AUKUS結成と豪州初の原子力潜水艦建造に潜む影

国際・海外

豪州の潜水艦建造契約の破棄を巡って、フランスが駐豪大使と駐米大使を自国に召喚するなど、大きな騒動に発展した(その後、復帰)。650億ドル(約7兆2400億円)規模の契約を破棄すれば、フランスから最大級の反発を受けることは当然、予想される中、あえて豪州が踏み切った背景には何があったのか。軍事ジャーナリストの能勢伸之氏が解説する。

AUKUS結成と豪原潜契約破棄事件の相関関係

キーワードは「AUKUS(オーカス)」だ。
豪州が発注していた潜水艦建造の契約破棄をフランスに通告したのは、2021年9月16日、ジョー・バイデン米大統領、ボリス・ジョンソン英首相、スコット・モリソン豪首相の3カ国首脳が「AUKUSに関する共同首脳声明」を発出する数時間前のことだった。これにより「寝耳に水」のフランスが激怒、豪州と米国から駐在大使を自国に召喚するという両国に対する外交的に最大級の抗議に発展したのは記憶に新しい。

AUKUSとは何か。また、豪州はなぜこのタイミングで契約の破棄に至ったのか。
AUKUSは、豪州、英国、米国の3か国によって新たに結成された軍事同盟で、Australia、United Kingdom、United Statesの頭文字から取った。明言はされていないが、中国軍の活動活発化など、太平洋・インド洋の不安定要素を睨んだ軍事同盟とみていい。

では、なぜ豪州はこのタイミングで契約破棄に至ったのか。
それは米英豪の間で密かに豪州の潜水艦について、フランスが建造予定だった通常動力型(ディーゼル・エレクトリック方式)ではなく、原子力潜水艦への変更と原潜建造に関わる英米の支援について協議が行われ、合意を得たのがAUKUSの発表のタイミングだったからではないか。AUKUSの枠組みで最初に公表された取り組みが「豪海軍が原子力潜水艦を取得するのを支援」だったことからも、それがうかがえる。

豪潜水艦の「米国仕様化」

豪海軍の現有潜水艦は1996年に一番艦が就役したコリンズ級通常動力潜水艦6隻。コッカムス社(スウェーデン)設計の独特な外観のコリンズ級だが、特異な点は2006年以降、潜水艦戦闘管制システムを順次、米海軍の改オハイオ級巡航ミサイル原潜やバージニア級攻撃型原潜、それにシーウルフ級攻撃型原潜、ロサンゼルス級攻撃型原潜の潜水艦戦闘管制システムであるAN/BYG-1に換装したことだ。

AN/BYG-1を装備した潜水艦は米国以外では唯一、コリンズ級だけ。AN/BYG-1の搭載はハープーン対艦ミサイルやMk.48魚雷など、米海軍の潜水艦と共通の兵器の搭載・使用を可能とした。豪州は2020年代から30年代に就役が見込まれていたコリンズ級の後継潜水艦導入計画「SEA1000」でも、AN/BYG-1の搭載とMK.48 CBASS魚雷使用などを条件としていた。

「SEA1000」計画で豪政府はどんな潜水艦を目指していたのか。当時、豪政府は国民向けに「SEA1000」というウェブサイトを立ち上げ、計画の概要を示していた。その中の「THE BASICS(基本原則)」という項では、「最新の兵器やシステムを装備した潜水艦は海中、海上、沿岸、または、内陸奥地の標的を攻撃でき、沿岸を動き回って、価値ある情報を集めることもできる」としていた。

後継艦選定への米海軍退役将校の関与

豪政府がSEA1000で指定していた魚雷は「Mk48 CBASS魚雷(Mk.48Mod7)」。これは深度365メートル以上にも対応し、深く速く潜る潜水艦に対しても、浅海域で低速で走る潜水艦にも水上艦に対しても最適化できる広帯域CBASSソナーを備えた米豪共同開発の魚雷。SEA1000構想には、日本の「改そうりゅう型」、ドイツの「TYPE216型」、フランスの「ショートフィン・バラクーダMk.1型」案が候補となったが、2016年、フランス案が選定された。

この選定には複雑な「競争評価プロセス(CEP)」が実施されたが、CEPの中心となった「未来潜水艦プログラム」のヘッド格は、豪海軍少将と米海軍退役少将だった。特に米海軍退役少将は以前、オハイオ級戦略弾道ミサイル潜水艦プロジェクトに関わった経歴を持つ。

さらに、CEPのプロセスは独立した専門家諮問委員会によって監視されたが、同委員会は元・米海軍長官が議長を務め、そのメンバーには米海軍退役中将と米海軍退役少将が加わっていた。

建造計画の大幅な遅延発生

豪会計検査院(ANAO)の報告書「Future Submarine — Competitive Evaluation Process」(2020年1月)によれば、2018年12月13日、国防相は将来の潜水艦を「アタック級」と発表。以後、フランスの「ショートフィン・バラクーダMk.1」案はアタック級と呼ばれることになった。

アタック級潜水艦のプロジェクトについて豪国防省は、潜水艦の設計の前段階にあたる「コンセプトスタディ・レビュー」と「システム要件レビュー」の段階で調整に手間取り、19年9月、「設計スケジュールが9カ月延長」「プログラムは現在、防衛の設計前の契約見積もりに対して設計段階で9カ月の遅延が発生」(The Diplomat 2020/1/16)などと報じられている。

さらに、豪政府と仏の国営潜水艦建造所との戦略的パートナーシップ協定(SPA)の交渉は、「17年に開始され、18年9月までに完了する予定だった。しかし、知的財産権と欠陥の保証期間に関するさまざまな意見の不一致、および生産の遅延の可能性により、SPAの署名日は繰り返し延期され、当初予定より16カ月遅れ、19年2月に署名した」(The Diplomat 2020/1/16)。

つまり、豪仏の潜水艦建造計画は当初から遅れに遅れていたのである。12隻のアタック級潜水艦は豪国内で建造されるはずだったが、コリンズ級の退役が26年から始まる予定であったにもかかわらず、アタック級の最初の1隻の建造は「2022年に開始し、2030年代半ばまでに豪海軍に引き渡す」(The Diplomat 2020/1/16)と、予定に大幅な狂いが生じていた。

急務となった中国原潜への対策

ではAUKUSが結成された背景には何があったのか。
米誌FORBES(2021/9/19)は「フランス製の最新式の原子力潜水艦を通常動力に変更して12隻建造するという豪州との取り決めは、中国が小規模だった原子力潜水艦艦隊を急拡大する兆しを見せたため、貧弱に見え始めた」と分析している。

中国・海南島の軍港に停泊するのは中国海軍の094型戦略ミサイル原潜とみられる Google Earth
中国・海南島の軍港に停泊するのは中国海軍の094型戦略ミサイル原潜とみられる Google Earth

中国は現在、米国、ロシアに次ぐ、約60隻の潜水艦保有国で、攻撃型原子力潜水艦は少なくとも6隻は保有しているとみられる。「米中激突の危機高まる南シナ海、カギを握る台湾」でも詳述したが、中国は軍事拠点化を進める南シナ海に戦略ミサイル原潜を遊弋(ゆうよく)させている。

中国海軍が21年現在、6隻保有する094型晋級戦略ミサイル原潜には、最大射程7400キロ以上、核弾頭を最大4個装備可能なJL-2核弾頭ミサイルが搭載され、海中から発射できる態勢が整っている。

南シナ海の中心部から半径7400キロメートルの同心円。日本と豪州全土がすっぽり中国のJL-2の射程に入る
南シナ海の中心部から半径7400キロメートルの同心円。日本と豪州全土がすっぽり中国のJL-2の射程に入る

ちなみに、物理的には南シナ海中央から約7400キロ圏内に豪州と日本の全域が入る。そして中国が2020年代中の就役を目指して開発中の096型戦略ミサイル原潜が将来は、射程1万2000~1万5000キロのJL-3ミサイルを搭載して南シナ海に潜む可能性もある。これだけの射程になれば、南シナ海の海中から米本土だけでなく、英仏も物理的には射程内に収まるようになる。

AUKUS署名後、モリソン豪首相は記者会見で同国海軍のホバート級イージス駆逐艦にトマホーク巡航ミサイル(射程1600キロ以上)を装備することを言明。さらに今後、延命工事が行われるコリンズ級潜水艦にも、トマホーク巡航ミサイルを装備する可能性を示唆した。

AUKUS署名で仏企業は、650億ドル規模のビジネスをキャンセルされ、仏政府は駐米、駐豪仏大使を一時帰国させたが、9月22日にマクロン仏大統領とバイデン米大統領の電話会談の後、駐米、駐豪の仏大使は任地に帰還。

10月29日、米大統領はローマで開かれる20カ国・地域首脳会議(G20サミット)を前に、マクロン仏大統領と会談。米側の不手際を認め、「米国はインド太平洋地域のフランスの役割を歓迎する。フランスは地域全体に拠点を置く軍事力により、自由で開かれたインド太平洋への安全保障への貢献、提供者となっている」などを内容とする米仏首脳共同声明を発出した。

この中では、AUKUSについては一言もなかったが、「米仏防衛貿易戦略対話を開始する」との文言があった。その同じ日、在豪英国大使館は豪西部のパースに入港した英国海軍のアスチュート級攻撃型原潜の画像をツイートした。

これは対中国という観点からか、「AUKUSを補強する」ため、というのである。

在豪英国大使館は豪西部のパースに入港した英国海軍のアスチュート級攻撃型原潜の画像をツイートした @ukinaustraliaのツイッターより

高まる豪州の戦略的重要性

中国の094型、そして、近い将来の096型弾道ミサイル原潜をけん制するために、豪海軍の水上艦(ホバート級駆逐艦)と攻撃型潜水艦にトマホーク巡航ミサイルを装備することがAUKUSの目標と思われる。前述のFORBES誌(2021/9/20)は「米海軍のロサンゼルス級原子力潜水艦28隻のほとんどは退役する予定だが、同級原潜を豪州に貸与すれば、豪州は“米国外”でありながら、この地域のさまざまな米国の需要を支援するために利用可能」になるという。

具体的には「米英は原潜用の埠頭(ふとう)、ドライドック(船体の検査や修理などのために水を抜くことができるドック)、その他の特殊施設の設計要件を豪州に伝え、豪州は米英の攻撃型潜水艦を支援するのに必要なインフラの構築を開始できる」とする。「その他の特殊施設」については、具体的な指摘はないが、例えば将来、豪州の軍艦や潜水艦に搭載されるトマホーク巡航ミサイルの貯蔵施設が豪国内に建設されれば、米英も利用でき、その戦略的意味は大きくなるだろう。

豪州の将来の原潜が米国のバージニア級や英国のアスチュート級原潜とどのような関係になるかは不明だが、どちらも、トマホーク巡航ミサイル搭載艦という共通点がある。かくして「豪州の潜水艦契約破棄事件」は、AUKUS結成に伴い豪州の潜水艦建造にまで本格介入する米英、ことにバイデン政権の「中国包囲網」構築の本気度を示しているのかもしれない。

バナー写真:米英豪3カ国によるAUKUS結成発表のオンライン共同記者会見。中央はバイデン米大統領、右のモニターはジョンソン英首相、左のモニターはモリソン豪首相(2021年9月15日)AFP=時事

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