脅しか、本気か?: 英豪主導で密かに進む2022年北京冬季五輪ボイコット計画

国際・海外

世界中でコロナの感染拡大が止まらない中、2021年の東京五輪・パラリンピック開催は不透明な状況が続いているが、22年の北京冬季五輪・パラリンピック開催にも暗雲が立ち込めてきた。中国の人権弾圧に抗議する形で英国、豪州の主導によるボイコットの動きが密かに進行しているのだ。この両国の動きは中国に対する脅しなのか、本気なのか、ボイコットを主導する英国の本音を探る。

国際社会の批判が高まる中国の人権問題

中国・武漢発の新型コロナウイルスの感染が再拡大し、世界各地で猛威を振るう中、英国と豪州を中心に、2022年北京冬季五輪をボイコットする動きが水面下で進んでいる。新彊ウイグル自治区での中国共産党による民族浄化ともいえる激しい人権侵害を見過ごすことができないためだ。

コロナウイルス感染症の隠蔽(いんぺい)をはじめ、香港デモへの弾圧や内モンゴル自治区での中国語教育の強化による同化政策、チベットでの人権問題など中国の行動は、国際社会から強い不信を招き、北京冬季五輪に自国選手を送り込んでよいのかとの懸念が英国と豪州をはじめ西側諸国に広がり始めた。日本は東京五輪を成功させるため、あまり波風を立てたくない事情もあり、今は中国の人権問題に絡んだボイコットには同調しにくい。

 「一般論としては、スポーツと外交・政治は分離しなければならないと考えるが、それが不可能な場合もあり得る」

ドミニク・ラーブ英国外相が、中国による新疆ウイグル人への迫害の証拠が増えた場合、北京冬季五輪不参加の可能性を示唆したのは、2020年10月6日の英議会外交委員会でのことだった。

中国共産党による人権侵害が激化したとはいえ、平和とスポーツの祭典に政治が介入してよいのか。独善的に現状を変更する中国に対する脅し(ブラフ)ではないのか。こんな疑問が湧いたので、英国駐在時に懇意になった英外務省関係者に電話で聞いた。

「ウイグル自治区における中国の弾圧は許容範囲を超えており、人権の観点から、英国は同盟国と連携してボイコットすることは十分あり得る」

ラーブ外相の発言は脅しではなく、本気で不参加を検討しているという。ただし、英国だけでは「超大国」中国には対処できない。「証拠を集め、国際社会におけるパートナーと連携し、どのような措置を講じるべきかを検討する」(ラーブ外相)ことになった。

次期首相有力候補のラーブ外相は、中国の隠蔽が原因でコロナが感染拡大した4月、「中国との関係はコロナが終息しても、平常通りには戻れない」「中国は厳しい質問に答えなければならない」と対決姿勢に転ずる対中政策の見直しをいち早く表明した。対中強硬派の旗頭だけに、発言にも重みがある。

香港への国家安全法制の導入を決めた中国に対して強い姿勢で臨もうという動きは、さらに加速している。6月に日米欧の16カ国の議員らが結成した世界的な議員連盟、「対中政策に関する列国議会連盟」の初代議長で保守党の元党首、イアン・ダンカン・スミス議員も8月、英国政府が国際オリンピック委員会(IOC)に中国から2022年五輪開催権を「はく奪」するか、「公式代表者の参加禁止」を要請すべきだと提案している。

160以上の人権団体がIOCに開催再考訴え

また、世界60カ国以上の300以上の人権団体が、中国の人権侵害問題に対して緊急の対応をとるよう国連に呼び掛け、このうち160以上の人権団体が9月、IOCに人権侵害を理由に北京冬季五輪開催再考を求める書簡を提出した。「中国全土で起きている人権危機の深刻化が見過ごされれば、五輪精神と試合の評価は一段と損なわれる」としている。

ラーブ外相の発言を受けて同じ10月6日、米ニューヨークの国連で開かれた人権会議で、ドイツの主導により、英国や豪州、日本など39カ国が中国の人権問題を批判する共同声明を発表し、中国に対して100万人が収容されている新疆ウイグル自治区の収容施設に、国連人権査察団が「直接的で意味のある自由なアクセス」ができるよう求めた。

「国際社会におけるパートナーと連携したい」。ラーブ外相の呼びかけに真っ先に応じたのは、コロナ感染経路の独立機関による調査を主張したことに端を発して中国の経済制裁を受け、対中関係が「過去最悪」となっている英連邦の兄弟国、豪州だった。

国会議員の多くが超党派で、「1936年のヒトラーのナチス政権下で開催されたベルリン五輪と類似性」があるとして、北京冬季五輪のボイコットを支持し、豪州選手に不参加を呼びかけた。上院のレックス・パトリック議員とジャッキー・ランビー議員が動議を出して豪連邦議会は11月9日、北京冬季五輪不参加について審議、採決したが、過半数に達せず、不参加の決議には至らなかった。

しかし、中国が豪州産の輸入制限を継続し、外務省報道官が虚偽画像をツイッターに投稿するなど関係悪化が続いており、ボイコット論は「高度な長期戦」に突入した格好だ。

パトリック議員は中国共産党による深刻な人権侵害がある中で、「豪州選手の五輪参加は無謀で危険。道徳的に誤り」と主張、エリック・アベッツ上院議員は、IOCが「野蛮で権威主義的、全体主義的な政権」に開催を許可すれば、IOCの立場は損なわれると警告する。英国のスミス議員は、「中国の経済制裁を恐れて、五輪ボイコットを躊躇(ちゅうちょ)してはならない」と毅然(きぜん)とした対応を求めた。五輪ボイコットでも英国はまず、機密情報を共有する政府間の枠組みであるファイブアイズのアングロサクソン同盟国の豪州とスクラムを組む。

では、「特別の関係」の米国はどうだろうか。世界的な反中の「列国議会連盟」に加入している共和党のマルコ・ルビオ上院議員とロバート・メネンデス上院議員がボイコットを呼びかけ、3月には共和党のリック・スコット上院議員が主導して12人の超党派議員がIOCに22年冬季五輪開催地を再検討するよう要請した。スコット議員は五輪を中継するNBCに対し、人権に配慮して放映を取りやめるように求めている。

西側23カ国が潜在的ボイコット連合

米オンライン外交論壇誌「The Diplomat」によると、冬季五輪でメダルを獲得できる国は西側先進国が多く、不参加を決めれば、結束しやすいという。そして2019年7月にウイグル族の拘束を問題視して国連人権理事会に送付した共同書簡に署名した日本と英国をはじめとする22カ国に、署名しなかった米国を加えた23カ国がボイコットの潜在的連合になると指摘している。

ただ中国に対決姿勢で臨んだトランプ政権に対し、次期大統領就任が確実となった民主党のバイデン政権がどのような対中政策を取るかは未知数だ。人権問題には厳しく対処すると伝えられるが、融和に転じる可能性もある。1980年のモスクワ五輪は米国主導で西側がボイコットした。米国がどのように判断するか、注目される。

08年の北京夏季五輪でも、チベットなどでの人権問題が批判を集めたが、22年冬季五輪ではウイグルなどでの批判がより高まっている。「列国議会連盟」のメンバーのドイツのラインハルト・ビュティコファー欧州議会議員は「ワシントン・ポスト」紙に、「08年五輪開催の際、中国はIOCに人権問題向上を約束したが、12年経過して全く逆の方向に悪化した」と指摘し、「中国の王毅外相の訪欧の際に、欧州各国の議員と連携して対処したが、北京冬季五輪の対応でも共闘することを検討したい」と語っている。

東京五輪開催最優先?で静観する日本

対中政策で連携する仲間として英国は、ファイブアイズの次にアジアの最大のパートナーで日米豪印の「QUAD(クアッド、日米豪印戦略対話)」として日本に協力を求めるだろう。しかし、日本オリンピック委員会(JOC)など日本側は、東京五輪を控え、腰が定まらない。

五輪に関わる官邸筋は「西側の一員として北京五輪ボイコットに参加すべきだが、東京五輪を成功させたいので、日本が旗を振りにくい」と打ち明ける。「列国議会連盟」に参加する自民党の中谷元衆議院議員、無所属の山尾志桜里衆議院議員は、北京五輪不参加について発信していない。

22年秋に共産党大会を控え、そこで再選を望む習近平国家主席にとって、北京冬季五輪は是が非でも成功させたい大イベントだ。しかし中国の人権弾圧が拡大すれば、英豪米が中心となり、五輪ボイコットの流れが広がるだろう。そこで、日本が座視すれば、英米との信頼関係を損ね、西側諸国の中で存在感を失いかねない。

コロナが終息する保証はない。IOCの最古参委員のディック・パウンド氏が「東京五輪が中止になったら北京冬季五輪も開催困難」との見通しを示すが、英豪のボイコットの動き次第では今後、北京冬季五輪の開催はどうなるのか、日本も無関係ではいられなくなるかもしれない。

バナー写真:2022年北京冬季五輪・パラリンピックの競技場間の運行路線となる北京市と河北省張家口市を結ぶ京張高速鉄道の太子城駅の通路。2019年12月30日 新華社/共同通信イメージズ 「新華社」

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