スエズ運河事故から学ぶ世界海運の最新事情

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エジプトのスエズ運河で2021年3月、日本企業が船主の世界最大級コンテナ船による座礁事故が起きた。1週間にわたって「国際物流の要衝」を塞ぎ、世界貿易に与えた影響額は約4000億円とも試算される。コロナ禍や米中対立でも大きな影響を受けている外航海運の最新事情や、運河について、国際物流が専門の拓殖大学商学部教授、松田琢磨氏に聞く。

松田 琢磨 MATSUDA Takuma

拓殖大学商学部教授(国際物流、海運経済学)。1973年生まれ。筑波大学第三学群社会工学類卒業。東京工業大学大学院理工学研究科博士課程単位取得退学、博士(学術、東京工業大学)。(公財)日本海事センター研究員を経て2020年から現職。日本海運経済学会、国際海運経済学会などに所属。

事故の影響額は最大4000億円か

日本の造船最大手「今治造船」(愛媛県今治市)のグループ企業である海運会社「正栄汽船」が所有し、台湾のコンテナ輸送会社が運航していた「エバーギブン」。全長400m、幅59mで、東京タワー(高さ333m)よりはるかに大きい。1万8000個以上のコンテナを積み、中国からオランダに向かう途中、スエズ運河の南側(紅海)から入って間もない30km地点で座礁した。

世界最大級のコンテナ船エバーギブンの座礁事故で、スエズ運河の運航は1週間止まった(2021年3月29日撮影、エジプト) AFP=時事
世界最大級のコンテナ船エバーギブンの座礁事故で、スエズ運河の運航は1週間止まった(2021年3月29日撮影、エジプト) AFP=時事

幅約250mの運河を斜めに塞いで立ち往生し、世界の海上貨物の約12%が通過するスエズ運河を1週間止めた。このため、運河両岸には422隻が待機を余儀なくされ、世界各地で輸送の遅れが生じた。

今回の運河遮断の影響はどのくらいか。松田教授はこう説明する。

「国際貿易開発会議(UNCTAD)のヤン・ホフマン氏(前国際海運経済学会会長)の試算によると、世界の貿易に与える影響額は22億ドル~36.6億ドル(日本円で約2400億円~4000億円)。この計算を日本に当てはめると貿易への影響額は51.5億円から85.8億円になる」

さらに今回の事故は、世界海運の「運賃上昇」にも影響している。

「最近、コンテナ不足や運賃が高い状況が続いていたが、座礁事故の影響でコンテナの回転がさらに遅滞し、欧州をはじめとした港湾で船舶が混雑している。このため、大西洋方面や欧州方面へのコンテナ運賃が一時的に上昇しており、正常な状態に戻るのを遅らせることになった」と松田教授。

コンテナ不足と運賃上昇が加速

外航海運は国際貿易に欠かせない重要な産業になっている。1960年代以降のグローバル化を進展させたのは、標準化された金属の箱に詰めていろいろな物資を大量に運べるコンテナ化だ。積み下ろしが早く済み、海上輸送と陸上輸送を効率化できることから、コンテナ船が雑貨輸送の主流になった。さらに船舶の大型化が進み、2005年から21年までに積載量は2倍強となった。その超大型船の一つが「エバーギブン」だった。

海運は世界の動きに影響を受けている。松田教授はこう解説する。

松田琢磨教授(天野久樹撮影)
松田琢磨教授(天野久樹撮影)

「米中貿易摩擦が本格化する2018年頃から、コンテナ輸送の勢いが少し衰えて、コンテナの生産が抑制された。そんな中でコロナ禍となり、港湾や物流関係の労働者が外出制限などを受け、荷物の積み下ろしの速度が遅れて、沖待ちの船が増加した。その結果、コンテナの回転も遅れ、コンテナ不足が顕著になった。

同時に、巣ごもり需要が多くの国で起きていた。当初、コロナ禍で荷動きは大きく減少するだろうと悲観的な見方が大勢を占めていた。しかしながらコンテナで運ばれる品目には必需品が多く、需要は底堅かった。さらにネット通販などの物品がコンテナ船で多く運ばれ、コンテナ輸送の需要の増加につながった。需要が供給を上回って、輸送運賃は1年前の3倍近くまで急激に上昇した。そんな状況の中で、今回のスエズ運河事故が発生し、さらなるコンテナ不足と運賃アップが起こった」

世界的な交通の要衝・スエズ運河

今回の事故は改めて運河の重要性を再認識させてくれた。運河の最大の役割はショートカット(近道)で、「スエズ運河は欧州とアジアを結ぶ点で独占力を持っている」と松田教授。

インド洋北西部のアラビア海からイギリス・ロンドンの航行距離は、スエズ運河を通るルートなら、アフリカの喜望峰回りに比べ約8900kmを短縮でき、約半分になる。これによって航行日数を約1週間短くし、燃料コストも約半分に抑えることができる。また、スエズ運河から地中海を進む航路には、貨物の積み下ろしのために寄港できる港も数多くあるので、利用する船が多い。このように、スエズ運河は世界的な交通の要衝となっている。

1869年に開通したスエズ運河は、その後何度かの拡張工事を重ね、一部のタンカーやばら積み船(梱包されていない穀物・鉱石・セメントなどを船倉に入れて運送する貨物船)を除き、世界の船のほとんどはこの運河を通航できる。しかし、今回のエバーギブンは通過可能ぎりぎりの大きさだったことが事故の一因になったとも言われている。

スエズ運河=南側の紅海から。運河の中に座礁事故を起こした大型コンテナ船エバーギブンが見える。海には多くの船が運航再開を待っていた(2012年3月27日撮影、エジプト) AFP=時事
スエズ運河=南側の紅海から。運河の中に座礁事故を起こした大型コンテナ船エバーギブンが見える。海には多くの船が運航再開を待っていた(2012年3月27日撮影、エジプト) AFP=時事

全長193kmのスエズ運河の通航料は、船の種類によって違うが、今回のエバーギブンは「5000万円~6000万円と推定される」(松田教授)。

一方、全長80kmのパナマ運河は太平洋側と大西洋側に水位差があるため、船の高さをエレベーターのように上下させる閘門(こうもん)式となっており、スエズ運河と構造が違う。また、パナマ運河の方が通航できる船の大きさに制限があり、エバーギブンのような超大型船は通過できない。このため、アジアから北米東岸に向かう場合に、スエズ運河を利用する船も珍しくない。

ロシアが売り込む「北極海航路」

今回の事故のように、もしスエズ運河が通航できなくなったら、どうするか。各国、海運会社はそのリスク対策を迫られることになった。

「船の燃料価格が安くなっている時ならば、アフリカ回りでもペイ出来ることもある。また、最近ではアジアからヨーロッパに貨物を運ぶ場合、コンテナ会社でも鉄道を使った輸送も使われている。北米東岸に行く場合なら、パナマ運河を通らず、西海岸で荷を下ろすこともできる」と松田教授は話す。

また、ロシアから代替策として、第3のルートとなる「北極海航路」の売り込みが行われている。ロシア沿岸の北極海を通るこの航路は、ロンドンなどに行く場合ならスエズ運河ルートより距離を約6割に短縮できるという。海氷が溶けている期間しか利用できないが、冬季にも使えるようロシアは砕氷船の建造を進めている。

松田教授は北極海航路をこう分析する。

「通年で通れないと、航路の運営が難しくなる。また、ロシアの砕氷船にエスコートしてもらって通る際にも、不確実性がかなり存在する。エスコート船の予約や、エスコート料金が通過するまで確定しないなど、いろいろな問題がまだ残っている。

このような状況で、果たしてヨーロッパに向かうコンテナ船が通れるのかは疑わしい。また、北極海航路では、スエズ運河ルートのように途中で寄港する所がないので採算を取りづらい。新しいルートとして定着するのは、今のところ難しい」

日本は輸送運賃を安く抑え過ぎか

最後に、海運国日本が直面する課題について、松田教授に聞いた。

「コンテナ不足の影響が他のアジアの国に比べても、日本は大きかった。一つにはコロナ禍で影響を受けたB2B(企業間取引)の品目が日本の主要輸出品目であることが挙げられる。もう一つは、日本の荷主が支払う運賃が他の国よりも安く抑えられてきたことだ。

日本は国の経済規模がだんだんと小さくなり、今ではアジアから欧州、アジアから米国への航路でのコンテナ貨物に占める日本のシェアは5%に満たない。そんな状況の中でコンテナ不足が起こったため、もっと高い運賃を払う他国に買い負ける事態が発生している。具体的には、日本へのコンテナ貨物の輸出を行わずに、より高い運賃を得られる中国へのコンテナ回送が頻発している」

「日本経済が停滞を続けてきたこともあって、多くの荷主がコストカットのため、輸送コストを削り続けてきた。海運会社は日本荷主の貨物を運ぶために尽力してきたものの、海運会社のコンテナ船部門は投資の大きい部門であり、慢性的な赤字体質から逃れられていなかった。2018年に邦船三社のコンテナ船部門が統合したONE(Ocean Network Express)として発足する前から、コンテナ船の運航機能や本社機能はすでに日本から移転していたが、それでも日本の貨物を運ぶために海運会社は尽力してきた。

日本経済が世界から取り残されないためにも、また安全保障の側面からも、何かあった時に日本の貨物を運んでくれる国内の船会社が維持できるように応分の負担をする。さらに世界のライバル会社と戦えるレベルプレイングフィールド(公正な競争条件)を用意する、そんな国民的合意を作りあげていくべきではないか。

つまり、私たちは海運国にふさわしい関心と対価をもっと払うべきではないかと思っている」

バナー写真:スエズ運河で座礁事故を起こし、離礁する大型コンテナ船エバーギブン=米マクサー・テクノロジーズの衛星画像(2021年3月29日撮影、エジプト) AFP= 時事

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