「3A」対「2F」:総選挙に向けた自民党の暗闘

政治・外交

2021年6月16日、通常国会が閉幕した。新型コロナウイルス対応は継続して取り組むものの、永田町は「秋の陣」となる総選挙モードに突入している。焦点となっているのは、9月に任期満了となる自民党総裁の行方。現時点では菅義偉氏の続投が有力と見なされているが、カギを握るのは、キングメーカー二階俊博幹事長の去就。続投に意欲を見せる二階氏に対して、続投阻止の動きを旗幟鮮明にするのが安倍晋三前首相、麻生太郎副総理兼財務相、甘利明自民党税制調査会長の3A。両者の暗闘が意味するものは何か。

甘利氏を幹事長に据えたい「3A」

「3A」対「2F」抗争――と呼ぶそうだ。「3A」は安倍晋三前首相、麻生太郎副総理兼財務相、甘利明・自民党税制調査会長の3人を指す。「2F」はSecond Floor。つまり二階俊博幹事長のことだ。

その両陣営が今、派閥の垣根を超えた議員連盟(通称・議連)を続々と発足させて勢力争いを続けている。「コロナ禍にもかかわらず、自民党は何をしているのか」といった批判が出るのを気にはしているのだろう。共に「菅義偉首相を支えて新型コロナウイルス対策に全力を挙げる」と標榜(ひょうぼう)しているが、対立は深まるばかりだ。

報道されているように、この対立は秋の自民党総裁選と、それに伴う党役員人事を見据えた「幹事長ポスト争い」である。幹事長在任期間が歴代最長の4年余となっている二階氏がなお続けるのか、そうはさせないのか。「3A」側は甘利氏の幹事長起用を目指していると聞けば、争いの構図は一層、鮮明になる。

確かに「菅降ろし」に直結する動きとは言えない。ただし、菅政権は発足以来、この「3A」と「2F」との危ういバランスの上に成り立っていることを押さえておく必要がある。

菅政権は2020年秋、二階氏が主導して誕生した。菅氏の他に有力な「ポスト安倍」候補を持てなかった「3A」側も、それに乗らざるを得なかった経緯がある。このバランスが崩れれば菅首相の政権基盤は揺らぐ。単なる幹事長争いと片づけられないのは、そのためだ。

河井元議員の買収問題で表面化した確執

経過をおさらいしておこう。

今回の対立は2019年の参院選広島選挙区を舞台にした巨額買収事件で当選無効になった河井案里元参院議員の陣営に対し、自民党本部が1億5000万円もの異例の資金を提供した問題が発端だ。

5月17日。この1.5億円について記者会見で問われた二階氏は「私は関与していない」と主張し、会見に同席していた二階氏の側近、林幹雄幹事長代理は「当時の選対委員長が広島を担当していたので、よく分からないということだ」と補った。

「当時の選対委員長」は甘利氏だ。二階氏は「そもそも、あの選挙で河井氏の擁立を強引に進めたのは安倍氏本人だったではないか」と言いたかったに違いない。これに対して「3A」側の甘利氏が「1ミクロンも関わっていない」とすぐさま反論し、対立に火がついた。

結局、1.5億円問題は「当時、自民党総裁だった安倍氏と、幹事長の二階氏双方に責任がある」とお茶を濁して終わりそうだ。しかし、1.5億円をどちらが主導したのかはともかく、かねて「3A」側には党の資金を牛耳る二階氏に大きな不満があったという。その意味で、カネの問題が対立の引き金になったのは、本質を突いていたと言っていい。充満していた不満に一気に火がついてしまったということだ。

政争の舞台となる議員連盟

勢力争いの「道具」となったのが、議員連盟である。

5月21日。甘利氏が会長となって初会合を開いた「半導体戦略推進議員連盟」の最高顧問には安倍氏と麻生氏が就いた。テレビカメラの前でマイクを握った麻生氏は「A、A、A、3人揃えば、なんとなく、政局という顔だ」と上機嫌で語った。

「半導体戦略」は表看板に過ぎず、狙いは党内政局。それを隠そうとしないどころか、むしろ「政局的な動き」と報道してほしいと言っているようなものだった。

6月11日には、岸田文雄前自民党政調会長を会長とする「新たな資本主義を創る議員連盟」ができた。こちらの顧問には安倍、麻生、甘利3氏が就いた。

安倍氏は首相時代、後継には岸田氏を考えていたのは周知の通りだ。安倍氏は一時、「首相へのステップになる」と考えて、岸田氏を幹事長に起用しようとしたものの、二階氏が激怒して、思い留まった。

だが、これを機に安倍氏と二階氏の間に亀裂が入り、二階、岸田両氏の関係も悪化する結果となった。そんな経緯を振り返れば、「ポスト菅」を狙う岸田氏が、まず「3A」を味方につけようとするのは当然だ。

狐と狸の化かし合い

二階氏も負けていない。6月15日。今度は二階氏が会長を務める「自由で開かれたインド太平洋」推進議員連盟が発足した。

言うまでもなく、「自由で開かれたインド太平洋」は、安倍政権時代、中国包囲網作りを狙って掲げた外交メッセージだ。対する二階氏は自他ともに認める「親中派」で、党内や保守論壇から批判を浴びてきた。その批判をかわす狙いもあったと思われる。

しかも驚くことに、二階氏はこの議連の最高顧問に安倍氏を迎えた。前述した側近の林幹事長代理を通じて菅首相に議連発足を報告したうえで、安倍氏を迎える周到さだった。

それなら安倍氏に断る理由はない。約130人の自民党議員が参加した初会合では、笑みを浮かべて、こうあいさつした。

「いろんな顧問を引き受けていますが、この会こそ最高顧問を引き受けたいと思いました」二階氏への最大限のリップサービスである。ここでも会場から出たのは笑い声だった。こうして「狐と狸の化かし合い」のような、つば競り合いが続いているのである。

ところで、にわかに注目を集め始めた「議連」とは何だろう。

簡単に言えば、議員有志がテーマごとに集まるグループを指す。派閥と同様、法律や党則に基づく組織ではない。派閥との違いは、自民党の派閥が本来、「この人を首相にしたい」という目的で結成され、派閥の幹部が若手らを資金面でも面倒を見るのに対し、議連はそうした組織ではない。野党も含めた超党派で結成される場合も多い。

「日韓議員連盟」など他国の議員との交流を目指す議連。法律や政策の実現を目的とする議連。特定業界を支援する議連。落語等々、趣味が一致する議員が集まって応援する場合もある。国会には現在、休眠中のものも含めて、1000以上あるという。会費は月100円~1000円程度だそうだ。

政界の地殻変動をもたらした議連の歴史

こうした緩やかなグループであるにもかかわらず、政治の主導権を握るため、党内の派閥を超えて議連を作り、勢力を競う動きは以前からあった。

筆者がすぐさま思い出すのは、小渕恵三内閣時代の1998年、小渕氏と同じく「自民党竹下派7奉行」と呼ばれた梶山静六氏らが結成した「危機突破・改革議員連盟」だ。亀井静香氏らが名を連ねた。

目指したのは、こちらもかつては「竹下派7奉行」の1人でありながら、自民党を飛び出し、当時は自由党を率いていた小沢一郎氏との連携だ。自民党と自由党との連立は「保・保」連合と言われたものだ。

旧社会党との連立政権をリードした加藤紘一氏や野中広務氏らとの激しい自民党内の主導権争いではあった。だが、そこには梶山氏らが目指す「保守」と、加藤、野中氏らが立脚する「リベラル」という国の行方を左右する基本路線の対立があった。他党も巻き込むダイナミックな政界再編構想でもあった。

さらに時代をさかのぼれば、1988年、武村正義氏や鳩山由紀夫氏ら当時の自民党若手議員が結成した「ユートピア政治研究会」も派閥横断の議連であり、自民党を二分していた政治改革論議をリードし、後に結党された新党さきがけの母体となった例もある。

全ての主要な議連の中心にいる安倍氏

今回はどうか。閣僚・党幹部のポストや、党の資金をめぐる内向きの争いに過ぎないと言わざるを得ない。その一方で、「何があっても菅首相を支える」といった熱意も双方に感じられないのだ。

菅首相は東京五輪の開催と、ワクチン接種の拡大に政治生命を賭けている。世間のムードを変えて、衆院解散・総選挙に臨み、一定の議席を得たうえで、できれば無投票で自民党総裁選を乗り切る戦略は今も崩していない。

しかし7月4日に投開票された東京都議選で、自民党は惨敗した前回都議選から復調したものの、公明党と合わせて過半数議席獲得という目標に届かなかった。小池百合子・東京都知事が特別顧問を務める地域政党「都民ファーストの会」のブームは去ったとみて、自民党には当初、楽勝ムードさえ漂っていたが、一転して「菅首相の下で秋の衆院選は戦えるのか」と不安視する声が強まっている。

今後、内閣支持率がさらに低下した場合はどうなるか。そこに有力な「ポスト菅」が出てくれば、仮に衆院選前でも、党内が一気にそちらになびく可能性がある。ところが、肝心の「ポスト菅」がなかなか見当たらないから、「菅降ろし」の動きにならないのである。菅首相は今、党内のこうした閉塞状況に助けられていると言ってもいい。

「3A」対「2F」の話に戻ろう。見逃せないのは、乱立する全ての議連の中心に安倍氏がいることだ。「二階降ろし」と同時並行するように、党内では安倍氏の再々登板説まで真顔でささやかれている。本人にその気はなさそうだが、それは自民党、いや政界全体の深刻な人材不足を如実に物語っている。

そして少なくとも安倍氏が今回、誰を首相にするかに強い影響力を持つ「キングメーカー」としての位置を確保したのは間違いないだろう。有力な「キング」候補がいない中で、安倍氏と二階氏、どちらがキングメーカーになるかという奇妙な争いでもある。

バナー写真:自治会・町内会を応援する自民党の議連会合に出席した二階俊博幹事長(中央)と安倍晋三前首相(右) 2021年6月17日 自民党本部 時事

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