恒大危機:社会主義の中国で不動産バブル、破綻回避し国有化模索か

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中国最大級の不動産グループ、恒大集団が経営危機に陥っている。社会主義体制でありながら、土地が投機対象になり、バブルが発生。巨額の負債を抱えて、瀬戸際に立たされている。「大き過ぎて潰せない」企業の経営危機に中国政府はどう対処していくのか。世界の金融市場も注視している。

住宅価格は年収の50倍に

中国の不動産市場は、これまでの20年余り都市部の不動産価格がうなぎ登りとなっており、危険なバブル状況にあると警鐘を鳴らされて久しい。

そもそも中国では、土地は全人民所有制(公有制)であるのに、なぜ不動産を売買できるのだろうか。それについては、1990年代にさかのぼる必要がある。90年代半ばごろ、日本の「定期借地権(一定期間、土地を借りて自己所有の建物を建てられる権利)」の概念に触発され、中国政府は土地の所有権と使用権を切り離し、使用権を定期借地として設定。それを払い下げたことが契機となって、大規模な都市開発と不動産開発が始まった。

胡錦涛政権(2003-12年)において温家宝首相(当時)は土地使用権払い下げの売り上げを各地方政府の歳入に充てると決めた。その結果、地方政府とデベロッパーは結託してできるだけ地上げをするようになった。

不動産経済学では、マンションなどの住宅価格は勤労者家族の年収の6倍以内が適正といわれている。それに対して、中国では、都市部住宅の平均価格はすでに勤労者家族年収の50倍以上に跳ね上がった(20年現在)。中国の不動産市場がバブルであるといわれるゆえんである。

不動産は富裕層の投資対象

一般的にマイホームとして家を買っても、不動産市場にバブルをもたらす可能性は低いが、中国の富裕層の多くは不動産を格好の投資対象として購入している。家計の貯蓄率は国内総生産(GDP)比で30%に上るとみられるが、安心して投資できる金融市場と金融商品は限られているからだ。

不動産需要が根強いとみられるもう一つの背景は、中国では、賃貸マーケットが育っていないことがある。なぜならば、中国社会では、契約をきちんと履行しないといけないという文化は十分に根付いていないからだ。その上、賃貸で家を借りると、結局、自分には何も財産が残らないと思われているので、若者は結婚する時、家を賃貸で借りるよりも、マイホームの購入を希望することが多い。むろん、若いカップルにはそれだけの財力があるわけがない。ほとんどの場合、親に支援してもらうことになる。

住宅ローンを借りる場合、気になるのは銀行の金利である。中国の金融政策は、景気変動に応じて金利を調整する代わりに、預金準備率を調整することが多い。金利政策はめったに実施されない。2021年9月現在、中国の住宅ローン金利は4.35%になっていると言われている。マイホームを購入する若者にとって、住宅ローンの返済コストはかなり重いことが分かる。

中国の不動産市場でバブルが発生していると言われるのは、価格が高過ぎるのと同時に、マンションなどの空室率が3-4割に達しているところが少なくないことが挙げられる。投資家はマンションを賃貸に出すよりも、値上がりを待って売却することを選好する。都市部の富裕層で不動産に投資して儲かった人は少なくない。

しかし、このマネーゲームはババ抜きのゲームに等しい。すなわち、不動産価格は上昇を続ける間、投資家にとって儲けが出てくるが、いずれ頭打ちになるため、これは持続不可能なゲームである。

地方政府・開発業者・銀行の「三位一体」

ここで、切り口を変えてデベロッパーのビジネスモデルをみてみよう。先に述べたように、地方政府は土地の使用権を払い下げする際、できるだけ売り上げを最大化しようとするため、デベロッパーと結託して地上げを行う。

近年、中国の地方政府の市役所や区役所などの建物はどんどん巨大化している。その背景には、地上げに伴う潤沢な資金力がある。デベロッパーは地方政府に協力して地上げを行うが、その分、開発されるマンションなどの単価がますます高くなる。不動産価格の上昇とともに、デベロッパーの収益率も抑えられてしまう。

デベロッパーの不動産開発は自己資金ではなく、銀行からの融資に頼っている。銀行は直接デベロッパーに融資する場合もあるが、「理財商品」(投資信託)を販売して投資を募る場合もある。不動産価格が上昇している間、銀行は貸し倒れのリスクを心配せず、デベロッパーに対して融資する。機関投資家や個人投資家も「理財商品」に投資する。

そのなかで、地方政府とデベロッパーは同じ船に乗っているため、地方政府は銀行に対してデベロッパーに融資するように頼み込む。結果的に、地方政府、デベロッパーと銀行はこのマネーゲームにおいて三位一体の存在になっているといえる。

高い負債比率、シナジーの低い多角化

恒大集団は中国のデベロッパーの中で最大規模の企業である。1996年に創業された恒大不動産はわずか25年でここまで成長した。しかし、総資産に対する負債比率をみると、80%を超えており、そのリスクは一目瞭然である。恒大集団の社債と株式に投資する投資家はこれまでリスクを無視して投資してきた。ある種のモラルハザードといって過言ではない。同様に恒大集団に融資する銀行もモラルハザードを起こしてきた。

そもそも、そのビジネスモデルは持続不可能であるが、リスクが浮上してくるまで恒大集団は不動産市場の寵児(ちょうじ)であり、中国経済のけん引役と称賛されてきた。とくに創業者の許家印氏は政治協商会議(日本の参議院に相当)の代表にまで選ばれている。この肩書はビジネスのために政府機関に働きかける重要なツールになっている。

しかし、いくら恒大集団はその規模を拡大させたくても、不動産バブルはすでに危険な状況にあり、持続不可能である。習近平国家主席は国内で行った演説で「家は住むためのものであり、投機の対象にしてはならない」と述べている。問題は恒大集団のビジネスモデルでは、規模の呪縛から抜け出せないということにある。不動産開発の規模を拡大すればするほど、銀行からの融資も増え、債務比率はさらに上昇する。

もう一つの問題は多角化経営に突き進んだことである。ビジネスの多角化そのものは問題ではないが、それぞれのビジネスの間にシナジー効果がないといけない。恒大集団は本業の不動産開発以外に、新エネルギー自動車や遊園地、インターネットメディア、プロサッカーチームなどシナジー効果が薄い業種への参入が経営の足かせとなってしまった。

例えば、新エネルギー自動車は技術的に専門性の高いビジネスだけでなく、資本集約型の業種である。そもそも技術力がなく内部留保の乏しい不動産デベロッパーの恒大集団にとって、新エネルギー自動車を開発するには無理があった。

大き過ぎて潰せない

恒大集団の過剰債務問題が徐々に浮上してきた中で、最近、中国政府は不動産業と不動産市場の整理に着手した。それを受け、国有銀行も不動産関連の融資を渋るようになった。それを受け、恒大集団の資金繰りは急に難しくなった。2021年8月17日、創業者の許家印氏は退任に追い込まれた。これは恒大集団の終わりの始まりの最も重要な一歩である。そのショックを受けて、香港、ニューヨーク、欧州、そして日本の株価は急落してしまった。恒大ショックは「中国版リーマンショック」とまで懸念されている。

中国政府にとって恒大集団はtoo big to fail(大き過ぎて潰せない)という存在になっている。しかし、救済したくても、簡単にはいかない。第2、第3の恒大集団が救済を待っているからである。現在、恒大集団が政府の管理下に置かれ、資産査定が行われている。どれほど債務超過が進んでいるかを明らかにしておくのが先決である。その上で債務返済の手順を決めていくことになる。

このままでは、恒大集団が助かる可能性は低い。それが倒産した場合のショックも計り知れないほど大きい。倒産処理はいわばハードランディングのシナリオとなる。実質的に債務超過に陥っているとみられる恒大集団は債権者に対して、債務を全額返済するのは不可能と予想される。銀行、取引関係者、機関投資家、個人投資家などへの影響が余りにも広範で大きい。

実質国有化

それに対して、実質的な国有化を進め、政府が代わりに面倒をみるのは現実的なシナリオとなる。これからの作業としては、まず、恒大集団の資産調査と資産査定をきちんと行うことである。採算の取れる事業と赤字の債務超過の事業をきちんと選別しなければならない。中国政府は救済措置をとるならば、ここまで経営を悪化させた経営者の責任も追及されなければならない。

2022年の秋、中国共産党大会が開かれる予定であり、習近平国家主席が続投するとみられるため、恒大集団の経営破綻によって不動産バブルが崩壊し、深刻な社会不安を引き起こしてはならない。特に、習政権は貧富の格差を縮小させる「共同富裕」を呼び掛けている。

中国では、不動産事業の経済成長への寄与度は30%に上ると試算されている。このまま不動産バブルが崩壊した場合、中国経済が大きく落ち込み、失業率が高騰する恐れがある。このように考えれば、中国政府は恒大集団の救済に乗り出す可能性が高い。むろん、それでも不動産バブル崩壊のリスクが消えるわけがなく、中国経済と中国社会の不安定化は避けられない。

バナー写真:恒大集団が開発した武漢の不動産物件(ゲッティ=共同)

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