世界の常識、日本の非常識:武器装備品のオフセット取引とは?

政治・外交

中国の質量共に飛躍的に高まる軍事力の増強、北朝鮮の新型ミサイル開発など、東アジアの軍事的脅威が益々高まる中、日本の安全保障に関わる軍事装備の費用も年々、膨らむ一方。今後、日本は人口減少に伴い、GDPの伸びが期待できず、軍事費の負担は重くのしかかる。そんな中、装備品購入の負担を軽減できる妙案があると語るのは、元防衛相の中谷元氏。世界では常識だが、日本では取り入れていない「オフセット取引」とは何か。

中谷 元 NAKATANI Gen

衆議院議員、元防衛大臣。1957年10月14日、高知県高知市生まれ。土佐高校を経て、防衛大学校に進学。1980年、陸上自衛隊に入隊。レンジャー教官等を歴任。1984年12月、二等陸尉で退官し、政治家を志す。1990年2月、衆議院選挙において初当選。以来、連続当選を果たし、10期目。著書に『右でも左でもない政治 リベラルの旗』『誰も書けなかった防衛省の真実』『なぜ自民党の支持率は上がらないのか 政変願望』(いずれも幻冬舎)

オフセット取引とはバーター取引

――2021年度の予算案において防衛費は5.34兆円超と、過去最大になる見通しです。全体の防衛予算額の中で海外からの防衛装備品や武器、資材、機材の購入代が占める割合はどれぐらいになりそうでしょうか。

中谷 物件費に占める輸入の比率は年々、上昇傾向にあります。特にFMS(米国の安全保障政策の一環として同盟諸国などに対して装備品を有償で提供するもの)の予算額が増加傾向にあります。来年度は全部で3兆7000億円の装備品の輸入を計画しています。その内、国内向けが約3兆1300億円、国外向けが約5000億円になる見込み(いずれも概算要求額)です。

――2020年はコロナ禍で日本も産業が大きな打撃を受けました。こういう状況下でも北朝鮮や中国の情勢を鑑みると、海外からの武器や装備品の調達を増やさざるをえないわけですが、この矛盾するような状況の打開策について、何か考えられることはあるでしょうか。

中谷 オフセット取引ですね。これは世界の多くの国々では慣例となっていて、日本など一部の国だけが取り入れていない方式です。オフセットとはいわゆるバーター取引のことで、装備品を輸入する国がその見返りとなる付帯条件を輸出国に提示することです。たとえば戦闘機を買う代わりに日本の水陸両用装甲車を買ってもらうとか、最新の装備品の組み立てを日本国内でライセンス生産させるといったことです。もう1つの方式は、装備品とは直接関係のないサービスの提供を行うこと。たとえば武器とは何の関係もない工場を輸入国に誘致させるとか、武器を買う代わりに自国の農産物を買ってもらうといった方式です。日本ではこれまで後者の事例は皆無です。

――海外ではどのような事例があるのでしょうか。

中谷 たとえばスウェーデンのサーブ社からブラジルがグリペン戦闘機を購入するにあたって、同機のブラジルでのライセンス生産を認めさせたというケースや、英国のBAE社がサウジアラビアに戦闘機を売却した際、同社がサウジに対して製糖工場や製薬工場、石油化学工場などの建設支援や投資等を提供したという事例があります。

――武器を購入する見返りに農産物を輸出するということは、戦闘機を輸入する見返りにコメを輸出するといったことも可能なのでしょうか。

中谷 可能です。たとえばタイでは、米国からF-16戦闘機を購入するのと冷凍鶏肉が交換条件になったことがあります。日本の場合、農産物だったらコメとか和牛肉、果物などを交換条件にするといったことも、考えられるでしょう。

中谷元・元防衛相 撮影:高山浩数
中谷元氏 撮影:高山浩数

インドのオフセット率の相場は50%?

――どうしてオフセット取引が必要だとお考えになるのでしょうか。

中谷 これまで日本は米国から装備を輸入する際、日本の防衛産業の技術向上、防衛生産基盤の維持強化のために、ライセンス生産や国内での最終組み立て、日本企業の共同開発参画といった取り組みを進めてきました。しかしながら近年は機密性の高い装備品の機密保護に厳しくなっており、そうした取り組みに応じるケースが激減しています。また、装備品の値段は先方の「言い値」になることがほとんどで、日本は不当に高い買い物をさせられている可能性もある。オフセットを導入すれば、購入金額が高くなればなるほど、それと引き換えに高額な物を買わなければならなくなるので、言い値に抑制が働く可能性がある。現在、圧倒的な「売り手市場」となっている日本の弱い立場を改善するためにも有効なのです。

――バーター取引の金額やパーセンテージの決め方には、ルールはあるのでしょうか。

中谷 インドは基本的にオフセットを制度化していて、3000万ドルを超える案件はオフセット率の下限が30%、現在は50%のオフセット率が相場と言われています。しかし、欧州では100%やそれ以上の事例もあり、オフセット率は国によって異なります。

――昔の例ですが、フランスが1980年代に米国からAWACS(早期警戒管制機)を3機買った代金が8億ドル。ところがその時、オフセット率が130%という金額が設定されていて、その結果、米国はフランスからジェットエンジンを大量に購入せざるを得なくなったという事例もあったようですが……。

中谷 そうですね。各国にはそれぞれ自国で開発した優れた武器・装備品があり、その多くは防衛機密として国が保護しています。米国としてもフランスのジェットエンジンなどの特殊技術が欲しかったので、無益な買い物ではなかった。フランスも高い買い物をしたわけですが、仏国内の防衛産業にとって非常にメリットがあったので、ウィンウィンの取引だったのではないかと思います。

――もし、日本がオフセットをやるとしたら、どうやって取り進めるべきか、具体的なお考えはありますか。

中谷 オフセット取引には省庁間の調整が必要になります。輸出入に関することは経済産業省の管轄なので、防衛省だけで決めるわけにはいかない。経産省との間でしっかりルール作りを行う必要があります。防衛装備の海外移転(装備の輸出)についてはそれぞれ個別に判断することになっていますので、政府が後押しすれば実現は可能です。

日本製防衛装備の輸出は政府の後押しが必要

――ということは、菅義偉首相がやると言ったらできるということですか。

中谷 今はそういう動きはありませんが、まずはやるということを意思表示する必要があるでしょう。オフセットの導入にはどういう手続きが必要なのか、検討会を開き、環境整備を行うことが重要です。

――菅首相は携帯電話料金の引き下げやNHKの受信料の値下げなど、目に見える実利的なことに熱心なように見えます。菅首相や岸信夫防衛相に中谷さんからお話しされたことは?

中谷 国会の質問でもオフセットについては必要だと質問していますし、2020年11月末の安全保障委員会でもオフセットの必要性について政府に質しました。

――2021年度の予算案では、「適切な海外移転の推進」という項目があり、約6億円を計上しています。これはわが国が開発した優れた防衛装備品を海外にも積極的に輸出しようというものですが、これについてはどんなお考えですか。

中谷 わが国の防衛産業の基盤整備・発展のためにも、また同盟関係にある国々と装備品が共通の物があれば、共同軍事演習の際に連携がスムーズにいくといった期待もあります。また、日本製の優れた装備品で他国の安全保障能力を向上させることができれば、日本の評価も高まります。

――わが国がこれから装備品の輸出を推進する上でも、オフセットは課題になりますね。輸入国からの要求にどう対応するかということをあらかじめ取り決めておく必要があります。

中谷 それは交渉事ですから、どうなるか分かりませんが、先ほど申し上げたインドなどは制度として定められていますし、米国もオフセットを要求してくる可能性はある。それは受けざるを得ないと思います。装備品を輸出する場合、その一つ一つに経済産業省の担当部局の認可を得なければならず、企業は装備品が経済産業省に認められるかどうかということで振り回される。メーカーは装備品が輸出できるかどうかのリスクがあったら、作ってくれませんし、利益も出ないとなったら、全く作る意思もなくなってしまうので、政府が何らかの保証をして支援する必要があります。

――オフセットの導入は21年度には間に合うのでしょうか。

中谷 働きかけはしているのですが、難しいですね。「武器輸出三原則」の時代は武器の輸出は長らく事実上不可能な状態にありましたが、今は「防衛装備移転三原則」により防衛装備の移転は可能になりました。しかし、いざ装備を輸出しようとすれば、野党が「武器を売るのか」と国会で争点にしてくる可能性もある。日本の場合はまだまだハードルが高いところがあります。しかしながら、緊迫する東アジア情勢を鑑みれば、総合ミサイル防空能力や宇宙領域における防衛能力強化など、これから安全保障の問題は喫緊の課題で、わが国の財政事情も厳しさを増す中、今後、オフセットは真剣に検討すべき重要なテーマだと思います。

バナー写真:タイのF-16戦闘機(左、US Indo-Pacific Command)と鶏(右、共同)

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