RCEP合意:日中韓貿易の利点を生かせ、「インド不参加」のデメリットは誇張

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東アジア包括的経済連携(RCEP)が2020年11月、約8年越しの交渉の末、署名された。インドの不参加で中国へのけん制が難しくなったという懸念も一部で出ているが、果たしてそうだろうか。むしろ、政治的対立が足かせとなって交渉が進展しなかった日中韓の自由貿易協定(FTA)が、東南アジア諸国連合(ASEAN)という結節点を得て、3カ国全てが参加する地域貿易協定として実現したのは重要と言える。

活発化した地域経済統合

世界的な新型コロナウイルスの感染拡大によって保護主義のいっそうの高まりが懸念される中、経済規模や発展水準など、さまざまな面で多様なメンバー間で、あらためて地域経済統合を進めるという方向性がRCEP合意で確認されたことの意義は大きい。今後も自由で開かれた国際経済秩序を維持する、という東アジア諸国の政治的メッセージとして、世界に対して大きなインパクトを持つ。

RCEPは、1990年代末以来アジアで活発化していた地域経済統合の試みの延長線上にある。2010年代においては、これと並行して環太平洋連携協定(TPP)交渉も進められ、15年12月にはASEAN共同体の設立が宣言されるなど、多国間での経済統合に向けた動きが本格化した。

さらに、中国からは「一帯一路」構想が提唱され、日本やアメリカからはそれぞれ「自由で開かれたインド太平洋」戦略が打ち出された。このように、2010年代は複数国を擁する「面」の連携強化や統合を謳うさまざまな構想や交渉が進んだのである。

ASEAN主導の枠組みとしてのRCEP

一方、インドの不参加でRCEPを中国主導の枠組みとする見方が散見されるが、長期的な地域経済統合のこれまでの流れを前提として評価すべきであり、単純なパワー・ポリティクス的ゼロサムゲームの構図に当てはめて考えることはその本質を見誤る。

確かにアジアにおける「面」の連携強化や統合へ向けた動きの活発化は、一面では中国の目覚ましい台頭による地域内のパワーバランスの変化や、それに伴う米中間対立の激化といったアジアにおける地政学的な変化と深く結びついている。しかし、アジアにおける地政学的状況を、アメリカと中国どちらが地域の覇権を握るのか、といった対立構図に還元して理解するのは単純に過ぎる。

まず、そのような見方は、日本やASEAN諸国といった地域のミドルパワーや小国の動きの重要性を見落としている。RCEP合意は一部の大国のみの意思で実現したわけではなく、経済の規模や発展水準などで多様性を抱える国の間での交渉の結果もたらされたものである。

例えば、RCEP交渉がASEAN主導、あるいは「ASEANの中心性」に配慮しながら進められるべきことは、2012年に採択された交渉のためのガイドラインにも明確に示されていた。実際の交渉においてもASEANが主導的役割を果たすことついて、中国や日本をはじめ他の交渉参加国が相当の配慮をしていたという印象がある。

そして東アジア地域の経済発展の動きも踏まえる必要があろう。現在、国境を越えるサプライチェーンの深化・拡大が発展を促しており、この「21世紀型貿易」が同地域の成長をけん引している。サプライチェーンは、モノ、ヒト、アイデア、国境を越える円滑な投資フローによって成り立っており、その一つでも滞ると深刻な障害となる。

RCEPの概要(共同)
RCEPの概要(共同)

日本、中国、韓国、そしてASEAN諸国といった東アジア諸国は、こうしたサプライチェーンを広げ、またそこに参入し、その度合いを深めることを通じて発展してきた。そしてサプライチェーンの拡大・深化のため、モノ、ヒト、アイデア、投資の双方向の円滑なフローを実現させ得るビジネス環境の整備として、RCEP合意が国際ルール構築に一定程度成功したことこそが重要なのである。

中国に課されたルール

特に原産地規則、サービス貿易、投資、知的財産権について、「ASEAN+1」のFTAや現行の国際協定にはない、投資や知的財産権に関する取り決めが含まれていることは注目に値する。

そして電子商取引についても、公共の政策上及び安全保障上の理由での制限を課すことを防げないという条件付きで、データローカライゼーション(越境データ移転を制限したり国内保存を要求したりすること)の禁止規定やデータフリーフロー(データの国境を越える自由な移転)に関する規定が盛り込まれたことは評価できる。

中国にとって、RCEPは投資や知的財産権などに関する規定を初めて受け入れることになった協定であり、むしろ中国に一定のルールを課すことに留意すべきであろう。広範な免除や特例が認められているのは、むしろASEANの後発国である。一例を挙げれば、投資に関する最恵国待遇義務についてはカンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムは免除されている。

ただ、コロナ下の2020年にあっても、中国―ASEAN間の貿易は拡大し、また中国からの投資も拡大している。そしてRCEPがサプライチェーンの深化・拡大をもって発展につなげることを目指す取り決めである以上、既にこの地域のサプライチェーンにおいて大きな存在感を示している中国経済の求心力は増していくと考えられる。

中国が、その経済活動に一定の規律を課すルール策定に参加したことの意味は大きい。共通のルールの枠外にあって批判にさらされる中国よりも、共通のルールの順守を主張しつつ発展を目指す中国の方がより手ごわいことは明らかである。

インドの不参加問題

さて、インド不参加の影響をどう考えるべきだろうか。同国の名目国内総生産(GDP)は2兆8000億ドル(約300兆円)と世界5番目の経済規模であるが、約14兆ドルの中国には遠く及ばず、約5兆1000億ドルの日本の6割ほどである。また経済統合を進めているASEAN全体のGDPは3兆2346億ドルと、インドを上回っている。少なくとも現時点において「中国をけん制」できる経済規模といえるのかは微妙である。

また、インドは恒常的な貿易赤字国であるが、中でも中国、日本、韓国、ASEAN諸国といった多くのRCEP交渉参加国との貿易赤字は拡大している。2018年におけるインドの他の参加国との貿易赤字は1085億ドル、中でも中国との貿易赤字は573億ドル、ASEAN諸国全体との貿易赤字は211億ドルにも上っている。

他のメンバー国に対する貿易赤字や、その拡大への懸念は、インドのRCEPからの離脱を促した大きな要因の一つである。国内の製造業のみならず農民や酪農業も強い反発を示し、最大野党の国民会議派からも厳しい批判が出ていた。さらに19年には、製造業や建設業の不振で経済が減速傾向にあったことも、インドがRCEPにとどまるのを困難にした。

人口規模(約13億人)を考えると、将来市場としての魅力があることも理解できる。また、モディ政権は「メイク・イン・インディア」と称される一連の製造業振興プログラムを打ち出し、海外からの直接投資の積極的な呼び込みを図ろうと努力もしてきた。このため、インドが将来RCEPに参加する可能性はゼロではないだろう。

ただ、その際には保護主義を排し、国内におけるいっそうの規制撤廃に踏み切り、国境を越えたサプライチェーンへの参入の度合いを高めることが自国の発展を促すための最適の選択である、という認識が同国の政策エリートの間でより広く共有される必要がある。

日本は多国間の枠組み活用を

RCEPは日本にとってどのような意義があるだろうか。ASEANという結節点を得て事実上、日中韓3国が同じFTAに加盟できたことは、市場アクセスの観点からも、またビジネス環境整備のためのルールを共有できたという点からも非常に重要である。さらに、RCEPを活用し、日系企業がサプライチェーンの多元化を図っていくことは、日本経済の強靱(きょうじん)化をもたらすだろうし、域内全体の経済の底上げにもつながり得る。

他方、RCEPは市場原理にけん引された国境を越えたサプライチェーンの拡大を促すことを通じた発展を目指しているが、そこに参入し得た経済主体や地域と、そうでないところとの間の格差を生み、環境問題をはじめとする公共の利益を損なう事態も引き起こしかねない。

これは、自由で開かれた国際経済秩序そのものの抱える陥穽(かんせい)でもある。特に指摘されているのが、RCEPには労働や環境といった章が存在しないことである。日本は「公正かつ持続可能な発展」を実現させるためのルールをRCEPに盛り込むべく尽力すべきである。

地域秩序の変容により不確実性が高まる中で、伝統的な2国間外交のみならず、多国間の枠組みの活用が日本外交にとっていっそう重要になっている。日本はRCEPのみならず環太平洋パートナーシップ協定にも加盟し、「自由で開かれたアジア太平洋」戦略を進めようとしている。このようなさまざまな枠組みに参加し、自らも多国間連携の構想を打ち出すなど、多国間の枠組みを多層的に活用することでリスクをヘッジしつつ、新たな地域秩序の在り方に貢献することが、日本に今後求められる役割であるといえよう。

バナー写真:RCEPの閣僚会合に出席した梶山経産相(共同)

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