米中対立下での経済安保政策:日本の強み生かした長期的な戦略の構築を

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米中対立の長期化、固定化が続くと予想される中、日本の経済安全保障政策が改めて問われている。筆者は、企業と政府が経済安保について正しく理解した上で、長期的な戦略を立てる体制づくりが急務だと指摘する。

経済安全保障とは、経済的な手段を通じて、社会の構成員の生命と財産を守ることを意味する。一方では、食料やエネルギー、医薬品など生命にかかわる品目を安定的に供給できるよう、サプライチェーンを安定させるだけでなく、社会経済生活に不可欠なインフラを担う経済主体の経営を安定化させ、外国による介入に対抗することを意味する。他方で、軍事的安全保障にかかわる技術の移転や情報の流出を阻止し、国際の平和と安全を確立することを意味する。

このように、経済安全保障の定義は幅広く、様々な経済活動が人々の生命や財産にかかわるものであるため、ともすれば経済安全保障を拡大解釈し、政府による民間の経済活動への介入となりうる。しかし、同時に政府による過剰な介入は自由な経済活動を制約し、恣意的な権力の介入は経済活動の予見可能性を低めることになる。そのため、経済安全保障をめぐる議論は慎重に、かつ適切に行われなければならない。

しかしながら、日本における経済安全保障の概念は極めてあいまいで、さまざまな誤解に基づいたものとなっており、憂慮すべき状況にある。それについて解説していこう。

対内直接投資をめぐる誤解

日本においても経済安全保障への意識は高まっている。2020年には外国為替・外国貿易法(外為法)が改正され、安全保障にかかわる機微な技術を持つ企業に対する外国資本の投資が1%以上となる場合、経済産業省に届け出をする義務が課せられることとなった。これは企業買収や経営のコントロールを通じて、技術が望ましくない国に移転することを防ぐことを目的にした措置である。

こうした措置は、米国では以前から対米外国投資委員会(CFIUS)を通じて管理しており、18年に採択された19年度国防授権法(NDAA)に含まれている外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)によって、CFIUSの活動が強化されている。また、同様の法制度は欧州各国でも採用されており、外国資本による技術取得を目指した投資への管理は厳しくなっている。

しかし、日本においては、しばしば企業と政府の関係があいまいであり、こうした外為法を通じた規制が、経済安全保障を名目にしながら、その企業に対する外資規制一般に用いられることがある。それが、昨今の東芝の経営をめぐる問題として表れている。

本来ならば、経済安全保障は機微な技術が望ましくない手にわたることを回避することを目的とするが、東芝をめぐる経営問題においては、機微な技術を持つ企業の分割を避けることが経済安全保障であると誤解された形で経産省が経営に関与する形となった。

サプライチェーンをめぐる誤解

また、サプライチェーンの見直しをめぐる議論でも、経済安全保障の概念をめぐる混乱が見られる。サプライチェーンにおける経済安全保障は本来、自国の経済活動に不可欠な財や人々の生命、財産にかかわる財の安定的な供給を目指すものである。その究極の形態は、全ての財を国内で生産することであるが、そうした選択は非現実的である。そのため、どこまでをグローバルなサプライチェーンに依存し、どの品目を国内で生産するべきかを戦略的に判断する必要がある。

しかし、この判断はしばしば国民的な感情や、直面する課題によって左右される。新型コロナウイルスの感染が拡大し始めたころは、マスクや医療用防護具(PPE)の供給が需要に追い付かず、マスクをめぐる奪い合いや価格の高騰が見られた。こうしたマスク不足の問題は、布マスクの導入などによって落ち着いたが、マスクやPPEの不足から、これらを全て国内で生産できるようにすべきであるとの議論が強まった。

ただ、マスクは極めて付加価値の低い大量生産品であり、日本のように生産コストの高い国で継続的に維持できる産業ではない。パンデミックの最中であれば、国内で生産しても高い値段で取引されることで国内産業も一定の利益を出すことが期待できるが、感染が落ち着き、マスクの供給がグローバルに安定するようになれば、中国などで生産されたマスクの方が価格競争力を持ち、いずれ国産マスクは産業として維持できなくなる。

同様に半導体をめぐる問題も、経済安全保障の概念に混乱が見られる。半導体は高度に分業が進んだ産業であり、付加価値の高い設計や素材などは生産コストの高い先進国が中心となるが、巨額の投資を必要としながらも、付加価値がそれほど高くならない半導体製造過程は先進国ではなかなか維持できず、台湾のTSMCをはじめとする企業が一手に引き受けることになっている。

こうした半導体の生産がグローバルなサプライチェーンに分散している状況の中で、日本企業によって製造される「日の丸半導体」を作れ、といった掛け声は現実的ではなく、TSMCのような半導体製造を専業とするファウンドリを国内に誘致することも、日本国内に有力なTSMCの顧客がいない中で、極めて難しい状況にある。

グローバルサプライチェーンにおける経済安全保障は、一方でマスクのように国内で生産しても採算の合わない財に関しては、供給元を分散させるなり、備蓄を増やすなり、緊急時に生産できる体制を構築すると言った対処が必要であり、他方で半導体のように、グローバルな分業が確立した財においては、日本が国際的に競争力を持ちうる素材や半導体製造装置といった分野に特化し、チョークポイントとなる品目を握ることで、サプライチェーンに不可欠な存在になることが重要である。

経済安全保障の名のもとに、あらゆる財を国内で生産するのではなく、いかにして生産コストと戦略的重要性をバランスさせ、場合によっては政府が買い支えるなどの支援をしながら、製品の供給を安定させるかを戦略的に考えるかが経済安全保障にとって肝要なのである。

米中対立下での経済安保戦略

激しさを増す一方の米中対立の中で、経済安全保障が重要なイシューとなっている。バイデン政権は半導体、蓄電池、レアアース、医薬品の4分野においてサプライチェーンの見直しを進め、サプライチェーンの「脱中国化」を進めることを政策の主眼としている。

他方で、中国もこれまで「世界の工場」として、諸外国に部品や完成品を供給する立場であったが、経済成長に伴う賃金の高騰や、一人っ子政策の結果としての労働力人口の減少といった構造的問題を抱えており、それらの問題を技術開発によって乗り越えようとしている。

こうした中国の技術水準の向上が、米国にとっての安全保障上の優位性への挑戦と映り、米中対立がさらに激化するだけでなく、中国は自らが開発した技術を守る立場になったことで、米中の間で技術開発競争と、自らの技術を守る対立も起きている。

こんな中で、日本は同盟国である米国との関係と、最大の貿易相手国である中国との関係の間で板挟みになる状態となっている。とりわけ問題となるのは米国が中国企業をエンティティ・リストに加え、そのリストに記載された企業と取引した日本企業は米国市場から締め出され、逆に、中国はそれに対抗して「反外国制裁法」を成立させ、米国の制裁に従った日本企業を中国市場から締め出すという措置を取っている。

では、日本は米中対立の中でどのような経済安全保障戦略をとるべきなのであろうか。第一に、経済安全保障の定義をしっかりと議論するべきである。すでに述べた通り、経済安全保障の名のもとに政府介入が無制限になされていることは懸念すべき問題であり、どこまでを経済安全保障とすべきか、という判断基準を示すべきである。

第二に、国民経済にとって死活的な品目に関するサプライチェーンや技術管理の戦略を立てるべきである。6月に策定された骨太の方針や成長戦略ではワクチンや半導体については個別の戦略が立てられているが、それ以外の死活的に重要な品目はあるはずである。それらについての個別戦略や国内外のサプライチェーン構造に関するインテリジェンスを高めておく必要がある。

第三に、こうした戦略を立てるための体制づくりが必要である。現在、国家安全保障局に経済班が存在しているが、目の前の課題に追われて長期的な戦略を立てる状況にはない。この経済班を軸に経産省だけでなく、厚労省(医薬品)、国交省(レアアース)、農水省(食糧安保)といった省庁を巻き込んだ、政府全体に横串を通す経済安全保障戦略を立てる体制を作る必要がある。

米中対立の時代を生き抜くためにも、日本が持つ強みを生かした経済安全保障戦略の構築をする時期に来ている。

バナー写真:PIXTA

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