森「オールジャパン体制」崩壊で得たスポーツ界の教訓-東京五輪の課題(8)

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女性蔑視発言をした東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が、五輪開幕まで5カ月余と迫る中、辞任に追い込まれた。元首相の森氏が、国内スポーツ界を束ねる日本体育協会(現・日本スポーツ協会)の会長に就任してから16年。この間、五輪を中心に日本のスポーツを取り巻く構造は大きく変わった。森氏の「退場劇」によって、スポーツ界はどんな教訓を得たのか――。

潮目が変わった2005年

あれは2005年の春先だったと記憶している。本社のデスクから帰宅途中に連絡を受けた。「体協の会長に森さんが内定したらしい。裏を取ってくれ」。

日本体育協会の会長候補者選考委員会の委員長を務めていたのは、元日本サッカー協会会長の長沼健さん(故人)だった。自宅に電話すると、長沼さんが出た。「なぜ政治家を会長に据えるのですか? また政治介入を招くのではないですか?」と聞く私に、長沼委員長は「財界からの起用を考えたが、適任者は見当たらなかったよ」と応じ、森氏に絞り込んだことを認めた。

当時の日本スポーツ界は、政治と一定の距離を保っていた。政府方針に従って不参加となった1980年モスクワ五輪の教訓が残っていたからだ。

体協傘下にあった日本オリンピック委員会(JOC)は、89年に財団法人として独立した。体協会長も95年以降、元昭和エンジニアリング社長の安西孝之氏が務め、05年3月に任期満了で退くことになっていた。

当時、スポーツ界の「ドン」と呼ばれていたのは、プロ野球・西武ライオンズのオーナーであり、JOCの初代会長を務めた西武鉄道グループの総帥、堤義明氏だった。特に五輪関係の重要事項は堤氏の決裁が必要だった。

堤氏が会長を務めるコクド本社は東京・原宿にあった。このため、関係者は堤氏のことを隠語のように「原宿」と呼び、「原宿はどう考えているのか」とその意向を常に気にしていた。しかし、堤氏は証券取引法違反容疑で05年3月に逮捕され、スポーツ界からも失脚した。

そのタイミングで森氏が体協会長となり、その後、JOCの理事にも就任。大物政治家の登場により、スポーツ界の司令塔は「原宿」から「永田町」へと移っていく。

体協会長の就任記者会見で、私は「モスクワ五輪についてどういう歴史認識を持っているのか」と質問したが、森氏は「政治が圧力をかけたのではなく、競技団体が自ら判断したものと理解している」と平然と答えた。問題の本質をはぐらかす政治家のコメントに聞こえた。

「スポーツ立国」の思想の下で

森氏は日本ラグビー協会の会長にも就き、他にも自民党の政治家が次々と競技団体のトップに座るようになった。スポーツ界としても、国の補助金を得るには好都合だった。バブル崩壊後、各団体はスポンサー集めに苦しみ、企業スポーツの休廃部が相次いで、選手たちも活動基盤を失うケースが多くなっていた。

中でもスポーツ界は、日本代表の強化拠点となる国立のナショナルトレーニングセンターの建設を歓迎した。東京・西が丘に完成したのは07年12月。北京五輪を翌年に控えていた頃だ。小泉純一郎首相が「北京五輪に間に合うように」と建設を急がせ、予定よりも早くできあがった。

同時に進行していたのは、国のスポーツ振興基本計画に基づく「メダル倍増計画」だった。96年アトランタ五輪の時に1・7%にまで落ち込んだ日本のメダル獲得率(メダル総数に対する獲得数)を早期に3・5%にまで伸ばすというものだ。政策目標として競技力向上が数値化され、「国がカネを出すのだから、結果を出せ」とばかりにメダル至上主義が加速した。

各競技団体に対して、国庫補助金や文部科学省の外郭団体が実施するスポーツ振興くじ(toto)からの助成金が増した。しかし、その一方でJOCに加盟する複数の団体では、補助金や助成金の不適正処理が横行した。そのたびにスポーツ界への国家監視は強まり、結果的には国に対して服従せざるを得ない風潮が進んだ。その点ではスポーツ界にも大きな責任がある。

国によるスポーツへの関与はさらに増していった。11年には「スポーツ立国の実現を目指し、国家戦略として、スポーツに関する施策を総合的かつ計画的に推進する」と謳うスポーツ基本法が成立。15年には文科省の外局としてスポーツ庁が発足した。

こうした流れの中で、スポーツ界の主体性は失われていった。スポーツによって、日本国家の活力を示すという「スポーツ立国」の思想は、国威発揚の思想そのものだ。

そんな中、13年の国際オリンピック委員会(IOC)総会で、東京が20年東京五輪の開催権を勝ち取ると、国家プロジェクトとして、政治主導の体制はますます強化されていく。戦後復興の象徴となった前回東京五輪の熱狂を再びと国民の期待が高まった。その中心で組織委員会会長の座に就き、「オールジャパン体制を」と呼び掛けたのが森氏だ。

相次ぐトラブルの後に渦巻く不安と懸念

森氏が辞任を表明した翌日の毎日新聞朝刊2面には、「招致の中核4氏 開催見届けず……」の見出しとともに、13年の招致出陣式で気勢を上げる森氏、安倍晋三首相、猪瀬直樹・東京都知事、竹田恒和・JOC会長の写真が掲載された。

安倍氏は持病、猪瀬氏は不正な献金疑惑で辞任し、竹田氏は招致活動をめぐる裏金贈賄疑惑で捜査対象となり、任期満了でその座を退いた。

これまでを振り返れば、国立競技場の計画変更や大会エンブレムのデザイン盗用疑惑、マラソン・競歩の札幌移転などがあり、昨年は新型コロナウイルスの感染拡大で史上初の延期が決まった。

相次ぐトラブルに見舞われ、ついに組織委員会の会長も辞任して、関係者が思い描いた「オールジャパン」は崩壊したに等しい。そしてまだ、コロナ下で大会を開催できるのか、という不安と疑念が渦巻いている。

確かに、五輪は政治の協力なくしては開催できない。しかし、スポーツ界からみれば、「森時代」が残した負の側面は拭えない。メダル至上主義と巨大イベントの日本誘致。いずれも国家の存在意義を世界に知らしめるというナショナリズムの下で進められてきたことだ。スポーツ界もそのみこしに乗せられて踊っていたのではないか。

スポーツ界が主体性を取り戻す気概を持たなければ、これからも政治主導の体制は変わらないだろう。大会準備が大混乱に陥った今こそ、スポーツ界のあり方を考える機会にするべきだ。

五輪の価値を問い直し、スポーツ界が発信を

五輪憲章の根本原則の6には、「このオリンピック憲章の定める権利および自由は人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治的またはその他の意見、国あるいは社会的な出身、財産、出自やその他の身分などの理由による、いかなる種類の差別も受けることなく、確実に享受されなければならない」と記されている。女性を蔑視した森氏の発言は、この精神に反すると多くの人が指摘した。

今回の問題に対する抗議は、日本国内だけにとどまらず、海外にも広まった。男女平等や人種差別根絶を願う価値観は、世界で共有できるものだ。

昨年はテニスの大坂なおみが全米オープンで黒人差別被害者の名前が入ったマスクをつけてコートに登場し、話題を呼んだ。その抗議行動をスポーツメーカー「ナイキ」がバックアップし、今回は女性差別に対する抗議の意思を五輪スポンサーが次々と表明した。

辞意を固めた森氏が後任会長就任を打診した川淵三郎氏について、日本の報道機関は引責辞任する会長が進めた「密室人事」だと非難した。しかし、海外メディアの中には違う反応も見られた。

川淵氏の名前が挙がった際、テレビ朝日の取材を受けたフランスの高級紙、ル・モンドの東京特派員、フィリップ・メスメール氏は「後任といわれる川淵氏は、ある意味、合理的な選択だろう。ただ、近隣諸国を動揺させかねない立場を取ってきた人。川淵氏の歴史認識やナショナリズムが災いするかもしれない」と指摘した。

川淵氏は、サッカー・Jリーグの創設やバスケットボール界の内紛を収めてBリーグを発足させ、スポーツ界に大きな功績を残してきた。しかし、猪瀬氏の選挙対策本部長を務めて政治に足を踏み入れ、最近はツイッターで国家主義的な投稿をしばしば繰り返している。外国人記者はそれを見逃さなかった。

五輪やパラリンピックが、国威発揚の下でメダルを競うだけの大会になってはならない。「人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進」がオリンピズムの目的であり、差別排除を掲げる根底には「スポーツをすることは人権の一つ」という考えがある。東京大会を開催するのであれば、その普遍的価値を世界に伝える舞台にしてほしいものだ。

バナー写真:招致出陣式で、気勢を上げる(前列右から)森喜朗・招致委員会評議会議長、安倍晋三首相、猪瀬直樹東京都知事、JOCの竹田恒和会長。「招致4人衆」はいずれも表舞台から姿を消した(肩書はいずれも当時)=東京都庁で2013年8月23日 毎日新聞社/アフロ

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