日本のアフガニスタン退避作戦を検証する

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米軍のアフガニスタン撤退に伴い、日本もアフガンの在留邦人らの救出を試みたが、自衛隊の輸送機など4機を派遣しながら、わずか15人を救出しただけに終わった。予想外にタリバンによる首都カブールの陥落が早まったことで任務は困難を極めたが、はたして日本のアフガン退避作戦はどう評価すべきか、専門家の意見を聞いた。

岩崎 茂 IWASAKI Shigeru

元自衛隊統合幕僚長。1953年、岩手県生まれ。防衛大学校を卒業後、航空自衛隊に入隊。戦闘機パイロット出身。2010年第31代航空幕僚長、12年第4代統合幕僚長に就任。在任中は東日本大震災の災害派遣活動や南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)などを指揮した。14年退官後、現在はANAホールディングス顧問、日本サイバーディフェンス会長。

所期の目的は何だったのか?

武装勢力タリバンが予想外の速さで全土を掌握し、アフガニスタン(以下、アフガン)のガニ政権が崩壊した2021年8月。各国は競うように自国民や現地スタッフを国外に退避させた。日本も自衛隊の輸送機など4機を派遣したが、退避させることができたのは、日本人女性1人と米国から要請があったアフガン人14人だけだった。日本政府は、大使館やJICA(国際協力機構)で働く現地スタッフや家族など500人以上のアフガン人も一緒に退避させる計画だったが、結果的に1人も救い出せなかった。どこに問題があったのか。今後の課題は何か。航空自衛官出身で制服組トップとして海外での活動を指揮した経験が豊富な岩﨑茂・元自衛隊統合幕僚長に聞いた。

―日本のアフガン退避作戦の全般について、どう評価されますか。

まず言えるのは、危機管理の世界に万全はないということです。相撲の星取表のように、白か黒かとか、0か1か、成功か失敗かというふうにはならない。現実の世界では、白に近いとか、黒に近いとかいったグラデーションがあるように思います。

―日本は当初予定していた大勢の現地スタッフやその家族などを退避させることができませんでした。

極端な言い方かもしれませんが、所期の目的が15人を助けることだったとしたら、目的を達成していたとも言えます。もしかしたら、途中で他の国々が現地の協力者をどんどん退避させているのを見て、日本も同じようにやらなくてはと考えたのかもしれない。いつの時点でアフガンの協力者を退避させようとしたのかがポイントです。

国家安全保障会議開催のタイミング

首都カブールが陥落したのは8月15日。欧米各国はその直後から輸送機を投入し、多数の人々を国外に退避させ始めた。日本は23日に国家安全保障会議(NSC)を開き、岸信夫防衛相が派遣命令を出して同日、C2輸送機を出発させた。カブール陥落から8日が経過していた。

―自衛隊機を4機派遣したことからして所期の目的が15人の救出だけだったとは思えませんが、日本政府の対応は遅すぎたという指摘が少なくありません。

輸送機の派遣決定が23日だから遅かった、と単純に判断はできない。救出される側にもいろんな事情があったのかもしれない。たとえば、企業やNGO(非政府組織)から派遣されている社員や職員は、帰国のタイミングを自分では判断できず、本国の派遣元に尋ねます。そこが『もう少しがんばれ』と言ったのかもしれない。

―そうだとしてもNSCの開催は遅くないでしょうか。

結果論で話をしてもしかたがない。もしかすると23日にしかNSCの4大臣会合ができなかった理由が何かあったのかもしれない。外務省も防衛省もそれぞれ退避作戦の案を持っていたはずなので、どういう情報分析に基づいて判断したのかをもう一度根本的に評価し直す必要がある。

現地スタッフ救出を阻む法制度の壁

日本人大使館員は8月17日に自力で脱出。民間機で現地人スタッフなど約500人も国外脱出させる計画だったが、26日にバス27台に分乗させて空港に向かおうとした矢先に爆弾テロが発生。大混乱に陥り退避作戦を断念した。

―爆弾テロが退避計画を大きく狂わせたようです。

不幸な要因が重なったことは確かです。爆弾テロは想定外だったと思います。それがなければ結構な人数を運ぶことができたのではないか。現地スタッフを救出できなかったことに批判があるようですが、そもそも今回は日本人の救出しか頭になかったのかもしれません。

―どういうことですか?

イラク復興支援で派遣されていた陸上自衛隊の部隊が2006年に撤収した時、現地で協力してくれたイラクの人たちを一緒に退避させましたか? 『一緒に行きたい』という現地の人たちがいても、日本にはいろんな法制度の問題があって結局、連れて帰ることができなかった。今回、現地スタッフを救出することは、はなから考慮されていなかった可能性があります。

自衛隊の出動をシステマティックにする必要性

首都陥落後、米国が国外退避させたのは、自国民と現地スタッフを含め約8万人、英国は約1.5万人、韓国も約390人にのぼった。日本政府は15人の移送をもって「邦人の退避という最重要の目標は達成できた」と胸を張ったが、他国との救出者数の開きは歴然としたものがある。国によっては、タリバンの厳しい検問を避けるため、自前のヘリコプターを使って空港まで人員輸送したところもあった。

米軍のC17輸送機への搭乗を待つアフガニスタンから退避する人々(アフガニスタン・カブールの空港)(米軍提供)AFP=時事  “AFP PHOTO / US AIR FORCE / Master Sgt. Donald R.ALLEN” ‑ NO MARKETING ‑ NO ADVERTISING CAMPAIGNS ‑ DISTRIBUTED AS A SERVICE TO CLIENTS
米軍のC17輸送機への搭乗を待つアフガニスタンから退避する人々(アフガニスタン・カブールの空港)(米軍提供)AFP=時事 “AFP PHOTO / US AIR FORCE / Master Sgt. Donald R.ALLEN” ‑ NO MARKETING ‑ NO ADVERTISING CAMPAIGNS ‑ DISTRIBUTED AS A SERVICE TO CLIENTS

―改善すべきところがあるとすれば、どんなところでしょうか。

政府内の手続きをもっと迅速に行うべきだったかもしれません。現行の自衛隊法では、邦人等の輸送は、まず外相が防衛相に依頼し、両省が協議して派遣する手順になっている。『自衛隊が勝手に行動している』と言われないための厳重なシステムだと思いますが、阪神・淡路大震災の際に(知事の決断の遅れもあって)自衛隊の出動が遅れたように、最悪の事態が発生しても人によって判断が分かれる時がある。ある程度、法律を改正して、人の判断によらずに自動的に決まる仕組みを検討してもいいのではないか。

―自衛隊機による「邦人等の輸送」は自衛隊法上、現地の安全の確保が前提になっていて、それが政府の対応の遅れを招いたのではないかとの議論もあります。

自衛官の生命を守ってくれようとしているのはありがたいことですが、自衛官は入隊時に『事に臨んでは危険を顧みず』と宣誓しています。たとえ危険な地域であっても任務に赴く覚悟ができているわけで、法律で安全を強調し過ぎるあまり、現実的な議論になっていないのではないか。そこは今後、議論していく必要があると思います。

―日本もヘリコプターなどを投入して救出する手だてはなかったのでしょうか。

早くから準備していれば、理論上はありえたでしょう。しかし、ヘリの機体を分解して輸送機で運ぶとなると、現地で組み立てたり、テスト飛行をしたりと準備に相当な時間がかかります。また、当時は市内から空港へのバスによる移動が可能だったので、なぜわざわざヘリを持って行くのかという説明と説得も必要になります。

次なる邦人救出事態に向けて準備しておくべきこと

海外で起きた緊急事態に日本人を救出するため、自衛隊法に「邦人等の輸送」任務が追加されたのは1994年。その後、平和安全法制整備法として2015年には「邦人等の保護措置」が追加され、輸送妨害の排除や警護、救出までできるようになった。政府は将来、起こりうる海外での災害や紛争などに備え、部隊や艦艇、航空機の待機態勢を敷くとともに、陸海空自衛隊の統合演習を重ねている。

―アフガンでの退避作戦で得られた教訓で、将来、朝鮮半島や台湾海峡の有事の際などに活かせることがあるとすれば、それは何でしょうか。

今回は退避作戦について考える良い機会になったかもしれません。官僚も政治家も結果責任を問われることが明らかになったからです。今回は必ずしも所期の目的を達成していない可能性があります。いくら懸命の努力をしたからといって、結果が出なければ意味がありません。

―混乱する現場で大勢の避難者の中から誰を救助するのかという難しい課題もあります。

朝鮮半島に有事が起きれば、日本人を助けるだけではなく、世界中の人たちが救出の対象になります。日本は欧米に比べて地理的に非常に近いので、作戦を主導する立場になる可能性がある。注意しなければならないのは、日本人だけを助けるのか、外国の人たちも助けるのか、どういった優先順位でやるのかなど、周到に検討をして計画を立てなければならないということ。中には混乱に乗じて国外に逃げ出そうとする現地の人たちもいるので、そうした人たちを峻別することも大事になります。

―民間の航空機や船舶などの協力も仰がなければなりませんね。

米国では有事になったら、民間の船舶や航空会社の輸送力の何%を軍に提供しなさいという契約が交わされています。日本でも、平時から民間の船会社や航空会社と契約して、政府計画に組み込んでおくことが必要でしょう。自衛隊はすでに一部の民間船を部隊輸送で使う契約をしていますが、まだまだ規模が小さい。

―政府が計画を立てるにあたって重要なことは何でしょうか。

基本になる計画をきちんと作っておいて、それをアップデートして使っていくのが一番効率的です。そのためには計画を作るだけでなく、関係機関が日ごろから退避訓練をしっかりやっておくことが大切です。具体的なケースを考えて、実際に起きた時に日本として何をやるのか、米軍など他国とどう協力をするのかなども、しっかり考えておかなければなりません。

バナー写真:アフガニスタンに向けて出発するC2輸送機を見送る自衛隊員ら=2021年8月23日(埼玉県航空自衛隊入間基地) 共同

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