日中対峙の尖閣海域:「海警船」に立ち向かう海保巡視船

国際 政治・外交 歴史

日本の領海である沖縄県・尖閣諸島周辺に、中国「海警局」の船が繰り返し侵入している。その海警局に武器使用を認める中国の「海警法」が2月、施行された。緊張が高まる尖閣海域で、ほぼ毎日のように海警船と対峙(たいじ)する海上保安庁(海保)の元幹部に、現地の実情や、中国船侵入の経緯などを聞いた。

海底資源埋蔵の情報で事態一変

尖閣諸島は石垣島から170キロメートルの「絶海の孤島」だ。日本は1895年(明治28年)、他国の支配がないことを慎重に見極め、尖閣諸島を沖縄県に編入して自国の領土とした。この後、日本人が島に居住し、鰹節(かつおぶし)工場などもできた。長い間、尖閣が大きな国際問題になることはなかった。

しかし1969年(昭和44年)、国連の東シナ海での海底資源調査で、尖閣周辺海域に石油や天然ガスなどが埋蔵されている可能性が指摘されてから、事態は大きく変化する。71年に中国と、尖閣に近い台湾が、尖閣は自分たちのものだと独自の主張を始めたのだ。

78年には武装船を含む中国漁船が、1週間に延べ357隻も日本の「海の国土」である領海(岸から12海里=22キロメートル余)に侵入。96年には中国の海洋調査船が領海に侵入してきた。その後も、中国の公船(官庁などに所属した船舶)が尖閣の領海侵入を行った。

2012年に日本政府が尖閣諸島の魚釣島など3島を国有化してから、情勢はさらに悪化した。中国公船が毎月のように領海侵入を続け、領海とつながる接続水域(領海からさらに12海里沖)にはほぼ連日のように“居続ける”状態となり、これが今日まで続いている。この中国公船が、現在、武器使用権限などで日中間だけでなく国際問題になっている海警局の船だ。

尖閣・魚釣島沖で警戒監視中の海上保安庁巡視船=海上保安庁提供
尖閣・魚釣島沖で警戒監視中の海上保安庁巡視船=海上保安庁提供

機関砲を搭載した海警船

尖閣をはじめ沖縄県の沿岸水域を管轄する第11管区海上保安本部のトップである本部長や、海上保安庁の警備救難部長、海上保安監などを務めた秋本茂雄氏(現・海上保安協会理事長)が、尖閣海域での実情を生々しく語った。

「海警船はほとんど4隻の船団で尖閣海域にやって来る。うち1隻には必ず機関砲らしい武器を搭載している。こうした武装船の領海侵入は、実は2015年から確認されている」。機関砲とは、機関銃より大きい砲弾を連射できる、威力あるものだ。

「海保の巡視船は、中国公船が接続水域に入ってきた時からマンツーマン(1対1)で警備し、中国語で『ここは日本の海域である』、領海に入ってきたら『日本領海から退去せよ』と無線や、巡視船の電光掲示板で警告する。そして、中国船がこれ以上中に入らないよう進路規制を行いつつ、長時間にらみあい、領海の外に出す」

「海警船は尖閣領海で操業中の日本漁船を追い掛け回し、接近して圧力をかけてくる。その場合は海保の巡視船が日本漁船と海警船の間に入って、日本漁船の安全を図るが、こうした事態が昨年から頻発している」

尖閣海域の実情を語る秋本茂雄氏(撮影:天野 久樹)
尖閣海域の実情を語る秋本茂雄氏(撮影:天野 久樹)

海警船が2020年10月11日から13日にかけて、日本漁船に追尾して、これまでで最長の57時間39分も領海侵入を続けた。海警法が施行された2月には、領海侵入が6日、延べ14隻、接続水域に入ってきたのは26日、延べ96隻を数え、日中対峙の厳しい状況が常態化している。

「完全に日本の主権が及ぶ領海に入って来て、『ここは自分たちの領海だ』と主張する中国の挑戦的行為は、力で現状変更を目論むもので、それ自体が国際法に違反していると思う」と秋本氏は強く非難する。

軍の傘下に移管した海警局

東シナ海や南シナ海など中国の周辺海域で活動する「海警局」とは何か。中国には国務院(行政分野を相当)の系列で辺防管理局(公安)、国家海洋局(自然資源)、漁業、税関などを担当する部局に分かれていたが、13年に再編統合されて「海警局」となった。さらに18年、海警局は国務院を離れて、中央軍事委員会(軍)の傘下の人民武装警察部隊(武警)に入った。

日本の海上保安庁は国土交通省の外局として設置された「海の警察機関」だ。中国海警局も海保とほぼ同様と思われてきたが、新しく武警に移管したことで、どんな任務と権限を持つのかが不明だった。それを明らかにしたのが、今年1月の全国人民代表大会(国会に相当)で採択された「海警法」である。

武器使用を認めた海警法

それには、日本だけでなく、各国が国際法違反ではないかと憂慮する内容が含まれている。例えば「海上安全保衛」に関する第22条にはこうある。

「国家の主権などが海上で外国の組織、個人により不法な侵害を受け、もしくは切迫した危険に直面した場合、海警機構は本法、関連法規に従い、武器の使用を含む全て必要な措置を講じ、その場の侵害を阻止し、危険を排除する権利を有する」(要旨)

中国が主権侵害されたと判断した時は、海警に武器使用を認めると明記されているだけに、これでは海保の巡視船や日本漁船が発砲される可能性も出てきたのだ。また、海警が防衛作戦もでき、軍事的な性格を持っていると指摘されるようにもなった。

相手の国際法違反の行為に対してであっても、国際法にのっとった対応が必要である。「だから海保は、武力による威嚇または武力行使の禁止、海上法執行活動における過度の実力行使の禁止、軍艦や政府公船の国際法上の位置づけの考慮など、国際法に従った対応を行っている。中国の公船である海警船が領海侵入しても、もどかしいと感じられるかもしれないが、武器は使用せず、冷静かつ毅然と警備している」と秋本氏は話す。

「海警船がさらに領海の中に入ろうとすれば、海保の巡視船は衝突して不測の事態となるのを避けながら、海警船を領海の外に出す。海保巡視船の船長は船を操る技術を相当磨いてはいるが、両船が離れるまで長時間にわたり、相当な緊張を強いられる」

「今度の海警法で、海保は中国側が武器を使う可能性も考えながら対応する必要が出てきた。ただ、それに対して日本側が、撃つ撃たないだけの議論に入ると、中国の思うつぼになってしまう。力と力の議論になって軍事紛争にエスカレートしないよう、あらゆる想定を考慮した周到な準備を行いつつも、いかに忍耐強く、現在の対応を続けるかだと思う」

尖閣海域で中国海警船(奥)とにらみ合う海上保安庁の巡視船(手前)。長時間の緊張が続く=海上保安庁提供
尖閣海域で中国海警船(奥)とにらみ合う海上保安庁の巡視船(手前)。長時間の緊張が続く=海上保安庁提供

中国の狙いは「尖閣を日米安保条約の適用外に」

中国船が尖閣海域に頻繁に現れる目的は、日米安保条約への挑戦だ。バイデン米政権は、米国の対日防衛義務を定めた日米安保条約5条が尖閣に適用されると述べている。3月中旬の日米外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)でも、このことが再確認された。

ただし、安保条約のこの条文は「日本の施政権下にある領域で武力攻撃を受けた時」に日米共同で対処すると定められている。もし中国が日本のすきを突いて尖閣を実質支配するようになれば、竹島のように日米安保条約の適用外になってしまう。中国はそれを狙って、日本との長い戦いに挑んでいるのである。

対する日本は、海上保安庁の体制強化や、後ろに控える自衛隊との連携強化、さらに日米同盟のさらなる深化で対抗している。ただし、巡視船(公船)の数では中国に大きく差を広げられている。

日中の1000トン以上の公船の隻数を比較すると、尖閣国有化をした2012年は海保の巡視船が51で、中国公船41より多かった。しかし、2年後には日本54、中国82と逆転された。海洋進出を図る中国はその後もどんどん公船を増やし、19年には日本が66なのに対し、中国は130とほぼ倍になってしまった。また、海保巡視船の老朽化が進んでいることも議題となっている。

このため、「もし中国公船が大量に尖閣に来たらどうするのか。尖閣の領海と接続水域は四国とほぼ同じくらいの広さがあり、海保は守り切れるのか」と心配する声も政界から出ている。

「尖閣問題は海上保安庁だけではとても解決できるものではない。現場対応体制の強化を図ることはもちろん重要であるが、中国公船は自らの判断で尖閣に来るのではなく、北京政府の指示を受けて来ていると考えられるので、これを止めさせるための政治外交の役割に大いに期待している。また、自由で開かれたインド太平洋の考えをより多くの国と共有していくことも重要だ」。秋本氏は尖閣の海で中国海警船と対決してきた体験からこう訴えた。

バナー写真:尖閣海域で中国海警船(奥)を警戒監視する海上保安庁の巡視船「よなくに」(手前)=海上保安庁提供

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