ミャンマーの国軍クーデターで生まれる「空白」を狙う中国:日本のアジア外交に大きな打撃

国際 政治・外交

ミャンマーで事実上のクーデターが起き、国軍がアウンサン・スー・チー国家顧問らを拘束し、政権掌握を発表した。民主化のプロセスが始まって10年余り。2度の民主選挙を経たミャンマーで、なぜ国軍が全てを無にするような行動に出たのか。スー・チー氏率いる与党と国軍の双方にパイプを持ち、ミャンマー関係を重視してきた日本外交にとっては大きな打撃で、中国にとっては千載一遇のチャンスになる恐れがある。

周到に準備された「国軍クーデター」

2月1日、世界に衝撃が走った。ミャンマーのアウンサン・スー・チー国家顧問ら政権の重要閣僚が国軍によって拘束され、非常事態が宣言されると同時に、ミン・アウン・フライン国軍最高司令官が三権を掌握した。国軍の説明によれば、今回の「決起」の理由は、昨年11月の総選挙で、政権による「大規模な不正」があったためだという。

国軍は総選挙を無効だとして、国軍管轄下で一年後に総選挙を再実施することを表明した。1日には、総選挙で選ばれた議員による国会が初招集される予定になっていたが、その出先をくじく形で、事実上の軍事クーデターが起き、10年を費やしてきた民主化プロセスはもろくも崩れ去った。

ネットの遮断も行われていると伝えられる。放送局も軍の支配下に置かれた。これだけのことがわずか1日で行われたところからすれば、かなり周到に準備されていた見ていいだろう。今後かなりの期間にわたり、国軍が政権を握っていく可能性は高い。

11月の総選挙ではスー・チー氏率いる国民民主連盟(NLD)が上下院議席の8割を獲得する地滑り的な圧勝を遂げた。コロナ禍の中でも投票率は7割を超えており、今回の国軍による行動は、その民意を踏みにじる暴挙であることは言うまでもない。日本を含めた国際選挙監視団も選挙が公正に行われたと認めており、人口の5分の1に達する1000万人の有権者名簿に不備があったとする国軍の主張をそのまま受け入れることはできない。

国際社会の声と一線を画す中国

今後、民衆による抗議デモが起き、弾圧で流血を招くという悪循環に陥らないかが心配だが、一方で、国際関係への影響も大きい。ミャンマーは、アジアにおいて中国、インド、タイと国境を接する地政学的に重要な位置にあり、人口5400万人を有し、豊富な鉱物資源を持つ地域大国だ。近年、日本と中国はこのミャンマーに対して、外交的な影響力を競い合っていた。

今後の軍部の政権掌握が長期化すれば、かねてからミャンマーへの影響力拡大に野心を持っていたと目される中国の動向は注視しなければならない。欧米各国や日本が国軍に対して強い批判の声を上げる中で、中国政府は「不一致を適切に解決し、政治と社会の安定を守ることを望む」という中立的なコメントに抑えた。

ミャンマーに対する欧米社会の制裁発動は不可避だろう。合わせて、国連機関や国際的NGOの支援も難しくなる。もとよりロヒンギャ問題を人道的危機ととらえていた欧米社会は、ミャンマーと距離を置いていた。ミャンマーにおける国際社会の不在の時期が長引けば、中国がその間隙を縫って入り込んでくるかもしれない。

「一帯一路」のインフラ計画に追い風?

中国が掲げている経済圏構想「一帯一路」の中で、東南アジアへの進出は特に重要な部分を成している。中東からの石油・天然ガスの輸送において、もし、何らかの原因でインド洋から南シナ海をめぐって中国まで運んでくることができなくなれば、巨大な経済規模を有するに至った中国経済の命脈は絶たれてしまう。そのリスクヘッジのために、インド洋から直接、中国に輸送できるルートの確保は一帯一路の隠された目的でもある。

ミャンマーにおいては、海に面したラカイン州のチャウピュー港から中国に通じる原油パイプラインがすでに建設されたのみならず、中国・ミャンマー間の鉄道建設計画を打ち出している。また、ミャンマーを流れる大河・イラワジ河上流に計画している巨大ダム「ミッソンダム」は中国政府の肝いりで軍部が中心になって進めていたものだが、民主化後の反対運動の盛り上がりもあって、中断していた。こうしたプロジェクトも動き出させていく可能性がある。中国と国軍のつながりは深いものがあり、利権の絡んだプロジェクトで軍内部に人脈を作り上げているとされる。

苦しい立場の日本

一方、ミャンマー国軍はその成り立ちが戦前の日本軍と深い関係にあることもあり、日本に対しては基本的に友好的な感情を抱いている。笹川陽平・ミャンマー国民和解担当日本政府代表も、今回クーデターで政権を握ったミン・アウン・フライン最高司令官と面会を重ねている。ただ、日本政府全体としては、今後動きが取りにくくなることは確実だ。欧米各国、特に人権を重視するバイデン民主党政権が発足したばかりの米国が厳しい態度をとることは不可避で、それが中国を利することになるジレンマに直面するだろう。

日本政府は現在、政府開発援助(ODA)が減少傾向にある中で、対ミャンマー支援は一貫して高い水準を維持してきている。円借款・無償援助あわせて年間1500億円以上を提供している最大のドナー国だ。戦後の日本が歴史的に日緬関係を重視してきたこともあるが、日本の国際戦略における対中牽制という意味でも、ミャンマーを全面的な親中国家にしてはならないという目的があったことも間違いない。

特に日本が掲げる外交方針「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の実現のためにも、民主主義体制であるミャンマーの存在は大切であった。その意味でも、今回の国軍の突然の行動は計算外であり、日本外交にとっても手痛い一撃だと言えるだろう。

根深いミャンマーの政治対立

国軍がクーデターに踏み切った理由はまだはっきりしないが、スー・チー政権との間に感情的な対立が深まっていたことは関係しているだろう。憲法改正を目指して、国会における国軍への割り当て議席(4分の1)を削ることを与党NLDは目指していた。総選挙でも、NLDは武装勢力が活発化しているラカイン州での選挙実施の中止を決め、選挙の再開を求める国軍の要望をはねつけていた。

長く続いた少数民族武装勢力との対立の解消はミャンマー最大の課題であり、スー・チー政権の誕生後、和解交渉の進展が期待されたが、スー・チー氏はなぜか一貫して武装勢力との対話に積極的ではなかった。むしろ国軍統治時代のほうが少数民族武装勢力との和平合意が進んだ経緯もあり、国軍だけでなく、少数民族の間にも不満が広がっていたのは確かだ。

ところがスー・チー氏に対する大衆の人気は衰えることなく、与党NLDは総選挙で圧勝。国軍系の政党が議席を減らしたこともあり、焦りが頂点に達したミン・アウン・フライン最高司令官ら国軍幹部が、国会の始まる前に一気に決着をつける手段に訴えたとも考えられる。

「総選挙で不正があった」と国軍は声明を出しているが、あくまで表向きの理由であって、本当のところはスー・チー氏に対して溜め込んでいた不満が抑えきれずに爆発したと見るべきだろう。対立の根は非常に深いものがあり、短期的な解決は容易ではない。混乱が長期化するほど、日本は難しい立場に置かれ、中国にとっては逆にチャンスが広がることになると見ていいかもしれない。

(2021年2月3日 記)

バナー写真:ミャンマーでアウン・サン・スー・チー国家顧問が拘束されたことを受け、国連大学前で国軍に対する抗議集会を開いたミャンマー人ら=2021年2月1日、東京都渋谷区(共同)

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