芸術・文化は「不要不急」か:コロナ下で問われる日本の美術館の「特殊性」と存在価値

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コロナ禍で影響を受けた文化芸術関係者たちは、今後の活動の方向性を探っている。休館や展覧会の延期を余儀なくされた美術館も、さまざまな発信の可能性を模索中だ。全国約400の美術館が参加する「全国美術館会議」会長を務める建畠晢(たてはた・あきら)多摩美術大学学長に、美術館の現状と将来について聞いた。

建畠 晢 TATEHATA Akira

美術批評家・詩人。埼玉県立近代美術館館長・多摩美術大学学長。専門は近現代美術。1947年京都市生まれ、72年早稲田大学文学部仏文学科卒業。国立国際美術館館長、京都市立芸術大学学長などを歴任。「ヴェネチア・ビエンナーレ」日本館コミッショナー(1990、93年)、「横浜トリエンナーレ2001」アーティスティック・ディレクター、「あいちトリエンナーレ2010」芸術監督など、多くの国際美術展を組織し、アジアの近現代美術の企画にも多数参画。主な著書に、詩集『余白のランナー』(1991年)、『問いなき回答 オブジェと彫刻』(1998年)、『未完の過去 絵画とモダニズム』(2000年)。詩集『零度の犬』(2004年)で高見順賞、『死語のレッスン』(2013 年)で萩原朔太郎賞。一般社団法人全国美術館会議会長(2013年~)。

観客不在の展覧会

2020年4月7日に緊急事態宣言が発令されてから宣言解除までの約2カ月間、全国の美術館はほぼ全て休館となった。二度目の宣言下では、大半がソーシャルディスタンス対策を取りながら開館を続け、今後の展覧会の在り方を模索している。

昨年の宣言下では、観客不在の不毛さを思い知らされたと建畠晢氏は言う。

「コロナによる休館前にオープンした展覧会が、休館のまま会期が終了してしまうケースもありました。私自身にも生々しい経験があります。館長を務める県立埼玉近代美術館では、洋画家・森田恒友の現代水墨画を含む作品の展覧会を開催中でした。このときは休館中でも作品の展示替えをせざるを得なかった。繊細な水墨画は照明で傷みやすいため、一定期間展示したら、作品の入れ替えが必要になるからです。再開できるかが不明のまま展示替えをする作業は、むなしいものでした。どんなに素晴らしい展示でも、一般観客に公開されなければ、新聞紙上で正当に評価する場も与えられない。展覧会は広く見られてこそ成立するという当たり前のことを改めて思い知らされました」

「予約制などの“三密対策”を取りながら再開した際、美術館に来られてホッとしたという人が多かった。作品を見るためだけではなく、癒やしの場としても求められていることが分かり、うれしかったですね」

試行錯誤のオンライン発信

前回の宣言時に長く休館を余儀なくされた時、さまざまな美術館がオンラインによる展示公開を試みた。

「展覧会は美術館の空間を体験することでもあります。臨時休館を余儀なくされた際、森美術館、東京国立近代美術館をはじめ、多くの美術館がストリートビュー形式で作品を見て回る疑似体験を提供しました。ただ、最初は新鮮でも、かえって鑑賞の妨げになるという声もある。各美術館は、ストリートビュー以外でも、オンラインならではのアプローチを模索しています。例えば作品をクリックすれば創作者のインタビューが聞ける、あるいは補足資料が読めたり、展示されていない他の作品との比較ができたりするようなやり方です」

コロナが終息しても、オンラインで補完的な発信を充実させていくだろうと建畠氏は言う。

「例えば、美術館の活動には、展示以外に『ミュージアム・エデュケーション』(社会教育の場としての活動)があります。その一環で制作体験のワークショップを設けたりするが、これも、オンラインによる制作体験とリアルなレクチャーの組み合わせで開催することが可能です。例えば、多摩美術大学で行った授業が参考になります。コロナで来日できない留学生たちに、現地で調達できる素材で、自分の部屋の机上で作品を制作させる。そして、制作過程や作品を動画などでアップロードし、批評し合うという形式です。こうした手法は美術館でも応用できるはずです」

大量動員前提の「ブロックバスター展」

日本の美術館には、他国にはない特殊性があると建畠氏は指摘する。新聞社、テレビ局などのマスメディアと共催する「ブロックバスター展」が多いことだ。ゴッホやピカソなど、世界的に人気・知名度の高いアーティストの作品を目玉にした、大量動員が期待できる展覧会を指す。

「美術館とメディアの共催は、双方にメリットがあります。広報・宣伝、カタログ編集や海外との交渉などに要する人材、経費はメディアが受け持ち、美術館は建物および学芸員が専門的知識を提供する。大きな利潤も見込めます。ただし、共催のメリットを享受しているのは、東京をはじめとする大都市の主要美術館に限られ、県立などではほとんどこうした共催がありません」

だが、この慣行はコロナ禍で成立しなくなった。三密対策を取ることで大量動員が見込めないからだ。海外の美術館との交流もままならなくなった。

「ある意味で、美術館本来の姿に立ち戻ったと言えます。そして、観客動員の方向性、社会還元の仕方、観光資源としての価値について、改めて考えるよい機会になりました」

「先進美術館」論争

コロナ禍以前、新しい美術館の在り方に関する政府の構想を巡り論議が巻き起こった。

「観光立国」を目指す第2次安倍政権はインバウンド政策(海外からの観光客誘致)に力を注ぎ、コロナ禍までの約8年間で訪日外国人の数は約4倍に増加した。「美術館の観客の大きな割合を外国人観光客が占めていました」と建畠氏は顧みる。「もちろん、観光資源として成立するのは大いに歓迎すべきことです。でも、美術館にとって大事なのは、経済的メリットだけではありません」

建畠氏は、2018年に政府が打ち出した「リーディング・ミュージアム」(先進美術館)構想に言及する。

同構想では、日本の美術館の財源・運営基盤の脆弱(ぜいじゃく)さを指摘した上で、寄付税制の改正を含め、優れた美術品が指定された「先進美術館」に集まる仕組みを構築するとうたう。美術館が価値の高いコレクションを形成すると同時に、アート市場の活性化に関与し、インバウンド拡大にもつなげることが期待されていた。

「美術界で激しい論議を巻き起こし、全国美術館会議は『美術館が自ら直接的に市場への関与を目的とした活動を行うべきではない』という抗議声明を出しました」

「非営利の社会教育機関」である美術館本来の役割は、それぞれの館の収集方針に基づいて「体系的にコレクションを形成し、良好な状態で保存した状態で次世代に引き継ぐ」ことであり、「投資的な目的とは一線を画す」べきであるというのが、その理由だった。

結局、この構想はアベノミクスの成長戦略には盛り込まれず、現時点で具体化に向けた動きはない。

企画力で勝負したい

方向性は批判を浴びたものの、美術館の財政基盤、組織が脆弱だという「先進美術館」構想の問題意識は、以前から美術界でも共有されていた。大手メディアの人的ネットワークや出資に頼れる共催展は、その弱点を補ってくれる。その一方で企画に縛りがかかると建畠氏は指摘する。

「結局、ブロックバスター前提の企画に集中してしまう。共催展で頻繁にゴッホやピカソの作品を見られるのは望ましいことであるにしても、実験的な企画、相対的に知名度が低い作家は選ばれなくなってしまいます」

欧米の美術館では、メディアとの共催がほとんどない。手厚い公的補助、支援者からの寄付、協賛金などが運営を支えているからだ。美術品寄贈も所得税控除や相続税控除の対象となる。米国の場合、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、メトロポリタン美術館をはじめ、大半が民間財団の運営で、入館料、運用益以外に、寄付が運営資金の柱となっている。

「米国モデルが最良かどうかは検証の余地があるとしても、日本でも寄付に対する税制優遇措置はもっと充実させるべきです。採算だけにとらわれず、企画力で勝負する展覧会を多く開催するためには、企業や個人の寄付で赤字を補えるような体制づくりが必要となる。クラウドファンディングの可能性を探ることも課題の一つでしょう」

コロナ禍のアーティスト救済

皮肉なことに、公立美術館にとって、コロナによる休館は歳出削減にもなる。展覧会を開催すれば、赤字になることが多々あるからだ。いま財政的影響を最も受けているのは、民間の画廊や個々の若手アーティストだと建畠氏は指摘する。

「救済措置として、2020年7月、文化庁、全国美術館会議で話し合い、(一般社団法人)日本美術家連盟と連携してアーティストの認証団体を立ち上げました。そこを通して、『絵を描いたのに個展が開けなかった』などの被害を申告し、文化庁に補助金の申請をする仕組みです」

政府がコロナ対応として組んだ509億円の補正予算「文化芸術活動への緊急総合支援パッケージ」で、文化庁は「文化芸術活動の継続支援事業」を実施した。アーティストへの補助金はこの予算から支給される。もともと舞台芸術関係者を中心とする団体「日本芸能実演家団体協議会」(芸団協)からの働き掛けで実現したもので、美術は当初支援の対象から外れており、土壇場で追加されたという。

「現場からの声が届かなければ国は動かないということです。現代美術は難解だとして一般に敬遠される傾向があることも、美術家への支援の必要性が認識されにくい背景にあるかもしれません。美術館の使命の一つは、現代美術(の面白さ)を、一般社会に浸透させることだと思っています」

結局、アーティスト認証の手続きは煩雑なこともあってなかなか進まず、支給にも時間がかかった。欧米に比べると支援は後手に回った。とはいえ、救済システムが立ち上がり、今も美術館やコンサートホールなど文化施設への直接的な支援方法を検討しているということには希望が持てると建畠氏は言う。

「緩慢なる市民革命」の場

美術館は、地域のメディアとしてさまざまな発信を強化するべきだと建畠氏は考えている。

「美術館は市民社会に支えられなければ、存続し得ない施設です。しかし、市民革命を経験しなかった日本は、市民意識が希薄だとよく言われます。税金が使われているのだから、美術館は自分たちのものだという権利意識を持ってほしい。美術館は『緩慢なる市民革命の場』として、市民意識を育てていく役割があると僕は思っています」

「良い作品を見てもらうことは一義的な使命ですが、ミュージアム・エデュケーションも大事だし、講演会、シンポジウム、コンサートなどの場にもなる。館の空間そのものが情報発信のメディアです。さまざまな可能性がある。例えば、館内を移動してギャラリーにも入り込む、館と一体となった芝居などもやってみたいですね。ブロックバスター展が中心でなくなったとしても、地域コミュニティーの核となるメディアとして、さまざまな発信をしていきたい」

コロナ後も、オンラインの長所を生かした発信は続くだろう。その一方で、美術館でしか成立しない作品の良さも見直されるかもしれない。「サイバースペースでの展示が進むことで、リアルな美がより必要とされる可能性もあります」

世界の美術館は模索を続けている。都市封鎖の長期化で、休館が続く欧米の主要美術館は深刻な運営危機に直面し、人員削減などに踏み切ったと報じられている。日本でも課題は山積しているが、美術館はこれからも社会に必要とされ、果たすべき役割がある―建畠氏はそう信じている。

バナー写真:千葉市は、市美術館で所蔵する浮世絵5点を高精細デジタルで再現し、非接触型の芸術体験ができるデジタルミュージアム「Digital×浮世絵」を2月末まで開催した。市美術館で展示する他、都内の2施設にもオンラインで配信した(2021年1月22日千葉市美術館/時事)

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