バイデン政権:「脱炭素」が米中覇権争いの焦点、協調迫られる日本

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多国間協調への回帰を掲げた米国のバイデン政権が発足した。外交の現場では儀礼に基づく、ある意味では予見可能な駆け引きが復活しそうだ。しかし、「気候変動対策が米中対立の新たな前線になる」(米外交筋)というように、中国との覇権争いは続く公算が大きい。バイデン政権は日本や欧州連合(EU)に対しても、「脱炭素」分野での協力を求める姿勢だ。

就任初日にパリ協定復帰

バイデン大統領は就任した1月20日に、トランプ前政権が離脱した温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」への復帰を指示し、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガス排出量を実質的にゼロにする「ゼロエミッション」の目標設定に向かった。

バイデン政権の「クリーンエネルギー革命」は、4年間に環境・インフラ部門に2兆ドル(約210兆円)を財政支出し、エネルギー分野の技術革新研究に10年間で4000億ドルを投資する政策だ。またクリーンエネルギー産業で1000万人の雇用を創出する目標を設定。温室効果ガス削減義務を怠った国・地域を特定するほか、輸入品の一部に炭素に関わる国境調整課金を賦課する案も示している。

既にジョン・ケリー元国務長官が地球温暖化問題の大統領特使に就き、国家安全保障会議(NSC)の中核として動き始めた。また、バイデン政権は4月22日、中国や日本を含む主要排出国による首脳会議(サミット)を開くことを予定しており、11月に英国で開催予定の国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)に向け、温暖化対策や脱炭素に関するルール形成での国際指導力の発揮を目指す。

温暖化対策で中国をけん制

こうした米国の温暖化対策強化は、米国内の雇用・産業を振興すると同時に、中国に協調と改革を迫る狙いがある。バイデン氏は昨年、米外交誌フォーリン・アフェアーズに「Why America must lead again (なぜ米国が指導力を再び発揮すべきなのか)」と題した論考を寄稿した。そこでは、気候変動対策を「中国と共同歩調を取ることも可能な分野」と指摘。

一方で「米国がクリーンエネルギー、量子コンピューター、人工知能(AI)、5G(高速大容量通信規格)、高速鉄道、がん克服で中国の後塵(こうじん)を拝する理由はない」と記し、中国の広域経済圏「一帯一路」を通じた石炭火力発電輸出については「不当で汚い」と、是正を迫る考えを示していた。

中国は世界最大の排出国だが、習近平国家主席は昨年9月、2060年までに温室効果ガスの排出実質ゼロを目指すと宣言した。情報の集積と大量投資によって発電や電気自動車(EV)分野の技術革新を進め、国際的な影響力の拡大を模索している。

バイデン政権はクリーンエネルギー政策を通じて、先進的な温暖化対策を講じるEUと歩調を合わせ、「新たなルールや規格づくりで中国に対峙する」(外交筋)構えのようだ。こうした米国の姿勢に反発するかのように、中国の習主席は1月下旬、世界経済フォーラムのオンライン会議で「新冷戦によって他国を脅し制裁すれば、世界を分裂と対立に向かわせる」と表明した。

日本のゼロエミ表明「ぎりぎりのタイミング」

日本にとって、米国のクリーンエネルギーへの転換は、対中強硬姿勢とは別に、難しい問題をはらんでいる。日本は10年前の東京電力福島第1原発事故後、化石燃料発電への依存度が高まり、直近では85.5%となった。米国がEU同様の先進的な環境規制に突き進めば、日本は電力の制約の中で、米欧基準に合わせた産業構造の変革を迫られる。

菅義偉首相は、米大統領選直前の昨年10月26日、2050年までの実質ゼロエミッションを表明した。さらに昨年12月には実質ゼロの実現に向けた「グリーン成長戦略」を公表し、EVや洋上風力など14分野の目標・工程を設定。結果的には、バイデン政権発足による国際的なバランスの変化に対応する形となった。経済産業省幹部は「特にゼロエミ表明は、バイデン氏の選挙勝利前のぎりぎりのタイミングだった」と語っている。

だが、米政権のクリーンエネルギー政策が本格化するのはこれからだ。ケリー大統領特使は石炭火力発電の増設や資金拠出を強く批判しており、化石燃料依存度が高い日本のエネルギー業界は「他人事ではない」(大手電力関係者)と動向を警戒する。

今後の日米間の経済外交は、温暖化対策をめぐる政策協議やEVなどの技術協力、関連部品のサプライチェーン(供給網)の強靱(きょうじん)化などが「重要なテーマに設定される」(外務省幹部)見通しだ。

産業改革迫られる日本

日本にとって、今後の対米政策の重要な節目は、菅首相とバイデン大統領の対面による首脳会談となりそうだ。日米両政府は1月下旬、電話での首脳会談を実施し、コロナ感染拡大の行方を見極めながら、4月22日の主要排出国サミットに合わせて直接会談を目指すことを確認した。外交関係者は「バイデン氏がどの程度、温暖化対策に関する投資や技術協力を要求してくるかが焦点になる」と語る。

さらに日本政府関係者は、夏にシンガポールで開催する世界経済フォーラムに合わせ、「バイデン政権発足後初の日米欧貿易相会合を開きたい」と語っている。同会合はトランプ前政権下の2017年12月、衝突しがちな米国とEUの間を日本政府が取り持つ形でスタートした閣僚協議だ。これまで、中国を念頭に置いた「第三国」に対し、知的財産権保護や貿易措置の透明性向上を促す場だったが、バイデン政権では「温暖化を巡る政策連携や『第三国』対応もテーマに加わる」(経産省幹部)とされる。

日本はEVの生産や普及に出遅れたが、EV用電池の研究・開発、生産機器の省エネ化などでは競争力を維持してきた。しかし、温暖化対策を主軸とした産業改革が米欧、中国などで加速すれば、EVを前提とした排出規制や再生エネルギーの活用など一段の対応を求められる。そうなれば、ハイブリッド車を主軸とした日本の自動車産業や、それを前提とした政策が揺らぐのは必至だ。

中国がEV分野などで存在感を示す中、現時点で日本は「中国の国家管理主義的な政策を受容することはあり得ない」(政府関係者)との立場。現状の電力構成を前提にするならば、「EUの先鋭的な環境政策にも同調しにくい」(同)という現実もある。自ずとEUに寄りがちなバイデン政権に日本の立場を説明し、連携を求めていくことが重要になる。

有志国で米国に「関与」促す

一方、政権交代に伴い米国の通商政策は変わるのかどうかも関心の的だ。米国内ではグローバリズムへの懐疑が広がっており、バイデン政権に「関与」を促さなければ、米国内の内向き志向が勢い付き、自由貿易が生命線の日本にとっては悩ましい事態となりかねない。

米ピーターソン国際経済研究所のチャド・バウン上席研究員は、「国内分断の修復と雇用・産業創出を優先するバイデン政権が、最初期から自由貿易を志向する可能性は低い」と指摘。日本の外務省幹部たちも、2020年1月に発効した日米貿易協定の第2段階交渉や、トランプ前政権が17年に離脱した環太平洋連携協定(TPP)への米国復帰などは「進まない」と口をそろえる。

外交関係者の間では、「どのように米国の関与を引き出せるのか」と危機感は強く、バウン氏ら日米欧の研究者6人はバイデン大統領の就任に合わせ、「Getting America back in the game : A multilateral perspective (米国をゲームへ戻す:多国間協調への展望)」と題する提言を公表。日欧などの有志国が通商協議の枠組みを活用し、新型コロナウイルス危機対応など個別課題に米国を巻き込むべきだと表明。米国を関与させた上で、国際的なルールを整えようとしてきた日米欧貿易相会合を「一つのモデル」と位置付けた。

17年に同会合立ち上げに関わった経産省幹部は、「同盟国への関税引き上げに動き出した当時の米国に、日米欧で連携して中国をけん制する重要性を認識させた」と語り、バイデン政権でも重要な協議の場になると指摘している。

バナー写真:外交方針演説を行うバイデン米大統領(ロイター=共同)

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