バイデン政権時代の日本・北朝鮮関係:大胆改革に乗じて「接触面積」を広げよ

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米韓首脳会談(5月21日)の内容をみても、バイデン米政権と北朝鮮の関係が一気に改善に向かう可能性が高いとはいえない。筆者は、拉致問題の「風化」を防ぎ、解決につなげるために、今こそ日本が対北朝鮮外交の再生に着手すべきだと主張する。

米朝緊張のタイミングでの米韓首脳会談

トランプ政権時代の2019年2月、ベトナム・ハノイで開かれた米朝首脳会談が決裂し、北朝鮮の米朝関係改善への期待感は失せた。今年1月の朝鮮労働党大会で金正恩総書記が米国を「最大の主敵」と表現するまでに対米感情は悪化した。

同じ1月に発足したバイデン政権は、対北朝鮮ではトランプ氏のトップダウンによるグランドバーゲン(一括取引)ではなく、実務による積み上げ(ボトムアップ)の路線を表明してきた。主要関係者もトランプ氏と金総書記が交わしたシンガポール合意(2018年6月)に否定的な態度を示し、「朝鮮半島の非核化」という表現も「北朝鮮の非核化」に改めていた。

北朝鮮は「自国だけでなく、韓国からも『米国の核の傘』を撤去すべきだ」との主張から「朝鮮半島の非核化」という表現にこだわり、歴代米政権も形式上この用語を使ってきた。バイデン政権側がこれを変更したため、北朝鮮側は「米国は一方的な軍縮を求めている」として強く反発してきた。

さらに今年4~5月の「北朝鮮自由週間」に合わせて米国務省のプライス報道官が発表した声明に、「(北朝鮮が)新型コロナウイルス対策と称して中朝国境付近で銃殺命令を出すなど強硬措置を取っている」「金(正恩)体制に説明責任を果たすよう求め続ける」と記された。北朝鮮側は「最高の尊厳(=金総書記)までけなす重大な政治的挑発をした」(外務省報道官)といっそう態度を硬直化させた。

今回の米韓首脳会談が開かれたのは、こうした緊張状態の最中だった。

「対中包囲網」と引き換えのリップサービス

今回の米韓首脳共同声明では、「北朝鮮の非核化」ではなく、従来の「朝鮮半島の完全な非核化」という表現が使われ、シンガポール合意や南北首脳の板門店宣言(2018年4月)など、過去の約束に基づく外交・対話が欠かせないとも明記された。北朝鮮が猛反発してきた「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)という用語もなかった。

大統領の任期が残り1年を切った文在寅氏は、南北関係での成果を急ぎ、米国の対北朝鮮政策の検討や、今回の首脳会談準備のための協議の過程で米側に軟化を促してきた。韓国がバイデン政権の対中国包囲網に積極姿勢を見せるのと引き換えに、共同声明には韓国の働きかけを考慮した「リップサービス」が次々に盛り込まれた。

首脳会談の直後、バイデン氏が北朝鮮担当特使にソン・キム国務次官補代行(東アジア・太平洋担当)の起用を発表し、「外交を通じて北朝鮮に関与していく」と宣言したのも「リップサービス」の一環ととらえることができる。

北朝鮮の「人権」、共同声明で明記

北朝鮮は5月31日に個人名義の論評を発表して米韓首脳会談の結果を批判し、「米国は最大の主敵」とする見解に変更がない点を明確にした。そもそも北朝鮮は最近、シンガポール合意についてほぼ言及していない。文政権と作り上げた板門店宣言にも無関心な態度だ。むしろ既存の合意を離れ、新しい方法を要求しているようにも見える。

もっとも北朝鮮が問題視するのは、米側の敵視政策撤回や米韓合同軍事演習の見送りなどが共同声明に触れられていないことだ。これに加え、声明では北朝鮮に対する経済制裁を忠実に履行することが強調されている。

さらに「北朝鮮の人権状況を改善するために協力」という文言が盛り込まれているのも北朝鮮側にとって否定的要素だ。

北朝鮮は自国の人権状況に対する問題提起を「体制および指導者に対する冒涜(ぼうとく)」と規定し、神経をとがらせている。今年3月に米韓両政府が開いた外務・国防閣僚協議(2プラス2)でも言及がなかった「人権」の提起を、北朝鮮は「自国体制に対する不認定」「敵対政策継続を表現するもの」と解釈しているだろう。

このように米韓首脳会談の結果から、北朝鮮は「自国の要求に対する米国の実質的な拒否」という見解を導き出したことだろう。

金総書記、特殊機関の利益に切り込む動き

北朝鮮はいま、厳しい国連制裁や新型コロナウイルス対策の国境封鎖などに伴う経済悪化に歯止めがかからない。金総書記は危機感を抱き、生き残りをかけて、硬直化した国家体系の改革を進めている。米国との関係改善が成し遂げられなくても、今後30年、40年、国が存続するよう国内の抜本的改革を断行している。

今年1月の党大会以後、その方針がはっきりと打ち出され、▽中国の規律検査委員会を模した不正腐敗摘発組織の設置▽これまで独立して存在してきた軍需経済を人民経済に取り込む兆候――など、大胆な動きを垣間見ることができる。

その中でも筆者が注視しているのは「特殊機関」と呼ばれる組織を標的にした「既得権益たたき」だ。特殊機関の定義ははっきりしないが①秘密警察組織の国家保衛省②朝鮮人民軍の有力組織である総政治局や総参謀部③工作員の養成・浸透・情報収集・破壊工作などを手掛ける軍偵察総局④党で対南関係を中心に工作活動を手掛けてきた統一戦線部――などを指すと考えられる。つまり、権力維持に不可欠な「特殊な任務」を実践する組織であり、だからこそ巨大な利権を有してきたということだ。

金総書記は現在、こうした特殊機関傘下の企業を問題視している。巨大な利権構造にメスを入れ、国家経済に組み込むという措置を進めているようだ。併せて内閣の機能復元にも力を入れている。

金総書記は、祖父や父の時代から続けられてきた古いシステムや不合理・非効率的な手法にこそ、経済再生を阻害する原因があると考えているようだ。その象徴的存在である特殊機関の金脈に切り込む決断をしたというわけだ。自身の権力基盤に影響を与えかねない行為に打って出たということになる。

日本は対北朝鮮外交の再生を

拉致被害者やその家族の高齢化が進む。拉致された横田めぐみさんの父親で、娘救出のために半生を捧げてきた横田滋さんも残念ながら昨年亡くなった。

拉致問題解決に向けた動きが遅々として進まない根本的な原因は、言うまでもなく北朝鮮側にある。だが北朝鮮側がこの問題で動かない限り、日本側が最重要課題と位置付けて「不退転の決意」「解決に全力を傾ける」と叫び続けても、北朝鮮を交渉に引っ張り出せるわけではない。

日本政府は今、新型コロナ禍による国内対策に追われ、北朝鮮問題に力を注ぐ余裕はない。このまま拉致問題が動かず「風化」に追い込まれれば、これこそ北朝鮮の思うつぼである。日本側でも「触れられたくない歴史」としてタブー視される事態も、あり得ない話ではない。

現状でできることは、北朝鮮側に日本側の立場を正確に伝え、北朝鮮側の主張も改めて聴取することではないか。

限定的ではあるものの、金総書記は「負の遺産」との決別を図っている。メスを入れようとしている中には、特殊機関という――父・金正日氏が拉致実行犯と認定した「一部の盲動主義者ら」が所属していた――組織も含まれている。この流れをとらえて、拉致問題の突破口を探るべきだと私は思う。

もちろん事態は楽観できない。だが、どんなに小さな変化であれ、それに敏感に反応する姿勢が、北朝鮮と相対するためには不可欠ではないか。

コロナ禍が続く現状では、対面による日朝接触は困難だ。政府間のパイプを再稼働させるまでの現実的なアプローチとして、在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総連)への働きかけを通じて北朝鮮にシグナルを送るという方法も検討してはどうか。

朝鮮総連は日本における北朝鮮の出先であり、本国の指示に沿って活動している。それゆえ日本では監視が強化され、国内世論によるバッシング対象となることが多い。とはいえ、総連には本国との確かなパイプがあり、日朝双方の事情に通じているという特性がある。また本国も最近、総連への影響力を強める動きを見せている。

コロナ禍の先行きが見通せない状況であるがゆえに、総連ルートの再活用を検討すべき時期が来ているように思える。

バナー写真:左から金正恩総書記(時事)、菅義偉首相(時事)、バイデン大統領(AFP)

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