「地銀再編」は何のためか?「数合わせ」ではなく地域経済への還元を

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「数が多すぎる」との菅義偉首相の発言を受けて、地方銀行再編論が渦巻いている。ただ、再編はあくまでも手段であり、目的ではない。菅首相はまだ、その目的を自らの言葉で語ってはいない。

地域企業の課題は山積

菅首相の言葉を待つまでもない。地銀再編が必要だとしたら、その答えは容易に想像がつく。よく引き合いに出されるのは「金融システムの安定」だ。しかし、その先にあるべき本来の目的は、地域の中小企業の持続可能な経営を実現することを通じ、地域の活性化を図ることだろう。だからこそ、経営が厳しくなった地銀を吸収する救済型の統合を除けば、地域経済への還元がない「地銀再編」は無用の長物に他ならない。

新型コロナウイルスの影響で売り上げが消滅した事業者は少なくない。中小企業の経営者の平均年齢は70歳近くと、かつてないほど高齢化している。コロナ禍を抜きにしても、人口減少、少子高齢化、さらにはDX(デジタル・トランスフォーメーション)化に対して、地域の中小企業は立ち向かわなければならない。厳しい経営課題が山積している。

金融は企業のリスクを分担せよ

「コロナ後の産業構造の変化に立ち向かう企業のリスクを金融が分担しなければならない」-。金融庁の氷見野良三長官は、金融庁発足以来、20年間の金融行政を振り返り、金融機関が必ずしも企業のリスクを分担してこなかったことに対して、このような問題意識を抱いている。

確かに1990年代に始まった金融危機を乗り越えるためには、不良債権処理を断行し、金融システムの安定を最優先しなければならなかった時期もある。しかし、そうした危機は企業にとっても同様に試練であった。銀行の貸し渋り、貸しはがしを目の当たりにした企業は、資本市場の批判にさらされながらも、内部留保を蓄積し、自己資本を厚くする自己防衛で、危機を乗り越えるしかなかった。

他方、不良債権を許さない厳格な金融庁検査は、問題が終局を迎えた2000年初頭を過ぎても変わらず、その結果、銀行は担保と保証に過度に依存し、企業の事業性を見極められず、リスクも負えない存在となった。

そして、コロナ禍だ。人の接触、集合、移動を制限するという社会経済の新常態(ニューノーマル)に突入し、またもや企業は変化への適応を迫られている。もはや「金融システムの安定」を守っているだけでは、世の中に必要とされている金融機能を十分に発揮したとは言えない。

そして地銀、信用金庫、信用組合の地域金融機関には避けて通れない使命がある。メガバンクではなく、地域金融機関がやらねばならない仕事がある。

一例だが、それは取引先の事業承継だ。メガバンクが主たる取引先とする大企業では、どのような不祥事があっても、経営トップに立つ後継者は必ずいる。しかし、中小企業は違う。どのような優れた技術を持ち、熟練の職人集団を抱え、しかも黒字決算であっても後継者不在であれば、会社は存続できない。

場合によっては、地域外の企業に買収されれば、工場や技術、技術者、雇用は「効率化」「選択と集中」の名の下に地域外に流出しかねない。中小企業の事業承継は、地域の存亡に直結する。だからこそ、地域金融機関にとって企業支援は営業基盤を守る意味において不可避の業務なのだ。

この目的を果たすために、経営体力、人材、そして何よりも経営能力が欠乏している場合に限り、手段としての地銀再編が選択肢となる、と問題を整理した方がいい。

消失した規模拡大のメリット

再編に過大な期待を抱くのは、そもそも危険だ。これまで進んできた地銀再編はいずれも成功とは言いがたい。そもそも、どうして地銀再編が唱えられるのか。それは、銀行の預貸ビジネスモデルが規模拡大と親和性があったからだ。あえて過去形で書くのには、理由がある。

預金を集め、それを運用する銀行の主力ビジネスモデルは預貸業務だ。この収益の源泉は、貸出金利や国債など有価証券運用利回りの方が預金金利よりも高いということにある。これを利ざやと呼ぶ。あとは不良債権化を防いで管理することが銀行の主力業務だ。

つまり、銀行の収益は利ざやで左右される。ならば、あとは規模の問題だ。再編で規模さえ大きくして、相応の合理化を進めれば収益力は向上する。このように銀行のビジネスモデルは考えられてきた。

しかし、再編を繰り返したはずのみずほフィナンシャルグループでさえも苦境に陥っている。最大で週休4日、4割給与カットを導入する。「働き方改革」としているが、金融庁幹部でさえ「これでは人件費カットが本当の狙いと思われても仕方がない」と指摘する。

メガバンクでさえも預貸業務が成り立たないのは、日本を含め、世界中の主要国の政策金利が大規模金融緩和で低下し、利ざやが潰れてしまったためだ。地銀同士が統合したところで、行員を半分以上リストラするぐらいの荒療治がなければ、この苦境は打開できない。

薄れた再編機運

ここに来て、大手地銀グループの懸案は、統合した第二地方銀行の経営がうまく行っていないことだ。実は、切り離しの可能性も含めて検討しているところもある。それだけ地銀再編はうまくいっていないことを認識しておく必要がある。時代は変わったのだ。

金融庁が進めてきた地銀再編も迷走している。2010年代に入って金融庁は広域再編を進めてきた。しかし、県境の争いを停戦させるだけの成果しか出せず、銀行同士を一つにする合併も進まず、失敗に終わった。2010年代後半に入ると、新潟県の第四銀行と北越銀行、長崎県の十八銀行と親和銀行という同一地域内の統合に方針が転換された。それでも統合効果が地域への貢献という形で発揮されるかどうかはまったくの未知数だ。

さらにSBIホールディングスが「第四のメガバンク構想」を掲げ、第二地銀に次々と出資を決め、地銀業界に動揺が広がっている。SBIは、PBR(株価純資産倍率)が1倍割れで割安とされる第二地銀の株式を取得しているとみられる。投資案件として失敗はない。その上で、出資先の地銀にSBIグループ、SBIの出資先のITベンチャー企業の商品・サービスを販売させている。地銀に対する収益機会の提供だ。

一方、地域トップ地銀は、コロナ過で将来の不良債権の増加を警戒しており、不用意に第二地銀を買収するような姿勢は示していない。「地銀が地域において持続可能なビジネスモデルを考えるきっかけになればいい」と、金融庁幹部もSBIの動きに静観の構えだ。SBIをきっかけに地銀大再編に発展するような気配もない。

むしろ、山口フィナンシャルグループをはじめ、いくつかの地銀グループは非金融領域の強化を進めている。もはや規制の厳しい銀行機能だけでは企業、行政の課題を解決できないからだ。金融庁も遅まきながら銀行の業務範囲規制を見直す。企業支援のためである。

今は地銀再編よりも、コロナ禍を乗り越えるため、企業支援にエネルギーを振り向ける時期ではないだろうか。何より、リスクを避け続けてきた今の地銀には、真の企業支援がどのようなものかを、すっかり忘れている可能性があるのだから。

地域の未来をかけた企業支援の戦い

2008年のリーマンショック後に成立した中小企業金融円滑化法によって、多くの中小企業に返済猶予が行われた。今回、国は100%保証付きで据え置き期間最長5年という巨額のコロナ対策融資を実行した。ある地銀関係者はこう語る。

「リーマンショックとは比較にならないインパクトをコロナ問題はもたらしています。かつての返済猶予では企業の債務は増えませんでした。返済時期が延びただけです。しかし、コロナ融資では巨額の負債を中小企業は背負い、事実上の債務超過のところが続出しているはずです」

据え置き期間終了後は、既存の債務返済にコロナ融資分が上乗せされる。返済負担は今まで以上に重くなる。もはや、生命維持に必要な「緊急輸血」としての資金繰り支援だけでは企業は立ち直れない。企業経営に踏み込んだ次元の違う支援が求められている。

例えば、製造業であれば、仕入れ先や発注のタイミングを見直し、作業の効率化などで生産工程における在庫保有日数を減らせば、経費を抑えて「止血」できる。その間に物流や倉庫、事務所の統合や移転でコストを抑えていく「外科手術」が必要だ。コロナで密集が制限され、非接触が奨励される社会変化が起きているのだから、求める市場を技術の転用によって柔軟に変え、収益改善を図ることも求められる。商品ごとの利益率を算出し、粗利に貢献できるアイテムに集約していく支援も必要だ。

これを機に、事業承継をする企業もある。経営者一族の家族関係が不和ならば、その解決も重要。人事・労務管理も重要な経営の問題だ。家賃や仕入れ見直しの交渉もあるだろう。金融機関側も債務の返済順位を遅らせたり、サービサーへの債権売却、融資を出資に切り替える債務の株式化などで、企業の債務負担を軽減したりするなどの支援策が検討課題となる。

それでも厳しい企業もある。水道工事事業者など地域において唯一無二の存在であれば、相乗効果が期待される地元企業と経営統合をするM&A(企業の合併と買収)も求められる。そうした際は、関係金融機関、株主、利害関係者の調整も欠かせない。こうした地域の未来をかけた総動員の戦い、総合支援こそが急務なのだ。

銀行再編から機能再編へ

コロナ問題だけではない。フィンテックの台頭が本質的に意味することを認識する必要がある。送金、決済、家計簿、資産運用などのサービスをデジタルで提供するフィンテックの真の意味は、銀行が抱え込んでいたいくつもの機能を切り離そうとしているということだ。これを金融機能のアンバンドリングと呼ぶ。

思えばセブン銀行などは、銀行から現金自動預払機(ATM)機能を切り離そうという動きであった。機能のアンバンドリングは、利用者の支持によって広がっている。こうした動きが進んでいる中、旧来の枠組みである銀行同士の再編議論は時代に逆行し、利用者に使い勝手の悪い方向である可能性すらある。

金融庁の中にも、中長期的に「機能統合」を検討すべきだという考え方もある。現金輸送車、ATM、送金、決済、預金、システムなどの機能は競争分野ではない。利用者にとっては、むしろ全国統一をして、安心安全で低価格なインフラとなることが望む方向ではないだろうか。残る競争分野は、付加価値をもたらす企業支援や、人生設計に寄り添って共に考えてくれる資産運用などだ。

それは、もはや「銀行」と呼ぶべき存在ではないかもしれない。100年前、人々は自動車のことを「馬なしの馬車」と呼んだ。モータリゼーション革命が、人の移動距離と新たなビジネスモデル、物流、救急医療でさえも劇的に変えることを理解していなかった。同時代を生きる者には、目の前にしていることが時代を変えている本当の意味をなかなか理解できないのだ。

目先の銀行再編に右往左往するのではなく、利用者にとって本当に必要な問題に立ち返り、顧客起点で何を再編し、何を残すべきなのかを考えてみてはどうだろうか。

バナー写真:公正取引委員会の承認を得て経営統合する、ふくおかフィナンシャルグループの柴戸隆成社長(中央)、十八銀行の森拓二郎頭取(右)、親和銀行の吉沢俊介頭取(時事通信)

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