芸術・文化は不要不急か(2):コロナ禍で岐路に立つ日本の文化政策と問われる芸術の社会的位置付け

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コロナ禍による展覧会や舞台公演、ライブコンサートなどの延期、観客制限で関係者の苦境は続いている。文化庁を中心とした芸術・文化に対するさまざまな支援策を振り返りつつ、そこから見えてきた文化政策の課題、芸術と社会の関係について考える。

コロナ禍で大きな影響を受けてきた芸術や文化に関する支援策が、日本でも数多く実施されている。国や地方自治体の資金援助だけではなく、民間企業や個人の寄付による支援も目立つ。加えて、関係者の自主的な活動も活発化し、知恵やノウハウの共有、情報交換の場としてのさまざまなネットワーク化がこれまで以上に進む機会にもなった。

2021年4月末に、文化庁は新しい支援策「ARTS for the future」の要項を公開した。すでに21年度に突入しているが、前年度の第3次補正予算を活用した施策である。緊急事態宣言下のゴールデンウイーク中には、多くの芸術、文化、エンターテインメント分野の関係者が、申請に向けて準備を進めたようだ。

文化庁:画期的な「フリーランス」への直接援助

文化庁の「文化芸術活動の継続支援事業」509億円は、2020年度第2次補正予算に盛り込まれた「文化芸術活動への緊急総合支援パッケージ」の目玉事業だ。文化庁の年間予算のほぼ半分に当たる規模である。この支援事業が特筆すべきなのは、予算規模の大きさに加えて、直接、(美術・文化系団体に所属していない)フリーランスとして活動する個人の芸術家やマネジメント、技術スタッフらを支援する点にある(一部には小規模団体や中大規模団体も対象にした共同申請などもあった)。

これまでの文化庁の補助金事業は、「新進芸術家海外研修制度」を除けば、直接個人が応募できる枠組みはなく、団体や施設が対象だった。日本に何人いるのかも定かではない芸術家や関係者を直接支援する背景には、危機的な状況を訴える声が日増しに高まり、速やかな資金援助が不可欠であると判断したからだろう。

フリーランスで活動する芸術家やスタッフが支える日本の芸術文化の現状に対し、国が直接個人と接点を持ち、そのニーズに応えようとしたことは、今後の日本の文化行政を展望する上で、大きな出来事であったと考えている。ただし、これが良い方向に向かえば、現場の声や時代に即したスムーズな施策立案が可能になるが、悪い方に向かえば、ある種の検閲につながりかねない。私たちは、これまで以上に、芸術・文化と公共の関係を注視する必要があるだろう。

全体的には評価できる支援規模

「文化芸術活動の継続支援事業」の募集が始まった当初、制度自体の分かりにくさや、申請に対する経験不足などから、申請者と事務局のやり取りで食い違いが生じ、いら立ちや不満を訴える人もいたようだ。一方で、スムーズに支援を得られたという人も多く、この支援事業によって、2020年秋以降には、私が暮らす関西では小規模ながら工夫を凝らした魅力的な展覧会や公演が数多く催された。また、それらの発表を通して、困難な状況でも新たな発想で創作や発表活動を継続する意志を感じる場面が多々あった

ここで、文化庁の「文化芸術活動の継続支援事業」をはじめとするコロナ関連の主な支援事業について、予算規模と合わせて簡単に確認しておこう。

文化庁の新型コロナウイルス感染症対策関連公募事業

1次補正予算 61億円

○文化施設の感染症防止対策事業(補助金)=21億円

○2020年度戦略的芸術文化創造推進事業「JAPAN LIVE YELL project」=13億円

*オンライン配信も含め全国各地で500以上の「ライブ」イベントを実施。

(その他)

2次補正予算 560億円

○文化芸術活動の継続支援事業=509億円

*フリーランスの実演家、小規模な文化芸術団体を支援。活動内容によって応募上限20万円、または150万円。

○文化芸術収益力強化事業=50億円   

*主に中・大規模の文化芸術団体が対象。コロナ後を見据えた新たな市場開拓・事業構造改革の取り組みを支援。

(その他)

3次補正予算 409億円

○「ARTS for the future!(コロナ禍を乗り越えるための文化芸術活動の充実支援事業)」=250億円

*国内の文化芸術関係団体、および文化施設の設置者または運営者が対象。「充実支援事業」「キャンセル料支援事業」。前者はチケット収入などを前提にした積極的な活動で、新しい文化芸術活動のイノベーションを図るとともに、持続可能性を強化する取り組みを支援。

○大規模かつ質の高い文化芸術活動を核としたアートキャラバン事業=70億円 

*舞台芸術統括団体が実施する大規模かつ質の高い舞台芸術の公演、および地域の文化芸術関係団体との連携による事業を支援。

○文化施設の感染拡大予防・活動支援環境整備事業(補助金)=50億円

(その他)

エンターテインメントも含め文化芸術関係者の中には、上記に加えて、経済産業省の「コンテンツグローバル需要創出促進事業費補助金(J-LODlive補助金)」(878億円)や「持続化給付金」(5.7兆円)、厚生労働省の「雇用調整助成金」(2.2兆円)などを利用した人もいるだろう。

参考までに、ドイツは12億ドル(1300億円)の文化関連の基金を立ち上げ、英国は劇場やライブハウスなどの支援に21億ドル(2280億円)を拠出している。文化芸術に特化した支援事業の予算規模だけを見ると、欧州に比べ十分な予算措置とは言えないかもしれない。ただし、日本が先進国の中でも突出して高い水準の債務を抱えていることを考えれば、コロナ対策の補正予算の中で、文化芸術分野にもかつてない支援を打ち出したことは評価できる。

ドイツ「芸術は民主主義を守るために不可欠」

ドイツのメルケル首相が2020年5月9日に行った演説は、日本の文化関係者の間でも大きな話題になった。ドイツ政府にとって、多彩な文化的環境の存続は最優先課題であると言明し、中止になったイベントの損失補てんと併せて、仕事場の経費や家賃などの恒常的⽀出があるフリーランスの芸術家支援などを明確に打ち出したのだ。また、その論拠として、芸術が社会にとって、どのような点で重要であるかについての見解も述べた。国のトップが、芸術をどのように捉えているのかの表明であり、ドイツで活動する芸術家、関係者にとっては大きな励ましになっただろう。

実際、昨年4月初旬、申請の翌日に9000ユーロ(120万円弱)が振り込まれた友人のアーティストもおり、かなりのスピードで、国籍を問わずドイツを拠点とする芸術家らに支援の手が差し伸べられた。(ただし、スピード重視の早い者勝ちで資金が枯渇し、公平さが損なわれる問題もあったようだ。また、納税者IDとのひも付けで申請が処理されていることから、それに反発する声もあったと聞いた。)

首相演説と同日のターゲスシュピーゲル紙は、「民主主義には換気が必要、なぜ芸術が危機の時代に不可欠なのか」と題して、ドイツ首相府国務大臣兼連邦政府文化・メディア大臣モニカ・グリュッタース教授のインタビュー記事を掲載した。その中で、「1945年以降、民主主義に立ち戻るために苦難の道を歩んだドイツは、民主主義を憲法上の高い地位にまで引き上げて敬意を示しましたが、それにはそれだけの理由がありました。その背景には、芸術家という存在に対する信頼があります。つまり、何事にも疑問を持ち、想像力と旺盛な実験的精神に満ち、矛盾を突き挑発することで、公共の言説に活気を与え、民主主義を政治的な無気力感や全体主義的への偏向から守る人々、それが芸術家だという確信です」(ゲーテ・インスティトゥートのウェブページからの抜粋)と述べている。

芸術と社会:深まらない論議

上記のような状況を見聞きすると、これらがある種の政治的なパフォーマンスであったとしても、決定的に日本の文化政策とは異なる視点があるのではないかと思う。

それは、施策の裏付けとなる理念、すなわち「社会における芸術とは」あるいは「芸術にとっての社会とは」という、芸術と社会の関係を巡る認識の違いだ。日本には、芸術家は趣味で好きなことをやっている、自分たちとは関係のない人たちだと考える人が多く、行政の中にもそのような考え方は根強い。だからこそ、「自助」という言葉で片付けられることも多いし、なぜ芸術や文化を税金で支援するのかという批判の声も少なからずある。さらに問題なのは、芸術家の中でさえ同じように感じている人が多いということだ。

考えようによっては、逆に芸術家を束縛しないという意味で、良い面もあるかもしれない。全ての芸術家が「民主主義のために作品を作っている」と自認し始めたら、面白い作品が生まれなくなるだろう。自主自立の精神を貫き、困難な状況だからこそ自分たちでなんとかしようと試みて、新しい工夫を生み出しクリエイティブな生活を送っている人もいる。また、コロナ禍とは関係なく創作活動に没頭している人も多い。

いずれにせよ、2020年は、日本における芸術と社会の関係を考え、その本質的な部分に目を向ける契機であった。ただ、議論を深める機会はなく、今はもう忘れ去られようとしているように見える。その根本的な問題に関する考察や議論を深めることなしに、芸術と産業、あるいは経済との連携といった別のロジックで、芸術の必要性や重要性を説明することが有効だとは思えない。

政府の説明不足が問題

諸外国の状況を見聞きすると、ネガティブなバイアスがかかり、日本の現状を悲観しがちだ。だが、総合的に見れば、支援の内容に遜色はない。フリーランス、組織や団体に対する資金的援助だけでなく、相談窓口の開設や講座や勉強会も数多く開催され、さまざまな側面からの支援策が講じられている。どちらかというと、国としての打ち出し方、説明の仕方に問題があり、全体を理解して施策の意図や経緯を説明してくれれば、もう少し多くの人が納得するのではないかと思う。

文化芸術の現場では、現在もまだまだ厳しい状況が続いている。何度も延期や中止を繰り返すうちに立ち行かなくなり、上演や個展などを諦めた関係者もいるだろう。また、不要不急と言われることでモチベーションを保てずにつらい思いを抱えている人もいるはずだ。2020年、コロナ禍での文化芸術支援で見えてきたことが、今後、活動の発展に生かしていけるよう、芸術と社会の関係について、自分自身と芸術の関係について、それぞれが考えてみてほしい。

バナー写真:無観客開催の要請が解かれ、公演が再開された新国立劇場=5月12日、東京都渋谷区(時事)

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