100年ぶりの急接近:「新・日英同盟」の行方

東郷元帥が取り結んだ英国のアジア太平洋への回帰 | 「新・日英同盟」の行方(1)

政治・外交 国際

かつての蜜月関係が甦(よみがえ)ったかのようだ。日本と英国は1923年に失効するまで同盟関係にあった。太平洋戦争後は同じ民主主義的価値観を共有する国として長らく友好関係を築いてきたが、それは同盟関係と呼べるものではなかった。しかし、高まる中国の覇権主義が再び両国を急接近させている。日米同盟に次ぐ安全保障の要となりうる「新・日英同盟」関係は今後どうなっていくのか、全6回にわたり解説していく。

日英の2プラス2を演出した東郷元帥

「対馬沖海戦(日本海海戦)の約半年前に撮られたアドミラル・トーゴーだ」

ロンドン南東の郊外。子午線が通り、世界標準時を定めた旧王立天文台があり、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の世界遺産に登録されたグリニッジで、2017年12月14日に開催された第3回日英外務・防衛閣僚会合(2プラス2)。河野太郎外相、小野寺五典(いつのり)防衛相と、英国のボリス・ジョンソン外相、ギャビン・ウィリアムソン国防相(いずれも当時)の4大臣は、国立海事博物館に隣接するクイーンズ・ハウスで、英海軍のウィリアム・ペケナム提督の日記と東郷平八郎元帥の古い肖像写真に見入って、笑みを浮かべた。

肖像写真は1905年5月、観戦武官として戦艦「朝日」から、ロシアのバルチック艦隊を破った日本海海戦を目撃したペケナム提督が保管していたものだ。同年1月、旅順が陥落した記念に東郷元帥を自宅に招き、祝宴を開いた際、東郷元帥が出席の返信に同封した写真をペケナム提督が日記に添付し、同博物館が所蔵していた。

手紙は1905年1月5日付で、約150日に及んだ難攻不落の旅順要塞を陥落させた4日後に当たる。

「1月7日の午後8時から開かれるあなたの招待を喜んで受け入れ、参加させていただくことを楽しみにしております。ただし妻は参加することができません」と自筆で書き、最後に「H.Togo」と署名している。

写真は東京・九段の写真館が海軍の軍服を着た東郷元帥を撮影したもので、手書きで「Admiral H Togo」と書かれている。東郷は13年に元帥号を受けていることから、保管していたペケナム提督が日露戦争後に書いたとみられる。

日露戦争では、欧米諸国から多数の観戦武官が参加したが、日英同盟を結んでいた英国からの派遣が最多の33人。ペケナム提督は東郷元帥と最も親交があり、1人でスコットランドのジョン・ブラウン社で建造された戦艦「朝日」に乗船し、対馬沖では第1艦隊の4番艦という最前線にて命がけで世紀の海戦を観戦した。

実質的な日英同盟関係の構築へ

東郷元帥はなぜ肖像写真を贈ったのか。4大臣に説明した同館のアンドリュー・リン学芸員は、「ペケナム提督は戦局のターニングポイントだった旅順攻略を祝して東郷元帥を招き、夕食会を開いた。東郷元帥が自らの肖像写真を贈って、その2カ月前にバルト海から極東に向けて出港したロシアのバルチック艦隊との決戦に向けて、必勝の決意を示した」と、来る決戦への決意の表れだったと説いた。

祝宴から約5カ月後の同年5月27日、東郷元帥率いる連合艦隊は、対馬沖でバルチック艦隊を撃破し、歴史的勝利を挙げた。ペケナム提督の日記にも、5月27日、「バトル(戦闘)」と書かれている。

この東郷元帥の写真は「2プラス2」会合に当たって英国側が用意したものだ。「東洋のネルソン」と称賛される東郷元帥の顰(ひそみ)に倣(なら)って、日本との関係を強化しようという意気込みが表れていた。

東郷平八郎の肖像写真と直筆手紙 筆者撮影
東郷平八郎の肖像写真と直筆手紙 筆者撮影(協力=英国立海事博物館(National Maritime Museum)

「ペケナム日記」1904年(左)、1905年(右)筆者撮影
「ペケナム日記」1904年(左)、1905年(右)筆者撮影(協力=英国立海事博物館(National Maritime Museum)

「ペケナム日記」1905年5月のページ 筆者撮影
「ペケナム日記」1905年5月のページ 筆者撮影(協力=英国立海事博物館(National Maritime Museum)

バルチック艦隊を撃破した東郷元帥とペケナム提督による日英の深い歴史交流を知って意気投合した4大臣は、共同声明で「グローバルな戦略的パートナーシップ」を次の段階に引き上げることを発表、日本が主導する「自由で開かれたインド太平洋」実現に緊密な協力をすることで一致した。

河野外相が「日本は英国の『スエズの東』(アジア太平洋地域)への復帰を歓迎する」と述べると、ウィリアムソン国防相は日本を「アジア太平洋地域における英国の最も親しい友人」と評し、日英両国が米国と並び、実質上の同盟国(準同盟国)として、安全保障協力を深めていく方針が明確にされた。

日英は防衛上の歴史とニーズを共有する島国

「2プラス2」会合後、海洋国家同士の日英は軍事的に急接近した。2018、19年と英国海軍のフリゲート艦「サザーランド」と「アーガイル」、「モントローズ」が訪日し、東シナ海などの海上における北朝鮮による違法な物資のやり取りである「瀬取り」を監視する一方、本州南方に広がる海域で海上自衛隊と合同演習を行った。日英海軍による合同演習は日英同盟が解消された第一次世界大戦後初めて。さらに米海軍から哨戒機P-8Aが参加して日米英による共同演習も実施された。英陸軍部隊も18年に来日し、陸上自衛隊と歴史上初めての演習を行った。

日英両国は防衛装備品の技術協力にも力を入れ、英国製ミーティアミサイルに三菱電機のレーダーを組み込んだ新型空対空ミサイルの共同開発を開始、22年には研究試作が終了する。F35戦闘機に搭載する予定で、完成すれば世界一の性能となる。さらに21年度からは戦闘機用の高機能レーダー技術も共同研究を始める。

英国の政府系シンクタンク「ヘンリー・ジャクソン協会」アジア部長から19年7月、米国防総省ダニエル・イノウエ・アジア太平洋安全保障研究センター准教授に転身したジョン・ヘミングス氏は、英紙「デイリー・テレグラフ」に寄稿し、「英国と日本は似た防衛上のニーズを抱えている。米国と密接な防衛上の結びつきがある島国であり、防衛予算はおおむね同規模、特に海軍、空軍の装備ではニーズが似通っている。両国は海軍の歴史を共有しているだけでなく、共通した未来に向かっている」と指摘する。

日英の急接近の背後に、海軍力で米国を上回った(米国防総省年次報告)とされる中国の覇権主義への脅威と朝鮮半島情勢の緊迫、英国の欧州連合(EU)離脱などの世界情勢の変化がある。20年の大晦日にEUを完全離脱した英国にとって、中国の海洋進出が活発化する中、自国経済を支えるアジア太平洋地域のシーレーン防衛は死活問題だ。

ヘミングス氏は北大西洋条約機構(NATO)による東欧防衛でドイツの負担を増やし、余剰戦力をスエズ運河からシンガポールにかけての貿易ルートの防衛に回すのが、「ポスト・ブレグジット(英国のEU離脱)」の戦略とみる。

「英国と日本が互いに同盟国、あるいは準同盟国とみなしている」

オックスフォード大学のイアン・ニアリー教授は、こう分析した上で、「集団的自衛権の観点で、(有事の際)日本が同盟国の援助に来る可能性もある」と指摘し、憲法改正や武器輸出緩和に動いた安倍前政権の取り組みが、「新・日英同盟」に結びつきつつあると解説する。

空母QE極東展開に一石二鳥の外交上の狙い

そして「2プラス2」会合の翌日、英海軍の招待を受けた小野寺防衛相は、ポーツマスで外国の閣僚として初めて、1週間前に就役したばかりの最新鋭空母「クイーン・エリザベス(QE)」に乗艦し、アジア太平洋で日本の海自自衛艦「いずも」との共同演習を提案した。

この共同演習が約3年の時を経て実現する。英海軍は2021年1月4日、「QE」を中核とする空母打撃群の初期段階の航行能力の整備が終了、スタンバイしており、命令が下れば、5日以内に出動できる態勢にあると発表。空母打撃群は4月か5月ごろ、ポーツマスからジブチやシンガポールを経由して、沖縄県の尖閣諸島を含む日本近海と南シナ海に派遣され、佐世保などに長期駐留する。

英国は1968年に「スエズ以東からの撤退」を表明してから半世紀。EU離脱という大きな節目に、再び「東」に回帰する。そのパートナーとして関係を深めるのが日本だ。

「英国と同盟国の緊急課題をリードする過去20年で最も野心的な展開だ」

ジョンソン英首相は「QE」のアジア太平洋派遣を自賛する。

米国防総省は21年1月19日、英国の最新鋭空母「QE」を中心とする空母打撃群に米海軍と海兵隊が参加すると発表した。空母打撃群の西太平洋展開に、米海兵隊の最新鋭ステルス戦闘機F35Bを艦載し、米海軍ミサイル駆逐艦「ザ・サリバンズ」も参加させる。米英両国による緊密な安全保障協力を誇示し、急速に軍事力を拡大する中国をけん制する狙いだ。

「スエズ以東」から軍を撤退させ、1973年にEUの前身である欧州共同体(EC)に加盟し、欧州の一員としての立場と、米国との強固な関係を外交の両輪としてきた英国は、2016年の国民投票でEU離脱を選択して欧州のくびきを外し、インド太平洋への回帰が焦眉(しょうび)の急となった。

西太平洋への空母打撃群の長期派遣は、日本をはじめ関係諸国との防衛協力を強化するとともに、英国にとって特別の関係である同盟国米国の負担を軽減して「貸し」をつくるという一石二鳥の外交上の思惑がある。

英国軍は朝鮮戦争で編成された国連軍の地位協定によって、在日米軍の横須賀基地などを使用することができるが、「QE」の艦載機である米英のF35Bの整備を三菱重工業の小牧南工場で行う計画も進められ、海上自衛隊も後方支援が期待される。

日本は米国の戦略核兵器などに安全保障を依存しているが、英国もまた戦略核兵器の保有国だ。「QE」に核兵器が搭載される可能性は低いが、日本の「いずも」、米国の空母との日米英の共同訓練は、「日本の抑止力を高める」との期待がかかる。日本の安全保障にとっても、大変重要である。日英の絆の復活ともいえる英海軍のアジア太平洋進出が実現すれば、泉下の東郷元帥は懐旧の情に駆られるだろう。

バナー写真:2017年12月14日、ロンドン・グリニッジで行われた第3回日英外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)にて、両国の海軍にまつわる歴史的な資料を検分する左からギャビン・ウイリアムソン国防相、小野寺五典防衛相、河野太郎外相、ボリス・ジョンソン外相(いずれも当時の肩書) AFP=時事

日英同盟 東郷平八郎