日本の地政学:超大国中国といかに対峙すべきか

政治・外交

最後の香港総督クリストファー・パッテン卿は「最近の中国の増長ぶりは第一次世界大戦前のドイツ帝国と似ている」と語る。経済力の急成長を背景にした軍事力の急拡大で覇権志向を露わにするようになったドイツ帝国と共産中国には共通点があるとみる向きが増えてきた。その軍事的圧力を最も身近に感じている日本は、専横を続ける超大国にどう対峙(たいじ)すべきか。国際関係アナリストの北野幸伯氏はその答えは地政学にあるという。

GDPは日本の2.9倍、軍事費で5.5倍となった中国

2010年、中国は国内総生産(GDP)で日本を追い抜き、世界第2の経済大国になった。つまりこの年、日中の経済力は拮抗していた。現状はどうなっているのだろうか?

IMF(国際通貨基金)によると、中国のGDPは2019年、14兆7318億ドル。日本のGDPは同年、5兆80億ドル。中国のGDPはすでに日本の約2.9倍(太字筆者、以下同)の規模である。

軍事費(防衛費)の差を見ると、状況はさらに深刻だ。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、日本の防衛費は2019年、476億ドル。中国の軍事費は同年、2610億ドルで、日本の約5.5倍

中国の経済規模は日本の約2.9倍。軍事費は約5.5倍。これが現実だ。

だが、「巨大な国」イコール「脅威」とはいえない。米国は経済力、軍事費で、いまだに世界一の地位を保っている。しかし、日本の脅威ではない。

中国はどうなのか? これに関連して、3つの事実を示しておこう。

まず、中国の公船は2020年4月14日から8月2日まで、111日間連続で尖閣諸島周辺の接続水域を航行した。これは過去最長である。

さらに、20年10月11日から13日、57時間以上にわたって領海に侵入していた。これも過去最長だ。

さらに中国海警局は尖閣周辺で日本漁船を見つけたら、直ちに追跡する方針を定めた。

日本漁船を即時追跡(太字筆者、以下同)中国の尖閣対応が強硬に 8月以降、方針を変更

中国海警局の艦船が8月以降、尖閣諸島周辺の日本領海で日本漁船を見つけた場合、原則直ちに追跡する方針に変更したと日本政府が分析し警戒を強めていることが28日、分かった。

「沖縄タイムス+プラス(沖縄タイムス電子版)」2020年12月29日 10:18

つまり、中国は尖閣周辺について、「中国の領海」として行動するようになっている。これらの事実を見れば、「中国は日本の脅威だ」と言わざるをえないだろう。

どうすれば日本はこの超大国に対抗することができるだろうか?

現在の日中関係と100年前の英独関係の類似性

劣勢の日本に道を示してくれるのが、英国の歴史だ。「古典地政学」の祖、英国の地理学者ハルフォード・マッキンダーの定義では、日英はとてもよく似ている。

マッキンダーはユーラシア・アフリカ大陸を「世界島」と呼んだ。「世界島」の心臓部を「ハートランド」とした。「ハートランド」はおおよそ今のロシアにあたる。

ハートランドを取り巻く地域を「内周の半月弧」と呼ぶ。これは欧州、中東、インド、中国などだ。

さらに、内周の半月弧の外側に位置するのが、「外周の半月弧」だ。「外周の半月弧」に含まれるのは、英国、南アフリカ、豪州、米国、カナダ、日本など。

マッキンダーの特殊性はユーラシア・アフリカ大陸を「世界島」と見るだけでなく、南北アメリカ大陸、オーストラリア大陸も「島」と見る。それで、彼の地政学では、米国も豪州も「島国」とされる。

しかし、「外周の半月弧」の中で、日本と英国だけは、「ユーラシアのすぐ近くにある」という特徴がある。日本と英国の重要性については、米国を代表する地政学者ニコラス・スパイクマンも語っている。

ユーラシア大陸を囲んでいる海の沖合にある島々の中で我々にとって最も重要なのは、イギリスと日本である。なぜならこの二国は政治的・軍事的なパワーの中心地だからだ。(『平和の地政学』72P)

日本と英国は明らかに地政学的に似ている。ただ、日本は東洋にあり、英国は西洋にあるという違いだけだ。

日本は20世紀を通して、「アジア最強の国」だった。一方、英国は19世紀、「世界の覇権国家」だった。だが20世紀に入ると、英国を脅かす国が登場した。ドイツ帝国だ。

著名なリアリストであるジョン・ミアシャイマー・シカゴ大学教授によると、1903年時点で、ドイツの国力は英国を上回った。そして、その差は年々開いていくばかりだった。20世紀アジア最強国家だった日本が、21世紀になって中国にその座を追われた状況に似ている。

英国を脅かす存在だったドイツ帝国。マッキンダー地政学によると、「ハートランド」ロシアの周辺にある「内周の半月弧」に属するランドパワー(大陸国家)だ。

現在日本を脅かしている中国も、同じく「内周の半月弧」に属するランドパワー(大陸国家)だ。つまり、中独は似ている。

なぜ英国は第一次世界大戦でドイツ帝国に勝つことができたのか?

英国を救った「同盟戦略」

「英国一国で勝てなければ、仲間を増やして対峙(たいじ)すればいい」
これが英国の基本戦略だった。実際、英国はどう動いたのか?

「フランスとの和解」

1890年時点、英国最大の仮想敵はフランスだった。しかし、英国はドイツに対抗するため、フランスと和解することを決意。1904年、「英仏協商」が調印された。ここで、エジプト、モロッコ、マダガスカル、タイ、西アフリカ、中央アフリカ、ニューファンドランドなどの権益が定められている。この後、英国とフランスは結束してドイツの海洋進出を阻止するようになっていった。

「ロシアとの和解」

20世紀初め、ロシアは英国にとって最大の脅威だった。英国は1904年~1905年の日露戦争時、同盟国であった日本を大いに支援し、日本の勝利に貢献した。だが、日露戦争が終わると、今度はロシアに接近。1907年、「英露協商」を締結している。ここでは、イラン、アフガニスタン、チベットにおける英露の勢力範囲が確定された。

「日本との同盟」

英国は1902年、日本と同盟を結んでいる。これはもちろん「対ロシア」であったが、「対ドイツ」でもあった。

イギリスは1902年に締結した条約によって先手を打ち、日本とドイツが同盟を結ぶ可能性を封じていた。(『自滅する中国』エドワード・ルトワック 95P)

「米国との和解」

英国と同国の元植民地米国の関係は基本的によくなかった。しかし、英国は19世紀末、米国との和解に動いている。1898年、米国とスペインは戦争をした(米西戦争)。米国はこれに勝利して、スペインからフィリピン、プエルトリコ、グアムを奪った。英国はこの戦争で、米国の側についたのだ。

英国は外交で日本、米国、ロシア、フランスの4大国を味方につけることに成功した。この同盟関係についてルトワックは以下のように書いている。

このように第一世界大戦における両陣営の同盟関係が成立すると、ここから生ずる結果は自ずから明らかだった。

海上では、イギリス、フランス、そして日本の艦隊が、その世界中に広がった給炭地のネットワークを活用して全ての外洋航路を支配下におき、ドイツ海軍を本拠地である無益な北海の中に封じ込めてしまったのだ。(同前96P)

なぜ、落ち目の英国は台頭するドイツに勝てたのか? 理由は明らかだ。

要するに、英国は日本、米国、ロシア、フランスを味方につけたから勝てた。第一次大戦が起こった時、英国は経済力でも軍事力でも、ドイツに劣っていた。

だが、外交による「同盟戦略」によって勝利することができたのだ。

日本は仲間を増やす外交を

日本は100年前の英国から何を学ぶことができるのか?

「圧倒的な国力の差は、仲間を増やすことで補え」ということだろう。

日本は現在、米国、インド、豪州(いわゆるクアッド=日米豪印戦略対話)と共に、「自由で開かれたインド太平洋戦略」を進めている。

最近は香港問題に憤った英国、フランス、ドイツなどがインド太平洋に艦船を派遣し、クアッドに加わる動きを見せている。

さらに、日米豪印はASEAN(東南アジア諸国連合)10カ国がこのグループに加わるよう、働きかけを行っている。これらはすべて、強大な中国に対抗するための正しい戦略、動きだ。

米国では親中派と言われることもあるジョー・バイデン氏が大統領になった。

しかし、日本のやるべきことは、トランプ時代と変わらない。仲間を増やすことで、中国が手出しできないようにする。これが戦争(戦闘)を回避するための最善の方策なのだ。

『日本の地政学』(北野幸伯著 育鵬社)

PS
100年前の英国と現代の日本、100年前のドイツ帝国と現代の中国。より詳細な分析は、拙著『日本の地政学』(扶桑社)を参考にしていただきたい。

バナー写真:PIXTA

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