2020年ミャンマー総選挙:スーチー勝利と2008年憲法

政治・外交

2020年11月に実施されたミャンマー総選挙では、アウンサンスーチー氏が率いる与党・国民民主連盟(NLD)が国軍系野党・連邦団結発展党(USDP)を圧倒し、大勝した。しかし、国軍は選挙に不正があったとして、NLDをけん制している。総選挙での圧勝を受け、スーチー氏が国軍の国政関与を保障する2008年憲法の改正を急げば、両者の関係が緊張する可能性も出てきた。

予想を覆しNLD圧勝

2020年11月8日にミャンマーで実施された総選挙は、アウンサンスーチー氏が率いる与党・国民民主連盟(NLD)が全体の8割を超える議席を獲得して圧勝した。これにより国軍最高司令官が選挙を経ずに任命する軍人議員を含めても、NLDが連邦議会において単独過半数を占めることになった。順調にいけば、2021年3月に第2次スーチー政権が誕生する。

2020年総選挙における主要政党の獲得議席数

7管区 7州 合計
NLD 288 108 396
(NLDの議席シェア) 99.0% 58.4% 83.2%
USDP 3 30 33
SNLD 0 15 15
ANP 0 8 8
その他 0 24 24
合計 291 185 476
(管区/州の議席シェア) 61.1% 38.9% 100%

(注)NLD:国民民主連盟、USDP:連邦団結発展党、SNLD:シャン民族民主連盟、ANP:ラカイン民族党
(出所)選挙管理委員会

事前にはNLDの苦戦が予想され、特に7州においては少数民族政党の優勢が伝えられていた。前回15年の総選挙で大勝し、半世紀ぶりの民主政権を樹立したNLDであったが、最重要公約の少数民族武装勢力との和平や憲法改正を実現できず、経済成長も減速したといわれていたからである。それではNLDの勝因はなんだったのだろうか。

国民生活の向上が与党の追い風に

NLD勝利の最大の要因が、スーチー氏の国民人気にあることは間違いない。選挙監視を実施しているNGO「信頼できる選挙のための人民同盟」(PACE)が2020年8月上旬に行った調査によると、国家顧問(スーチー氏)を信頼すると回答した人の割合はビルマ族が多い7管区において84%、少数民族が多い7州においても60%であり、この数字は他のいずれの政治制度(連邦議会、管区・州議会、国軍、裁判所など)に対するものよりも高い。もちろん、管区と州ではスーチー氏への信頼度に差はある。しかし、例えば、政党に対する信頼度は管区で41%、州では31%、少数民族武装勢力に対する信頼度は管区で19%、州でも29%にとどまっている。州においても政党や少数民族武装勢力は、スーチー氏や大統領に比べてそもそも信頼されていなかったのである。

しかし、スーチー氏の人気だけで前回を上回る議席を獲得することはできない。半世紀ぶりの民主政権の誕生を賭けた前回総選挙におけるスーチー支持の熱気は、今回を上回るものであったからである。筆者は今回NLD政権が根強い支持を受けたのは、経済成長を背景にした地元住民の生活水準の向上があったためと考えている。

一般に、スーチー政権下でミャンマー経済は減速したといわれる。しかし、別稿でも論じたように(※1)、土地バブルがはじけたヤンゴンやマンダレーでの景況感の悪化に比べて、地方都市や農村部での景気の悪化はそれほど大きなものではなかった。例えば、スーチー政権下での経済減速の証拠としてしばしば外国投資の認可額の減少が指摘されるが、そもそも地方に外国投資は来ていなかった。

われわれは国内総生産(GDP)成長率やヤンゴンの実業家・外資企業へのインタビューをみて経済動向を判断するが、多くの国民は身の回りの生活環境・水準を軍政時代と比較して判断する。軍政時代、電気は電線で来るものではなく、バッテリーを持って市場へ買いに行くものであった。

したがって、バッテリーで動く電化製品しか利用できなかった。今では農村でも電化率は55%になっているし、オフ・グリッドの電源もある。当時、携帯電話やオートバイは村人の手の届くものではなかったが、今やそうしたものも頑張ればローンで買える。少数民族村では軍政当局に農地の存在を知られるのを嫌がったが、今は農業銀行から営農資金を借りるために、政府に農地を登記してもらいたがっている。

先のPACEの調査によれば「郡(タウンシップ)の状況は良くなっている」と回答した人の割合は、19 年の44%から20 年には56%に上昇している。管区の方が州に比べて、良くなっていると回答した人の割合は高いが、その差は数%に過ぎない。良くなっていると答えた理由は、政府サービスの改善が58%、経済と所得の向上が40%、インフラ整備が26%であった。しばしば話題になる連邦制の実現を理由に挙げる人は6%しかいなかった。

一般の人々にとっては、連邦制の実現のような政治課題よりも、身近な生活水準の向上の方が重要であった。スーチー政権下において、少数民族州は徐々にではあるが発展していたと考えられる。成長をもたらすのがNLDであれば、政権を担わない少数民族政党に投票するよりも、勝ち馬に乗ったほうが得策であると考える有権者がでてくるのは当然であろう。

国軍は国政関与を諦めない

しかし、大敗した国軍系の野党・連邦団結発展党(USDP)は選挙に不正があったとして、国軍の協力の下で選挙をやり直すべきであると訴えた。ここで注目すべきはUSDPがわざわざ「国軍の協力の下で」と付け加えている点である。米国の大統領選挙でも明らかになったように、民主主義においては選挙結果に基づいた新政府の樹立を誰が保障するのかが問題となる。ミャンマーにおいてそれを保障するのは、事実上国軍である。国軍が選挙結果を認めることではじめて、それに基づいた政府が樹立される。実際、国軍はNLDが最初に大勝した1990年総選挙を認めなかったという前歴がある。

2020年総選挙の当日、ミンアウンフライン国軍最高司令官は選挙結果を尊重すると発言した。しかし、NLDの大勝が明らかになるにつれ、選挙不正があった可能性があるとして、NLDや選挙管理委員会をけん制する発言をするようになった。これはUSDPの2回の大敗を受け、国軍がUSDPを頼りにできないことがはっきりしたことが背景にある。実際、1990年総選挙を通じて国軍はビルマ社会主義計画党の後継政党である国民統一党(NUP)に政権移譲を試みたが、NUPが総選挙で大敗したことにより挫折した経験がある。USDPもNUPと同じ運命をたどるであろうことが、今回はっきりした。

こうなると、国軍が頼りにできるのは、国軍の自律と国政関与を規定する2008年憲法しかない。国軍の国政関与のロジックは政党政治(party politics)が混乱したとき、国軍が国民全体の利益を代表する国民政治(national politics)を行うというものである。

多くの国民は国軍が国民全体の利益を代表するとは思っていないが、ミャンマーを独立に導き、ナショナリズムを体現するとの使命感を抱く国軍が国政関与を諦めることはないだろう。また、経済権益を守り、過去の不当行為への責任追及を逃れるためにも、国軍の自律を認める2008年憲法は必須である。国軍が1990年総選挙の時NLDへの政権移譲ができなかったのは、2008年憲法がなかったからである。

もちろん、スーチー氏は心の底では2008年憲法を認めていない。スーチー氏は2012年の補欠選挙で当選した際、議員に任命されるために必要な「2008年憲法を順守する」という議会での宣誓を拒もうとしたことがある。この時は珍しく国民からの批判を浴び、結局は宣誓することになった。スーチー氏とNLDが2008年憲法の政治体制に組み込まれた瞬間であった。スーチー氏が憲法改正に執念を抱く原点でもある。

今後、国軍はますます自らの国政関与を保障し、組織としての自律性を担保する2008年憲法を堅持しようとするだろう。しかし、逆説的ながら、国軍がNLD大勝という選挙結果を認めることができるのも2008年憲法があるからなのである。2回の総選挙の大勝により勢いづくスーチー氏が改憲を巡って国軍との対立姿勢を強めれば、ミャンマー政治が緊張することもあり得る。最近のミンアウンフライン国軍最高司令官の発言は、スーチー氏に対してこのことを忘れないようにというけん制なのである。

国民が求めるのは「穏健な改革」

5年前にスーチー氏は「変化の時が来た」というスローガンで選挙戦を戦い、勝利した。しかし、現実にはテインセイン大統領の多くの政策を継承した。スーチー政権は民族和平や憲法改正を掲げて登場したが、国民から評価されたのはむしろ経済成長や所得水準の向上であった。そして、国軍系のUSDPの2度目の大敗にもかかわらず、国軍が第2次スーチー政権の発足を認めると期待されるのは、皮肉なことに第1次スーチー政権が2008年憲法の改正に失敗し、この憲法が引き続き国軍の国政関与を保障するからである。

こうした5年間の経緯と今回の総選挙の結果は、大方の人々の予測を裏切るものであった。もしかすると、スーチー氏やNLDにとっても意外な展開であったかもしれない。しかし、今回の総選挙を通じて国民の希望は明確に聞こえたのではないかと思う。すなわち、スーチー氏とNLDは国軍との決定的な対立を避け、むしろ協力の方策を模索しつつ、国民生活の向上へ向けた穏健で段階的な改革を続けてほしいというものである。半世紀にわたる軍政時代、薄暗い裸電球の下で、国民は「自由」と「豊かさ」の双方を求めてきた。どちらか一方を優先することで、もう片方を失うことはできない。スーチー氏と国軍の協力と一定の妥協がなければ、国民の希望をかなえることはできない。

(2020年12月20日記)

バナー写真:アウン・サン・スー・チー氏の写真を掲げる三輪自転車タクシー=2020年10月26日、ミャンマー・ヤンゴン(共同)

(※1) ^ 拙稿「アウンサンスーチー政権下の経済成果と総選挙への影響」(IDEスクエア)2020年11月、available at https://www.ide.go.jp/Japanese/IDEsquare/Eyes/2020/ISQ202020_034.html?media=pc

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