国難を迎え撃つために: 一刻も早い防災省創設が必要

防災 社会

東日本大震災発生からから間もなく10年。阪神淡路大震災からは四半世紀が過ぎた。今後30年以内に、南海トラフ巨大地震が起きる確率は現時点で、70%を超えていると言われる。今まさに、世界的にも新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない中、日本列島を大災害が襲おうとしている。この国難を乗り切るために「防災省」の創設を提唱している「人と防災未来センター」(神戸市)の河田惠昭(かわた・よしあき)センター長に聞いた。

河田 惠昭 KAWATA Yoshiaki

関西大学社会安全学部・社会安全研究センター長・特任教授。京都大学名誉教授。人と防災未来センター長。専門は防災・減災・縮災。工学博士。1946年、大阪府生まれ。京都大学大学院工学研究科土木工学専攻博士課程修了。京都大学防災研究所教授、同所長、関西大学教授などを経て、2016年より現職。07年、国連SASAKAWA防災賞受賞。主な著書に『津波災害 増補版——減災社会を築く』(岩波書店、2018年)、『日本水没』(朝日新聞出版、2016年)、『新時代の企業防災—3.11の教訓に学ぶ地震対策』(中央公論新社、2013年)など。

コロナで見えたこの国 危機管理意識の欠如

――この国の危機管理について、どう思われますか

今、コロナの感染拡大が続いており、これを抑え込まなければならない。コロナと戦争している状況で、勝たなければならない。しかし、ワクチンが開発されなければお手上げ状態で、三密対策とかロックダウンだとか、まるで中世のやり方だ。専門家分科会では「今、感染がこれ以上拡大するかどうかの分かれ目だ」とか言っていたが、抑え込まなければならないのに、何を言っているのかと思った。つまり、危機管理ができていない。危機管理をやったことがないから、どうやっていいのか分からない。

――コロナ禍で危機管理がなっていないと

感染確率をゼロになんかできないわけだから、欧米の(感染)先進国の感染率や死亡率をにらみながら、わが国はどこら辺まで抑え込んだら成功と言えるか、そうするためには今何をやらなきゃいけないか?という発想がない。目標管理がない。これだけ患者が出てきたから、こうする、ではもう遅い。感染者をここまでに留めるには、医療体制をこれだけ準備しておかなければならない、というのが危機管理。これがいまだにできない。非常に残念だ。危機管理には勇気がいる。やったことがないから、新しいことにチャレンジすることだ。要するにイノベーティブにやらなかったら負ける。

国難災害を乗り切るために「防災省」は必要だ

インタビューに応える河田惠昭氏
インタビューに応える河田惠昭氏

――なぜ、日本は危機管理ができないのか

日本はある意味で、ラッキーな国だ。太平洋戦争で310万人が亡くなったが、内戦では、幕末明治維新でも3万人、江戸時代で最も犠牲者が出た島原の乱で3万8000人。フランス革命では100万人以上亡くなり、アメリカの南北戦争(90万人以上の死者とのデータも)の犠牲者との差が大き過ぎる。わが国は、本当の意味での国難を経験していないのかもしれない。

――お手本に出来る組織は

米国でコロナの危機管理を担っているのは、CDC(米国疾病予防管理センター)。CDCの本部(アトランタ市)に入ったことがあるが、職員1万3000人、予算は1兆5000億円。今回、CDCが判断を間違えたのではない。トランプ大統領がCDCの言うことを聞かないから、アメリカはうまくいっていない。

CDCは官民一体の組織だ。米国ではCDCだけじゃなく、NOAA(アメリカ海洋大気庁)なんかは、例えばハリケーンが接近してきた際、住民のSNSを分析してハリケーンの移動予測を立てている。「住民が何を心配しているのか」をSNSの発信で統計的に解析する。時空間で何が問題になっているかを探るためにSNSを使っている。起きたことの理由を理路整然と話すのではく、被害を少なくすることが肝要だ。

――防災省を提言されているが

今、危機管理を統括するのにイメージしているのは、アメリカのFEMA(連邦緊急事態管理庁)。FEMAは国にとっての重大事案を15個決めている。ESF(Emergency Support Function)といって、疾病もその一つ。FEMAの下で、保健福祉省が中心になってCDCやアレルギー・感染症研究所がぶら下がっている。FEMAは組織を動かす上で大切な予算(1兆円)を持っている。しかし、日本の場合は財務省が予算を握っており、がんじがらめの規制があって自由にお金を使えない。

一国二制度だ。これでは危機管理が出来ない。アメリカでは、大統領が非常事態宣言を発令すると、FEMAがお金を出せる。使ったお金は連邦会計から補填(ほてん)される。原則連邦会計で4分の3負担だが、全額へ変更も出来る。お金を早く動かすことが大事だ。しかし、防災省をつくってもオールマイティーとは思っていない。FEMAの歴史は失敗の連続。失敗したから今がある。だから、防災省はFEMAの形のものをそのまま取り入れて少しずつ改良していく。初めから日本に合わせようとすると失敗する。

東日本大震災から10年 何を教訓とするか

――過去の大災害から学ぶことは

来年の3月11日で、東日本大震災から10年。例えば、岩手県陸前高田市の復興まちづくりに関して、18メートルの津波に対してかさ上げするためにコンクリートで人工地盤を作り、出来た土地を震災前と同じ区割りにして住むように提案した。地下空間には水をためて、いざという時に備える。しかし、今やっているのは、コンクリートではなく土で盛土している。ここで困っているのは、被災者が帰って来ないことだ。3割しか戻ってきていない。コンクリートだったらすぐに出来たのに。イノベーティブじゃないんだ。残念なことに。保守的なんだ。

災害というのはある意味では、変えるチャンスなんだ。阪神淡路大震災の前までは長田の街を区画整理するのに難儀していたが、地震でいっぺんにできた。その結果が良い悪いは別にして。事前に準備していた所はある程度うまくいった。

――東日本大震災での教訓をどう伝える

今、ひょうご震災記念21世紀研究機構が復興庁から受託して「東日本大震災生活復興プロジェクト」を進めている。復興庁が展開した事業を次の国難災害が起きた時に、すぐに使ってもらおうという研究だ。東日本大震災後、672の復興事業があり、南海トラフ巨大地震や首都直下地震が起きたときに生かそうというもの。例えば、2016年の熊本地震で「健軍」という商店街がグループ補助金で復興した。この商店街は壊滅的な打撃を受けたが、東日本の教訓が生きた。いわば、東日本のベストプラクティスを事前に知ってもらい今後の災害で生かすために、住まい、くらし・生きがい・健康、しごと、まち、子ども・若者というテーマで議論しており、来年3月には全国の自治体に示す。

――防災省にそうしたものを伝え残す機能がある

防災省が出来たら、そういったものを財産として残せばいい。今の内閣府はそういったアーカイブを残す機関でないから。阪神淡路大震災の教訓が東日本大震災に伝えられ、東日本はある意味では、教訓の良いとこ取りをしてきた。例えば、2004年10月の新潟県中越地震の際に、考え出した「みなし仮設」は僕が泉田知事(当時)と相談して考え出した。間もなく冬が来るのに、仮設住宅の建設が間に合わない。被害の少なかった新潟市の空き家やマンションを利用して「仮設」にした。その時の利用者は470人だったが、東日本では8万6000人がみなし仮設に入った。大量の仮設住宅確保に役立ったのだ。広域避難が成功した例だ。

経験とか知恵を継承しなければ、もったいない

――国難をどう乗り切る

この20年間で、防災担当大臣が28人も代わった。防災担当大臣は忙しいから、サポーターが要る。だから、防災省をいきなり財務省が嫌がるような大きな組織にする必要はない。小さな組織を少しずつ大きくしていく。防災庁でもいい。一番考えられるのは、今の復興庁を復興だけでなく、新たな災害にも対応できるような省庁にしていただきたい。

防災省で何ができるか?インセンティブを持ってお金を出すようにすればよい。危機管理意識が変わらないのは、役所の意識が保守的で、今の組織をも守ろうという習性があるからだ。今、南海トラフ巨大地震を国難だと言っておきながら、被害を少なくする意識が低い。具体的に起こらない限り、動かない。起こってほしくないという意識が強く、直接の利益を産みださないものにお金をかけないのがこの国の実態だ。将来起こるリスクに対して、私たちがどう向かわなければいけないかという発想がない。国としてどういう風なところに向かうかというビジョンがない。

もっと具体的な目標がなければならない。社会が日々変化していることに、どう対応していくのかという発想でやらなければならない。相手は変わってくる。それに対応しなければならない。そうした発想に基づくのが防災省だ。阪神淡路大震災や東日本大震災、熊本地震、数々の水害から得た経験と知恵を次の大災害で生かさないのは、あまりにももったいない。

バナー写真:四国沖での大地震を想定した訓練で開かれた臨時評価検討会=2019年10月7日、東京都千代田区の気象庁(時事)

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