狙うは「9月解散―自民総裁再選」:菅首相、カギ握るワクチン接種の進展

政治・外交

新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めが掛からず、閉塞感が漂う日本社会。菅義偉首相の自民党総裁としての任期満了が9月末に、衆院議員の任期満了が10月21日に迫るが、コロナ対策を最優先課題に据える中で、首相の政権運営は厳しさを増している。取り得る選択肢が狭まる中、首相はどう政局を打開しようとしているのか。

国政3選挙に全敗

はじめに首相の戦略をまとめてしまうと、現時点では以下のようになるのではないか。

「ワクチン接種をはじめとするコロナ対策に全力を挙げ、感染症を極力抑制する」「何としてでも東京五輪・パラリンピック大会の開催を目指す。必要なら、『無観客』『一部競技の取りやめ』などのカードも切る」「9月のパラリンピック閉幕後に衆院を解散。衆院選で一定の成果を挙げ、自民党総裁選での再選につなげる」―。

いま、首相が置かれている局面は厳しい。コロナに関しては、4月下旬に3度目となる緊急事態宣言を、東京や大阪などに発令せざるを得ない状況に追い込まれた。4月25日の衆院北海道2区、参院長野の両補選と参院広島の再選挙では、与党が全敗。「政治とカネ」の問題に焦点が当たるなど各選挙区特有の事情もあったが、「選挙の顔」としての首相の資質に疑問符が突き付けられたことは間違いない。

それでも首相は、感染症さえうまくコントロールしていけば、政権を維持・浮揚することは可能と踏んでいるようだ。実際、国政3選挙で全敗した後も、自民党で「菅降ろし」の動きはない。国会では、立憲民主党など野党がコロナ禍に配慮。審議拒否などは封印しており、国会運営が滞っているわけではない。自民党内の力学や野党の現状により、菅政権は決定的な行き詰まりを回避している。

対抗馬不在

首相への不満があるにもかかわらず、自民党内で「菅降ろし」が起きないのはなぜなのか。最大の理由は、衆目が一致する「ポスト菅」候補がいないためだ。昨年9月の総裁選を争った岸田文雄前政調会長は再挑戦に意欲を見せるが、発信力不足という課題は相変わらず。総裁選惨敗で求心力を失った石破茂元幹事長は、石破派の会長を辞任。同派からは退会者が相次ぎ、足場が揺らぐ。

世論調査で人気が高い河野太郎規制改革担当相と小泉進次郎環境相は、ともに閣内にあって首相と「一蓮托生」の関係だ。河野氏はワクチン接種、小泉氏は脱炭素と政権の看板政策の責任者でもあり、動きが取りにくい。政策能力で定評がある茂木敏充外相は、所属する竹下派を固めきれていない。野田聖子幹事長代行は「女性初の総裁」を目指すが、無派閥のため推薦人の確保も見通せない。

有力な対抗馬がいない以上、「当面は菅氏を支えていく以外にない」というのが安倍晋三前首相や麻生太郎副総理兼財務相ら実力者の判断だ。特に安倍氏は5月3日、BSフジの番組に出演し、「総裁選は去年やったばかりだ。1年後にまた総裁を代えるのか。当然、菅氏が継続して首相の職を続けるべきだ」と首相の再選支持を明言し、永田町を驚かせた。

野党陣営が非力なことも、菅政権を助けている。野党第1党の立憲の支持率は1桁台で推移。自民党内では「誰が首相でも、今の野党に政権を取られることはない」(中堅)という見方が強い。

政治決戦、五輪後が濃厚

衆院解散のタイミングに関しては、当初からパラリンピックが閉幕した9月以降というのが有力視されていたが、ほぼこの線に絞られたとみてよさそうだ。4月の国政3選挙での与党全敗で早期解散説は霧消。5月以降にワクチン接種が本格化し、全国の自治体が忙殺される中での解散は、国民のひんしゅくを買いかねない。

7月4日の東京都議会選挙との同日選とする案も取り沙汰されたが、この可能性はほぼ消えた。同日選には、都議選を国政選挙並みに重視する公明党が「現実的な選択肢ではない」(石井啓一幹事長)として反対していた。衆院選の勝利には自公の選挙協力が不可欠なのが実情で、公明党の意向を無視しての同日選断行は、当初から首相のオプションからは外れていたのではないか。

今後の主な政治日程

6月 11日 英国でG7サミット(13日まで)
16日 通常国会会期末
25日 東京都議選告示
7月 4日 東京都議選投開票
23日 東京五輪開幕(8月8日まで)
高齢者へのワクチン接種完了目標
8月 24日 東京パラリンピック開幕(9月5日まで)
9月 末 自民党総裁の任期満了
10月 21日 衆院議員の任期満了

新型コロナのさらなる拡大で東京五輪が中止になれば8月解散の選択肢も浮上するが、現時点ではパラリンピックが閉幕する9月5日以降の解散となるとみるのが妥当だろう。問題となるのは、9月末にやってくる首相の自民党総裁任期切れとの関係だ。

筋論としては、「総裁選を実施し、新しい総裁が信を問うのが望ましい」という考え方もあるが、首相は4月16日、訪問先のワシントンで記者団に対し「政治家は(衆院を)解散して勝たなければ続かない」と述べ、総裁選前の衆院解散・総選挙を示唆。同23日の記者会見では解散時期について問われ、「私の総裁任期の中で、機会を見て考えなきゃならない」とさらに踏み込んだ。

「10月3日投開票」有力か

これに関連し、首相周辺は「再選を考えるなら、総裁選より前に衆院選だ。勝てば総裁を代える理由はなくなる」と解説。逆に、衆院選よりも先に総裁選を実施した場合は「混乱する要素が増える。複数候補が出ると、選挙に弱い人が『誰が総裁になったら有利か』と動揺する」と語る。

衆院選となれば、自公で3分の2以上を占める現状から議席を減らすことは確実とみられるが、与党で過半数を確保し、国会運営に支障がないレベルの勢力を維持すれば、首相は「国民から信任された」と訴えることができ、総裁選での無投票再選も視野に入る。

パラリンピック閉幕直後に解散した場合、「9月21日公示、10月3日投開票」の日程が有力視される。このパターンなら、総選挙と特別国会での首相指名選挙が自民総裁任期内に収まらず、総裁任期を延長する必要性が出てくる。党運営を仕切るのは首相と近い二階俊博幹事長。政治日程の組み立てで首相と二階氏がガッチリ連携するとの見方が出ており、二階氏側近は「1カ月程度の任期延長なら、党の総務会で決めればできる」と指摘している。

ただ、菅政権下で二階氏の影響力が拡大していることに対しては、安倍氏の出身派閥で党内最大勢力の細田派や、麻生派などに警戒感がある。高い支持率を誇った政権発足当初のような勢いのない首相にとって、安倍氏や麻生氏の支えも不可欠だ。秋が近づくにつれ、衆院選後の新体制もにらんだ自民党内の神経戦が激化しそうだ。

野党共闘、立憲にジレンマ

対する野党側の基本戦略は、289の小選挙区のできるだけ多くで立憲、共産党、国民民主党、社民党などが候補者を一本化し、与党と一対一の構図をつくることだ。実際、一本化に成功した4月の国政3選挙では、全て野党候補が勝利。立憲の枝野幸男代表は「党派、立場を超えて幅広く大変力強い応援をいただいたおかげだ」と胸を張った。

共闘の効果は明らかだが、基本政策が異なる各党の協力は一筋縄ではいかない。立憲にとっては一定の組織力を持つ共産党との歩み寄りが求められるが、立憲の支持団体である連合は共産党との連携に反発。共産党が掲げる「野党連合政権」構想には国民民主が否定的で、政策面で折り合うのは極めて難しい。選挙協力を進めるほど、政策的な溝が露呈する野党陣営のジレンマは続きそうだ。

他の野党とは一線を画し、自公政権に是々非々の立場で臨む日本維新の会は、「身を切る改革」など独自の政策を掲げ、地盤の近畿以外でも候補者擁立を進めている。

バナー写真:自衛隊が運営する大規模接種センターの視察を終え、記者の質問に答える菅義偉首相(手前)。奥左は岸信夫防衛相、同右は中山泰秀防衛副大臣=2021年5月24日、東京都千代田区の大手町合同庁舎3号館(時事)

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