D10構想の行方:日本はどのように向き合うべきか

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2021年のG7サミット議長国、英国が提唱して一時熱心に結成を働きかけたのが、民主主義10カ国による「D10」という枠組み。サミット本番までの紆余曲折を振り返り、問題になった点などを解説する。

D10提案の経緯

2020年5月末、G7各国にインド、オーストラリア、韓国を加えた民主主義10カ国による「D10(Democracy 10)」の結成を英国が検討していることが明らかになった。世界における民主主義的秩序の維持と促進を目指す枠組みである。そして同年6月に開催されたG7首脳会議に合わせて、英国はこれら3カ国(および南アフリカ共和国)を招待し、D10あるいはD11を立ち上げることを検討した。

ただしD10は、昨年新たに誕生した構想でも英国独自の構想でもない。元をたどれば2008年に、当時米国務省の政策企画官であったアッシュ・ジェインとデビッド・ゴードンが提案したものである。その後、ジェインが米国のシンクタンクであるアトランティック・カウンシルに移ると、14年からアトランティック・カウンシルにおいて「D10戦略フォーラム」が毎年開催されてきた。G7加盟国および欧州連合(EU)、オーストラリア、韓国の10カ国を参加メンバーとして、官民による非公式なトラック1.5の会議として開催され、インド、インドネシア、スペイン、ポーランドなどもオブザーバーとして参加してきた。

なぜD10か?

D10構想の中核となるG7自体も、2014年にロシアを除外した後には、民主主義国間の結束を示す場として機能してきた。最近も、2月にはミャンマー国軍によるクーデターを非難する声明を発表し、3月には香港の選挙制度変更が香港の民主主義を損なうと懸念を表明する声明を出している。

それにも関わらずD10/11の必要性が検討されたのは、G7加盟国が日本以外全て欧米諸国であるためである。中国やインドといった国々の台頭に加え、中進国も多いインド太平洋地域は、今や急速に国際政治の正面となっている。日本以外のインド太平洋地域の国々が加盟していないG7は、こうした時代の重要課題に適切に対応することができないと考えられたのである。新たに加えるべき国々として、インド、オーストラリア、韓国というインド太平洋諸国が取り上げられたのは、そのためである。

D10の焦点

アトランティック・カウンシルで開催されてきたD10戦略フォーラムは、個別のトピックに焦点を当てるのではなく、民主主義の推進方法について大局的な観点から議論を行ってきた。これに対し、英国が提案したD10/11は、中国のファーウェイによる第5世代移動通信システム(5G)に代わる、5G技術とサプライチェーンの構築を主要なアジェンダとするものであった。ここには、議論の拡散と優先事項の不明瞭化を防ごうとする意図があったと思われる。

さらに米国の影響もあった。2020年5月は、米国のトランプ政権がファーウェイの半導体販売に対してさらなる制限を課した時期である。ファーウェイ製品に中国政府のバックドアが含まれている可能性や、ファーウェイがモバイル通信データを傍受する能力がある可能性などが指摘されていたためである。米国の動きと同国からの強い要請を受けて、英国議会のメンバーはジョンソン政権に、対ファーウェイ政策の変更を迫っていた。

5Gを巡る問題は、市民のプライバシーや人権のみならず、各国の民主主義や安全保障にも深刻な脅威を与える。IoTやスマートシティなど、5Gに依存する技術が増えれば増えるほど、5G問題はさらに重要性を増す。データの安全性と機密性を保つためには、信頼できるアクターによる5G技術とサプライチェーンの提供・関与、および安全なデータ管理が必要となる。

D10構想が内包する問題

しかし、こうした議論および決定を行う場としてD10/11を立ち上げるという構想には、2つの難点がある。第一に、G7以外のどの国をメンバーとして取り込むのが適切なのかが明白でない、という問題である。具体的な決定を可能にするためには、メンバーをある程度少数に留める必要がある。その上で、今年6月に出版されたアトランティック・カウンシルの報告書は、民主主義的価値観へのコミットメントとグローバルな影響力の2点からメンバーを選定すべきであると論じている。しかし、このような基準を設けても、メンバー選定は容易でない。インドは影響力の大きい国だが、首相への権力集中や少数派の人権侵害を加速させており、自由民主主義へのコミットメントの点で問題がある。今回のG7に招待された南アフリカや、ブラジルについても、自由民主主義規範へのコミットメントの弱さに加え、中国・ロシアとの結びつきの強さから、これらをメンバーに加えることには懸念がある。

他方で、今回のG7には招待されなかったが、EUはメンバーに加えるべきアクターであろう。欧州では、デジタル問題に関しては各加盟国ではなくEUに正式な権限が与えられているためである。さらに、カーネギー国際平和財団のスティーブン・フェルドスタイン主任研究員が指摘するように、枠組みを小さく保とうとすれば、対中問題でスイングステートとしての動きを取るインドネシアやケニアといった民主主義国、および中国と民主主義側の間でデジタル競争を巡って激戦が繰り広げられている東南アジア、アフリカ、ラテンアメリカなどの地域から十分な代表が確保できないという難点もある。

第二の問題は、D10の提案が中国を念頭に置いたものであることから、これが民主主義的価値を強化する枠組みというよりも、反中クラブに成り下がってしまうのではないかというものである。こうした懸念は、ロシアに比して対中脅威認識が低い欧州を中心に強く存在している。

反中的色彩が強まった場合、D10の政治性が強まり、普遍的価値として民主主義を擁護する上で存在意義を失う可能性があるほか、国際社会のブロック化を加速させる危険性がある。そうなった場合、コロナをはじめとする感染症や気候変動など、グローバルな問題に関する国際協調が困難になることも懸念される。

D10構想の今後

D10構想に対するG7各国の反応は、まちまちである。民主主義同盟(Alliance of Democracies)は、2021年度の民主主義認識指数調査において、D10提案をどう思うか各国国民に対して調査を行っている。その結果、D10に含めると名指しされたG7以外の国の人々はこれを概ね好意的に受け止め、この提案を「良い(very goodとsomewhat goodの合計)」とした回答が、インドで67%、オーストラリアで63%、韓国で57%となった。他方、G7各国の受け止め方には幅があった。この枠組みが反中同盟となることを恐れた欧州のイタリア、フランス、ドイツでは、「良い」との回答がそれぞれ39%、43%、49%と低迷した。また、G7では唯一のアジアの国である日本でも、他のアジア諸国(特に韓国)がこの枠組みに入ることに対する反発が見られ、「良い」とする回答は47%に留まった。 

G7各国の反応を受けて、英国政府は、2021年6月のG7直前頃にはD10を前面に押し出すことをやめ、既存の枠組や外交関係に基づいた交渉を行うように方向転換を図った。米国も同様の動きを見せている。

世界のブロック化を促進しないためにも、今後も主要民主主義諸国はD10/11実現の方向には動かず、既存の二国間・多国間枠組みを通じて、5G問題に対処し民主主義の擁護に取り組んでいくのではないかと思われる。5G問題では特に、非民主主義国との協力関係も重要になる。民主主義と銘打った枠組では、非民主主義国にとって協力の障壁が高い。民主主義を前面に押し出さないやり方が賢明であろう。

日本はどう動くべきか

D10構想を実現させなかった場合、引き続き残るのはインド太平洋諸国との連携をどのように高めるかである。この点、日本の重要性が大きいのは言うまでもない。5Gについては、欧米先進民主主義諸国の多くは、ファーウェイが関与する5Gネットワークを禁止または制限しているが、アジアでは、日本以外の国々はこれに躊躇を見せている。日本は、オーストラリアや米国などインド太平洋地域の国々とともに、同地域の国々に対する情報提供と説得を続けていく必要があろう。また、国際的にサプライチェーンの多様化を図り、リスクを低減させることも必要である。

また、5G問題のみならず、自由民主主義を護るための地域連携強化を推進すべきである。民主的ガバナンス支援や人権保護などの分野において、インド、インドネシア、オーストラリア、韓国、台湾といった民主主義アクターとの二国間・多国間協力を重層的に行い、自由民主主義を擁護する地域的な実践的メカニズムを積み上げていく必要がある。

インド太平洋地域の重要性の高まりとともに、日本が果たすべき役割が拡大している。日本には、自由民主主義国としての自覚と誇りを持ち、国際的な民主主義擁護に向けて積極的な動きを取ることが期待されている。

【謝辞】この研究は、国際交流基金日米センターの資金提供による国際交流基金日米センターと米国社会科学研究評議会の共催事業である安倍フェローシップの助成を受けた。

バナー写真:オーストラリアのモリソン首相(左端)、南アフリカのラマポーザ大統領(左から3人目)、韓国の文在寅大統領(同4人目)を招いて行われたG7サミットのセッション=2021年6月12日、英コーンウォール(AFP=時事)

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