札幌に2度目の五輪を開催する理念はあるか

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2030年の冬季五輪・パラリンピック開催を目指す札幌市が11月末、開催概要計画の修正案を発表した。経費を従来計画よりも最大900億円削減し、総額2800億~3000億円に収めたことが特徴だ。新型コロナウイルスの感染が拡大する中で強行開催された今夏の東京大会は、世論の反発を浴びた。開催に疑念を抱いた人も多く、札幌の招致活動も経費削減をアピールするだけで地元の理解を得られるとは思えない。1972年以来、2度目の招致を目指す札幌は何のために大会を開催しようとしているのか―――。

経費削減と既存施設の活用を強調

11月29日、札幌市の秋元克広市長は定例の記者会見で、よどみなく計画の見直しについて説明した。

「東京2020大会を節目に、IOC(国際オリンピック委員会)も大会の開催方針を変更し、オリンピック・パラリンピックは、持続可能なアプローチで大会運営を追求するようになってきている」

秋元市長が発表した予算の内訳は、施設整備費が800億円、大会運営費が2000億~2200億円。市長はさらに「大会運営費については、IOC負担金や大会スポンサー収入などの活用で、原則税金を投入しない」とまで明言した。

だが、計画を詳しく照らしてみれば、大会運営費として挙げた額は、民間資金で運営される組織委員会の予算に過ぎない。東京大会では、コロナ対策やテロ防止の警備費、大会関係者の輸送費などに多額の税金が投入された。

東京の大会組織委員会によると、開催経費は1兆4530億円だった(決算見通し)。内訳は組織委が6343億円、東京都が6248億円、国が1939億円。競技・種目数を考えれば、夏より冬の方が開催にかかる経費は少ないだろう。しかし、そうであっても、3000億円程度で大会を本当に開催できるのか、現段階では甚だ疑問と言わざるを得ない。

東京大会は招致段階で7340億円の予算だった。しかし、最終的にはその約2倍にまで膨らんだ。札幌も経費を安易に計算せず、現実的な数字で見積もるべきだ。

札幌の計画で経費削減の対象となったのは、主に競技施設である。当初の計画から2会場を減らして13会場とした。札幌にはジャンプ競技場が2カ所あるが、宮の森は使わず、大倉山だけを利用し、ノルディックスキー複合の距離会場に予定していた円山総合運動場も計画から外した。

このほか、アイスホッケー会場の真駒内屋内競技場は建て替えを断念し、改修のみにとどめる。ソリ競技会場の新設もあきらめ、1998年長野五輪で使った長野市のコース「スパイル」を改修して充てることにした。

全面的に建て替えられる新月寒体育館を除き、13会場中、12カ所は既存施設となる。その多くが、72年大会の施設である。このほか、開閉会式は札幌ドームで行われ、選手村は老朽化した市営団地の建て替えと連動して整備が進められる予定だ。

しかし、競技施設に関しては、国際競技団体からのさまざまな要求が想定される。それらを受け入れると、費用が次々とかさんでいくのは東京大会でも経験したことだ。果たして計画通りに事が運ぶのかは未知数だろう。

ライバル都市の動向は?

札幌以外で2030年大会招致に名乗りを上げているのは、02年大会を開催したソルトレークシティー(米国)、10年大会を開催したバンクーバー(カナダ)、スペイン初の冬季大会招致を目指すピレネー・バルセロナだ。さらに、ウクライナもゼレンスキー大統領がIOCのバッハ会長に立候補の意思を示している。

ソルトレークシティーもバンクーバーも、かつて開催した施設が多く残っており、運営上も問題はなさそうだ。バルセロナは1992年夏季五輪を実施しており、都心のインフラは整備されている。山間地のピレネーはスキーリゾートである。

ウクライナは今、隣国ロシアと緊張関係にある。米欧の軍事同盟である北大西洋条約機構(NATO)にウクライナが加盟することを警戒し、ロシアが国境に軍を集結させている。そのような国が五輪に名乗りを上げる背景に何があるのかは、まだ分からない状況だ。

前回冬季大会以降の開催都市を見ると、18年冬=平昌(韓国)、21年夏=東京(日本)、22年冬=北京(中国)、24年夏=パリ(フランス)、26年冬=ミラノ・コルティナダンペッツォ(イタリア)、28年夏=ロサンゼルス(米国)、30年冬=未定、32年夏=ブリスベン(オーストラリア)となっている。

18年以降、3大会連続でアジア開催となったことが、札幌にどう影響を及ぼすかも注目される。北米や欧州、南半球との地域的バランスだけでなく、国際政治の情勢も考慮されるに違いない。

不透明なIOCの開催都市選び

大会が肥大化し、立候補を希望する都市は減る傾向にある。このため、IOCは「敗者を出さない」方針で、2024年と28年の夏季大会はパリとロサンゼルスに振り分けた。かつてのような総会での投票は行わず、IOC内に設置した「将来開催地委員会」が優先候補地を決め、総会で信任投票する方式に変更したのである。32年のブリスベンはその方法で決まった。

30年大会の決定時期はまだ明らかになっていない。12月初旬のIOC理事会後の記者会見では、30年と34年の両冬季大会を一緒に決めることはあるのか、という質問も出た。バッハ会長は明言を避けたが、そのような可能性も否定はできないだろう。

地球温暖化や雪不足の影響もあって、冬季大会は開催できる都市が限られる。札幌が「都市圏に近く、自然の雪で大会を開催できる場所は多くはない」とアピールするのも当然だ。また、東京大会のマラソンや競歩を支障なく札幌で開催したこともIOCには好印象を残しており、バッハ会長は「札幌の運営能力には疑う余地がない」と認めている。

美辞麗句で世界の賛同は得られない

そうなれば、課題はやはり住民の支持が得られるかどうかになる。年明けの1月には札幌市が市民と対話の場を持ち、3月には北海道民を対象に意向調査を行う方針だ。それを踏まえて正式な計画を5月~6月に発表するという。

3月といえば、北京大会が終わった頃になる。冬季大会のムードが盛り上がったところでの調査ということになるが、住民がどのようなイメージを抱くのかはまだ読めない。

東京大会では、コロナ禍の難しい状況下、政治や商業主義が取り巻くマイナスの印象がクローズアップされた。北京大会に向けては、中国の新疆ウイグル自治区などでの人権問題や、米中関係の対立を背景とする「外交的ボイコット」が問題となっている。依然、巨大イベントを取り巻く課題は多い。

「札幌らしい持続可能なオリンピック・パラリンピック~人と地球と未来にやさしい大会で新たなレガシーを~」が大会ビジョンである。だが、持続可能性をアピールするだけでは他の都市とさほど変わりはないだろう。まして、経費削減や既存施設の活用は、取り組んで当然というべきテーマだ。

「現在は1972年当時に建設された建物等のインフラの多くが更新時期を迎えているほか、人口減少・少子高齢化への対応、気候変動対策、共生社会の実現など、私たちが今後解決していかなければならない、さまざまな課題を抱えている」というのが、招致に向けての秋元市長の現状認識だ。

だが、老朽化した競技施設やインフラの整備のために大会を開催するというのでは困る。地元住民向けのメッセージだけでなく、世界の人々の心をつかむ理念がなければ、たとえ開催都市に選ばれても、美辞麗句で飾られた「ビジョン」ははがれ落ちるだろう。

五輪とパラリンピックを札幌で開催する意味とは何なのか。札幌から世界に向けて何を発信したいのか。大会を招致するのであれば、その根本を改めて追求すべきだ。

バナー写真:1972年札幌五輪、スキージャンプ70m級で表彰台を独占した「日の丸飛行隊」(左から金野昭次、笠谷幸生、青地清二)。その舞台となった宮の森ジャンプ競技場は、2030年大会招致に向けた開催概要計画によれば、経費削減の対象となり使用されない。時事

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