅行会社などが手掛け始め、今では大手も含めた多くの旅行会社がオンライン旅行に活路を求めている。

大手旅行会社JTBは9月以降、キラウエア火山公園やマウナケア山頂からの景色を楽しむハワイ島へのオンライン旅行など、世界の絶景を訪ねる旅行商品を発売している。 

また10月1日から、コロナ禍で修学旅行の中止が相次ぐ小・中・高校を対象に、「バーチャル修学旅行360(さんろくまる)」の提供を始めた。契約した学校に簡易型のVR用ゴーグルを送付し、これをスマホに装着すると、京都や奈良の寺社・仏閣など修学旅行で訪れる名所・旧跡の360度の映像が流れ、生徒たちに旅行の仮想体験を提供する。さらに舞妓や旅館の女将といった修学旅行で出会うはずだった人たちとのオンラインでの交流や、学校でできる清水(きよみず)焼や友禅染などの伝統工芸体験も用意する。

「バーチャル修学旅行360」VR映像体験(イメージ) JTB提供
「バーチャル修学旅行360」VR映像体験(イメージ) JTB提供

阪急交通社もオンライン旅行のプロジェクトチームを編成して検討を重ね、天童市(山形県)の酒造会社を訪ねる国内旅行や、映画『ローマの休日』のロケ地を訪ねる海外旅行などのオンライン旅行を打ち出した。

旅行会社だけではない。日本航空(JAL)は7月中旬、第1回のオンラインツアーを開催した。羽田空港(東京国際空港)から島根県の隠岐空港(隠岐世界ジオパーク空港)に飛ぶ架空の路線を開設し、コックピット内から見る離陸映像を楽しんだり、事前に宅配で届けた名産品を味わったりしてもらう内容だ。

高齢化社会が創出する新たな旅行需要

これらのオンライン旅行の売上高は、コロナ禍で失ったリアルな旅行の売上高に比べれば、まだ小さい。各社とも緒に就いたばかりだし、そもそも移動も宿泊も伴わないオンライン旅行の代金は1人数千円が中心で、リアルな旅行よりも客単価が低いからだ。

しかし、その一方で、オンライン旅行はその広がりとともに、想定していた以上の可能性を示し始めている。

オンライン旅行の担当者によれば、参加者はリアルな旅行に比べて年齢層が幅広く、乳児や90代の高齢者も珍しくはないと言う。居住地域にも幅があり、国内と海外とで別々に暮らしている家族が一緒に参加することもある。

これらはオンライン旅行ならではの魅力や利点がもたらしたものだ。オンライン旅行は誰でも参加できる。持病や体力の衰えなどで旅行が厳しくなってしまった高齢者や長時間の移動が苦手な人たちも、国内外の秘境・絶景を堪能できる。さらに安価で、時間を取らず、面倒な旅の仕度も要らないので、旅行に行きたいが、時間がない(あるいはお金がない)という人たちも手軽に利用できる。

オンライン旅行の担当者たちは当初、自社のツアーに参加した経験があるリピーターの利用を想定していたと言う。しかし客層はそれよりもずっと幅が広かった。オンライン旅行は図らずも新規の旅行需要を掘り起こしたのだ。

そして、重要なのは、これらの魅力はコロナ終息後も決して色あせないことだ。

それどころか、高齢化がさらに進むにつれて、誰でも参加できるオンライン旅行への需要はいっそう拡大するに違いない。コロナ禍の制約が失せ、グローバル化が再び進展して海外で働く機会が増えれば、国内外に散らばった家族や友人、同僚同士が一緒にオンライン旅行に参加する需要も増えるだろう。

テレビの登場がそれまでは試合会場で楽しむだけだったスポーツの観戦方法を変え、試合会場でのリアルな観戦とテレビのナイター中継や大相撲中継とを、それぞれ別個のスポーツ観戦の形として定着させた。同じようにオンライン旅行も、リアルな旅とは別の、かつリアルな旅と両立し得る、新たな旅の楽しみとして定着するのではないか。

コロナ終息後、旅行業界はリアルとオンラインの双方で顧客獲得を競い合うことになる。凸版印刷に続く異業種からの参入もあり得るだろう。そしてリアルな旅行はオンライン旅行では提供できない価値をいっそう強く求められるようになる。

バナー写真:PIXTA

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