極めて強靭で脆弱な菅政権

政治・外交

連続在任日数で最長を記録した安倍晋三政権から、ほぼ「禅譲」に近い形で菅義偉政権が誕生して2カ月余が経過した。この間、常に高い支持率を獲得し、順調なスタートを切っているが、菅政権の強みと弱みも明確になってきた。果たしてこの高い支持率はいつまで維持できるのか、2021年の自民党総裁選で再選はできるのか。菅政権の帰趨(きすう)を占う。

菅首相の「見えざる敵」は安倍前首相

菅義偉内閣は極めて強靭(きょうじん)な内閣であり、かつ極めて脆弱(ぜいじゃく)性の高い内閣である。3つのテーマが内閣の生殺与奪の権を握っている。新型コロナを制圧できるかどうか、東京五輪パラリンピック開催か中止かの意思決定ができるかどうか、そして経済である。

一言で言うと、菅内閣の状態は車に例えれば、サイドブレーキをかけたまま、アクセルとブレーキを同時に踏んでいるようなものである。コロナも抑えられないし、経済の落ち込みも避けられない。このままでは東京五輪をどうするかの意思決定のタイミングを逸する恐れがある。

派閥力学的に見れば、安倍内閣の政治基盤をそのまま受け継いだ菅内閣は安定度が高い。ところが政権の座を譲り渡す形になった安倍晋三前総理と、安倍政治の継承を掲げる菅総理との人間関係に変化が見え始めている。安倍政権時代、官邸に君臨していた経済産業省系の官僚群は一掃された。このことはスタッフを大事にする安倍氏の不興を買っている。

そして退陣後、安倍氏は新薬効果で体調を回復しつつある。念願の五輪開催と憲法改正が手付かずのまま退陣せざるを得なかった安倍氏には、子飼いの菅氏の活躍は半分くらいうれしく、残りの半分はやっかみもあるだろう。菅氏のこれからの、見えざる敵は安倍氏なのだ。

再び宰相の座につくなど誰もが考えなかったとき、菅氏は安倍氏を叱咤(しった)激励して総裁選に担ぎ出した。流浪の民のごとく派閥を転々としていた菅氏は、大勝負に出たのである。安倍氏の可能性を見込みつつ、自分を生かそうとしたのだろう。現代版木下藤吉郎の草履(ぞうり)取りである。この折、菅氏の頭の片隅に、いまの宰相菅義偉があったかどうかわからぬが、いくらかはあったような気がして戦慄(せんりつ)が走る。

発信力の弱さは最大の難点

99代の内閣総理大臣になって2カ月。宰相としての実像が次第に明らかになってきた。まず、国民に訴える力が著しく弱い。国会答弁でも下を向いての原稿棒読みで、しかも滑舌(かつぜつ)が悪い。天下の総理が「その件に関しては答弁は差し控えたいと思います」と繰り返すのは情けない。

官房長官としての最長記録の菅氏は官房長官時代、「習わぬ経を読む」だったのか、細かな政策への目配りだけが目立つ。携帯電話料金や不妊治療費問題などである。またGo To トラベル などのコロナ対策に熱心だ。これが感染者拡大の元凶なのに認めようとしない。

最高の地位にある政治指導者として発してほしいのは、この国を、国民をどう守る気なのかの大局観を持った言葉である。ましてコロナ感染拡大で多数の国民が不安に慄(おのの)いているときに、発すべき指導者の言葉はあるはずである。

学術会議の6人排除問題はこの内閣の本質をよく表している。政府に反対する行動をとったから外した。誰を外すかは警察出身の官房副長官が考え、リストを総理に見せて決裁した。「俯瞰(ふかん)的に考えた」とか「大学に偏りがある」などと総理が答弁するのは痛々しい。元に戻します、と一言言えずに問題を大きくした。

これからの菅内閣はコロナ感染拡大を抑え込めるのか。すべてはここにかかってくる。本格的な冬に向かい、感染者数拡大のペースが欧米並みになる可能性がある。本当に五輪を開催するのか。開催したところで海外から選手団、代表団、観客が来られるのか。原爆が投下され、ソ連が対日参戦するまで太平洋戦争を終える決断ができなかった日本が、同じ轍を踏むのではないか。

総選挙のカギを握る公明党との選挙協力

五輪開催中止なら内閣総辞職に発展する公算大と見るべきだろう。いずれにしても2021年秋までには衆議院の解散・総選挙をせざるを得ない。コロナと経済の落ち込みの中で、自民党候補者が当てにしている公明党との選挙協力が怪しくなりかけている。

衆議院広島3区の河井克行被告の選挙区に公明党は斉藤鉄夫副代表を擁立する。自民党は斉藤氏支持ではなく、候補者を探す。これは単に広島だけの問題ではなく、全国に影響を及ぼす可能性がある。

公明党は全国レベルの選挙では約700〜800万票獲得する。公明党は小選挙区には少数しか出馬しない。大半の自民党候補者が小選挙区で公明党の票をもらい、当選している。小選挙区で公明党が自民党候補者に投票しなければ、自民党は政権を失う。河井被告は菅総理直系なだけにやっかいだ。

800万票を全国の300小選挙区で割ると、平均2万6千票になる。公明党支持者はこの票を小選挙区の自民党候補者に投ずる。もし、この票が野党系候補者に流れたとすると、行って来いで約5万票の差になる。

自民党小選挙区候補者の獲得した票から5万票を差し引いて、それでも当選できる候補者は3分の1くらいしかいない。つまり、政権の座を奪われるのだ。広島の河井夫妻の事件は、連立を組む公明党の支持母体創価学会を揺さぶった。その怒りが斉藤副代表擁立となった。自民党広島県連は候補者を公募するが、双方に話し合いの余地はなさそうだ。

1年以内に行う総選挙をいつやるのか。年明けの通常国会冒頭の解散、2月7日投票などといううわさも飛んでいるが、コロナが収まらない限り、それも簡単ではない。コロナも経済もと二兎を追う者は一兎をも得ずになりかねない。

従来の派閥力学ではかなり安定して見える菅政権だが、コロナの破壊力に抗し切れるかどうか。その意味ではガラス細工のように脆弱な政権なのである。

バナー写真:新型コロナウイルス感染症対策本部の会合後、記者団の取材に応じる菅首相=2020年11月21日、首相官邸 共同

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