加速する中国の少子高齢化:憂慮すべきは「経済」より「世相の変化」か

国際・海外

今世紀に入って中国の少子化が加速している。当初、中国政府は「出生率は1.8ある」と強弁を繰り返していたが、いまや「実質的には1.1程度」と指摘する専門家もいる。2015年に導入された、「一人っ子」政策の規制緩和の効果も薄れてきているようだ。極低出生率が構造化してしまった感のある中国の人口動態をデータで分析するとともに、経済や社会に与える影響について考察する。

重要国策を誤った中国

この5月、中国国家統計局は2020年に実施した人口センサス(国勢調査)の結果概要を発表した。発表によると、中国の総人口は14億1178万人となり、2019年のサンプル推計14億5万人より1173万人増加した。

ただし、0歳~14歳の人口(2億5338万人)は、過去15年間にわたり公表されてきた出生人口の合計を1473万人も上回った。毎年行うサンプル推計の漏れが、10年に一度のセンサスで拾われたためだ。「超過出生」の制裁を恐れて隠れていた子どもが、最近の制裁緩和をみて、表に出てきたといわれる。

今世紀に入って、中国の少子化が加速しているとの見方は強まっていたが、政府は「出生率は1.8ある」と強弁を繰り返し、軌道修正を拒んできた。

軌道修正を拒んできた理由の一つは、政策を担当する「計画生育」部門が、上は中央の国家計画生育委員会から、下は共産党組織と行政機構の最基層に当たる農村部の「村」、都市の「街道弁」まで、強固なピラミッドを形成して、「超過出生」に対する罰金を既得権益化していたことだ。

「超過出生」に対する罰金は、特に貧しい村で党や行政組織を維持する財源として欠かせなかったため、「一人っ子政策」を廃止したら、末端の国民の動向を掌握する最基層の組織を維持するのが難しくなる、という問題があった。

もう一つの理由は、「一人っ子政策」存続の是非を論議することさえタブー視した風潮だ。なぜそうなったのか、内情は定かではないが、1960年代に農村部を中心に人口爆発が起きたことに対しては、陳雲ら中国共産党の保守派が強い危機感、警戒感を抱いたとされる。“怖い”人々が主導して生まれた政策であったことが、その論議すらタブー視されていた原因の一つかもしれない。

軌道修正のきっかけを作ったのが、2010年に行われた前回の人口センサスだ。人口動態の行方に危機感を抱いた国家統計局が組織を挙げて調査に当たるとともに、12年7月には、都市・鎮・郷村の地域類型別に、生年別の出生数や死亡者数のデータなどを全面的に公開した。

そこで出てきた「出生率1.18」という数字が党と政府に衝撃を与えて、15年の「第13次五カ年計画」で「全面二人っ子政策」が宣言され、ようやく軌道修正がかなったが、あまりにも遅きに失した。重要な国策を誤導し続けた計画生育委員会は、懲罰を受けるがごとく他省庁に吸収され、「計画生育」の名前も抹消された。

正味の出生率は1.1程度か ―― 剝げ落ちた「一人っ子」緩和効果

今回のセンサスで最も目を引いたのは、捕捉漏れが少ないはずのセンサスの数字を用いても、出生数が急激に減少している点だ。=グラフ1参照

専門家たちは、2015年に始まった「一人っ子」政策の規制緩和の効果が剥げ落ちたせいだ、としている。19年に、一人目の出生が二人目、三人目の出生より少ないという、不自然な現象が起きたことも、規制緩和による一時的な出生増が起きていたことを示唆する。

2020年センサスから単純に導かれる出生率(TFR)は1.3だが、規制緩和の一時的効果を捨象すると、正味の出生率は1.1程度ではないかと見る専門家もいる。(※1)

今後は、出産適齢期の女性人口の急減が、出生率低下にさらに拍車をかけることになる。2030 年における20歳~35歳の女性人口は、2017 年対比で31%減少、特に、25歳~30歳の女性の数は、今後15年弱で44%とほぼ半減してしまう。これに加えて、近年顕著な高学歴化、都市化による晩婚・晩育現象の進行を考えれば、出生率はこの出産適齢期人口の減少を上回る速度で低下する恐れが大きい。

以上のように、極低出生率が構造化してしまった中国で少子化を挽回することは、もはや手遅れであり、今後はそうした未来にどのように「適応」していくかが焦点となる。

経済への影響は回避できる可能性も

中国人口問題の行方について、世界が最も注目しているのは、経済にどのような影響を及ぼすのか、だろう。

中国の過去の経済成長が「人口ボーナス」、つまり増加する労働力をフル活用することで支えられたことは良く知られている。

世界貿易機関(WTO)加盟直前となる2000年の中国は、25歳~35歳の年齢層に人口のコブがあった。=グラフ2参照

1959年に毛沢東が犯した大躍進政策(農業と工業の大増産政策)の誤りによって、3000万人以上が餓死したといわれる大惨事が起きた後、1960年代に反動の人口爆発が起きたためだ。中国はWTO加盟で「世界の工場」になることにより、この労働力増加をフル活用した。

このベビーブーマーの二世たちは1980年代に誕生した。大学進学率が4割を超えたこの世代は今、働き盛りを迎えており、最近の「中国経済デジタル化」に貢献しているといえるだろう(ちなみに「エンジニア・ボーナス」という言葉があるそうだ)。

しかし、人口ボーナスの後には、「人口オーナス」と称される、人口減少に伴う反作用が来る。世界で一般的な「労働人口=15歳~64歳の人口」の定義に従って、中国の将来をみると、今後2040年までの20年間に労働人口は年平均約1%減少すると推計できる。

労働人口減による経済成長の押し下げ効果を打ち消すには、年平均1%以上の生産性向上を図る必要がある。いま中国で急速に進む生産自動化や経済のデジタル化、特にAIやビッグデータ技術の導入によって、マイナス効果を相殺することは可能だろうが、労働生産性向上の果実を毎年1%分「天引き」される運命は変わらない。

ただ、ここで筆者は、中国にはもう一つ「奥の手」があることに気づいた。筆者は2012年、中国の人口動態の未来を予測するモデルを構築している(※2)が、今回そのモデルを改めて動かしてみた。

中国ではいまだに「定年=60歳(女性は55歳)」の慣行が生きており、労働人口は16歳~59歳(女性は16歳~54歳)と定義されている。ところが、政府は今後の年金負担を考慮して、定年年齢の65歳(女性は60歳)への引き上げを計画しているのだ。

仮に、今後15年かけて、男女とも5年間の定年延長を普及させることができたとすると、生産年齢人口はグラフ3のように、おおむね60%前後を保つことができると推計できる。このシナリオ通りになれば、少子高齢化の進行による供給面への悪影響は、向こう20年はほぼ回避できるかもしれない。

ただし、定年延長政策は「ようやく年金をもらって、趣味や孫の世話で余生を送れると思っていたのに、政府はまだ『働き続けろ』と言うのか!」と、壮年層の国民の反発や抵抗に遭っているそうだ。

より大きな影響は社会や世相に現れる

「中国は、少子高齢化が経済に及ぼす人口オーナス効果を回避できるかもしれない」という見方は、意外な印象を与えるかも知れないが、筆者はむしろ、中国の国民意識や「世相」の方がより深刻な影響を受けるのではないかと考える。

若者が占める比重が増すと社会は活力が増すが、同時に不安定化しやすい。第二次世界大戦から四半世紀が過ぎた1970年前後、多くの西側諸国で学生運動が激化したのも、近年、中東諸国で政情が不安定化したのも、若者比率の増大が関与しているといわれる。

先述の通り、中国は20世紀後半に二つの人口のコブを経験した。十分な就業機会が与えられなかったら、中国社会は不安定化するところだったが、この点で、中国共産党は良い仕事をしたといえるだろう。

一方、若者が占める比率が低下すると「逆もまた然り」で、社会の活力が衰え、「安心・安全」を追い求める傾向が強まる。最近の日本はその見本だ。

日本の20歳~39歳の人口が、65歳以上の人口を下回ったのは2012年頃と推測される。中国の人口構成の未来を人口モデルを用いて推計すると、2034年頃に同様の逆転が起きる計算だ。=グラフ4参照

いや、出生率がさらに下がっているので、もっと早まるかも知れない。

物事には、常に善し悪しの両面がある。過去に人口、特に若者人口の増加のプラス効果をうまく生かした中国だが、今後、少子高齢化が本格的に進行するにつれてマイナス効果が及んでくる。

仮に労働人口の減少が経済に及ぼすマイナス効果を回避できたとしても、国民意識や世相面での活力が低下し、「安心・安全」重視の方向へ変化する恐れは十分ある。さて、今後、習近平主席の重任によって指導層も高齢化が進行しそうな中国共産党だが、こうしたリスクもうまく乗り切ることができるだろうか――。

バナー写真:北京の公園で開催されたお見合いイベントで、息子の結婚相手を探す母親。「一人っ子政策」は、男女の比率を崩す結果も生んでおり、貧困層出身の男性は結婚相手を探すのに苦労しているという。 AFP=時事

(※1) ^ 梁建章:中国最厳峻的人口形势

(※2) ^ 筆者は2012年、2010年センサスが公開した都市・鎮・郷村の地域類型別統計に、1年刻みの出生数や死亡者数のデータを利用して、中国の人口動態の未来を予測するモデルを構築した。最近の出生データを加えた修正が必要だが、人口構造は大きく変わることはないので、このモデルで将来を予測することはある程度可能だ。グラフ3および4で行った推計はこのモデルによるものである。

中国 少子高齢化 中国共産党 一人っ子政策 人口問題