東アジアに迫りくる人口危機

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欧米諸国と比べて、東アジアは新型コロナウイルスの感染者・死者数が目立って少ない。しかし、「コロナ後は東アジアの時代になる」と、早合点してはいけない。東アジアの国々で人口減少が始まり、成長の連鎖と逆の負の連鎖が起きているように見えるー筆者はこう指摘する。

コロナ後の経済覇権は東アジアに?

世界の死者が100万人を超えた新型コロナウィルスによるパンデミック(世界的流行)で、死者・感染者が目立って少ないのが東アジアだ。傷が浅いと立ち直りも早いはずで、深手を負った欧米先進国から中国を中心とする東アジアに経済覇権が移るのでは、との見方もある。だが、東アジアの思わぬ弱みも露わになってきた。人口減少だ。

中国は新型コロナの発生源にもかかわらず、一党独裁制ならではの過酷な封じ込め策が奏功して、死者数で欧州の優等生とされるドイツの半分以下だ。台湾や韓国は、デジタル技術を生かした素早い防疫対応が海外メディアに注目され、行政の対応が不評の日本にしても、G7(先進7カ国)メンバーでは桁違いに死者が少ない。

だからといって、「コロナ後は東アジアの時代になる」と、早合点してはいけない。人口動態では、東アジアの国々でアラームが鳴り響いている。

韓国、台湾で人口減が始まった

まず、日本。2019年に生まれた赤ちゃんの数は、過去120年間で最も少なかった。人口動態統計によれば、19年の出生数は、前年より5万人強少ない86万人台。1899年に統計を取り始めて以来、初の90万人割れだった。

2019年の人口の動きを、ごく大雑把に言えば、日本に住む日本人は50万人ほど減った。死亡数が出生数を大きく上回ったからだ。外国人が20万人ほど増えたので、総人口は30万人弱の減少に収まった。

コロナ禍は、出生数を下押しすると見られる一方、入国規制で外国人の増加はあまり期待できない。人口減少に輪がかかりそうだ。

お隣の韓国は、1人の女性が生涯に産む子供の数「合計特殊出生率=TFR」が、19年は0.92と経済協力開発機構(OECD)諸国で最低になった。人口が増えも減りもしない置換水準(2.1)の半分に満たず、日本(1.36)と比べてもかなり低く、超少子化が止まらない。

19年11月以降、死亡数が出生数を上回る人口の自然減が続いており、今年上半期の出生数は前年同期比10%近い減少で、4-6月期のTFRは0.84に落ちた。韓国が20年から人口減少国になることは確実だ。韓国統計庁の予測では、65歳以上の高齢者の比率が65年には46%に達し、高齢化度で日本を抜くという。

台湾もTFRが1.0近辺で低迷する超少子化社会。19年は2000人ほど人口が増えたが、今年上半期は出生数が前年同期比6000人ほど減り、死者数に逆転された。国家発展委員会が8月に公表した推計では、人口は20年1月の2360万人をピークに減少に転じたとする。従来の推計より2年前倒しで人口減が始まったようだ。

少子化の波はタイにまで

「世界の成長センター」と目される東アジアの来し方を振り返れば、1950年代半ばから70年ごろにかけ日本が高度成長の先鞭をつけ、70年代以降「アジア新興工業経済(NIES)」「4小龍」と呼ばれた韓国、台湾、香港、シンガポールが台頭し、東南アジアの国々や、「巨龍」中国に高成長のバトンをつないだ。

人口動向には、成長の連鎖と逆の負の連鎖が起きているように見える。少子高齢化で先行した日本は、95年に生産年齢人口(15~64歳)がピークをつけ、総人口も2008年をピークに減り始め、経済の低迷が続く。20年から韓国、台湾が人口減少の列に加わる。4小龍はいずれもTFRで 日本を下回る超少子化が常態化している。

東南アジア諸国連合(ASEAN)では、シンガポールに次いでタイのTFRが1.5と置換水準を大きく下回る。タイ国家経済社会開発委員会の予測では、同国の人口も、28年をピークに減少に向かうという。

富む前に老いるか中国

だが、何と言っても世界の関心は、総人口が19年に14億人を超えたとされる中国だろう。

中国は、1979年から続けてきた「1人っ子政策」を2016年に撤廃、全ての夫婦に2人目を認める「2人っ子政策」に転じた。だが、出生数は16年に微増した後は、減り続け、昨年は「大躍進」政策の失敗で飢餓に苦しんだ1961年以来、58年ぶりに1500万人の大台を割った。

政府系シンクタンクの社会科学院は、TFR1.6を前提に2020年代末から人口が減り始めると予測するが、専門家から異論が出ている。米ウィスコンシン大学の易富賢(イー・フーシェン)研究員や、蘇剣(スー・ジエン)北京大学教授は、人口統計が「水増し」されているとし て、すでに18年から人口減少が始まった、とみる。

中国は13年に生産年齢人口がピークを打ち「人口ボーナス」期から「人口オーナス(重荷)」期に向かっている。大躍進後の1962年以降に生まれた中国版「団塊の世代」の大量退職が目前に迫る(中国では男性60歳、女性50歳か55歳の定年が一般的)。社会科学院は公的年金の積立金が2035年に底をつくと予測するが、人口が流出している黒龍江省などでは、すでに積立金が枯渇している(中国の年金事業は省ごとに運営)。

中国は昨年、1人当たり国内総生産(GDP)が1万ドルを超えたが、 李克強首相は20年5月末の全国人民代表大会後の記者会見で、中国には月収1000元(1.5万円強)前後の人が6億人いる、と明かした。豊かになる前に老いる「未富先老」が、現実味を増しつつある。

膨らむ「東アジアバブル」

日本は、生産年齢人口のピークアウトを目前にした1990年代初めに不動産バブルが崩壊した。東アジアの不動産、とりわけ北京、上海、深圳、ソウル、台北などの大都市のマンション価格が、日本のバブル期も顔負けするほど高騰、高止まりしているのは気掛かりだ。

韓国は文在寅政権になって不動産価格が高騰、首都ソウルのマンションなどは3年間で5割も上昇した。マンションの平均売買価格が10億ウォン(9000万円)に達し、人気の江南地区では20億ウォン(1.8億円)を超えたとも伝わる。政府が繰り出す価格抑制策が次々に空振りし、文政権の支持率を下げている。

一方で、住宅ローンを含む家計の負債が増え、国際金融協会(IIF)の調べでは、家計負債のGDP比が、主要39カ国・地域で最高になった。次世代人口が半減する超少子化の下で、高騰する住宅価格、膨張する家計負債が、どこまで持続可能なのか。

中国でも深圳、上海、北京など大都市のマンション価格が、平均年収の数十倍に高騰している。一方で、中国の都市部には5000万戸を超える空き家がある、との調査もある。不動産大手の中国恒大集団は、債務が膨らみ経営不安説がくすぶる。ほかにも負債比率が高い不動産大手が複数あり、不動産市場への影響が不気味である。

仮に中国や韓国で、日本が経験したような「バブル崩壊」が起きれば、東アジア経済の長期低迷の引き金になるかもしれない。

米中対立ばかりでない内包リスク

シンガポールのリー・シェンロン首相はフォーリン・アフェアーズ誌に「危ういアジアの世紀(The Endangered Asian Century)」と題して投稿し、米中対立が激化すれば、アジアの繁栄が脅かされかねないと警鐘を鳴らした。

「アジアの世紀」を危うくするのは米中対立だけではない。内なる人口危機にも、目を凝らさねばならない。

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