北京五輪でアスリートの「表現の自由」は保障されるのか

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北京冬季五輪の開幕が2月4日に迫る中、アスリートの「表現の自由」をめぐって懸念が広がっている。昨夏の東京五輪では、選手たちがSNS(ネット交流サービス)を通じてさまざまな発信を行い、自らの思いをネット上に投稿した。しかし、中国では少数民族に対する人権問題や言論抑圧に世界から批判が高まっている。北京五輪に集う各国の選手たちは、自由に意見を表明できるのか――。

「発言」は帰国するまで自粛を

五輪開幕を間近に控えた1月中旬、国際的な人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」(HRW)が主催するセミナーが開かれ、北京五輪におけるアスリートの発信がテーマに取り上げられた。スポーツ選手の権利向上を求めて支援活動を展開する「グローバル・アスリート」の代表、ロブ・キーラー氏はこう述べた。

「沈黙は共犯にもなるが、大会に参加する選手には何も語らないことを勧める。五輪で競技を行い、帰国した後に発言してほしい」

この活動に参加している元米国代表のノルディックスキー距離選手、ノア・ホフマン氏も「中国当局から起訴されるだけでなく、IOCからも処分される恐れがある。北京五輪に参加する選手は沈黙を守ってほしい」と訴えた。米国チームは人権問題に関するメディアからの質問には答えない方針だという。

中国の問題を調査するHRWの研究員からは「中国の法律は、言論に関連する罪を取り締まるために曖昧にできている」との指摘も出た。国家の恣意的判断で罪に問われることもあるという意味だ。

オランダ選手団はスマホ不携帯

大会に参加する選手団も、中国での情報発信に関しては警戒感を強めているようだ。オランダの地元紙によると、オランダ・オリンピック委員会は北京五輪に出場する同国選手に対して、私有の携帯電話やパソコンを持っていかないよう求めているという。中国の諜報活動に対する懸念が理由で、同国オリンピック委員会の広報担当者は、サイバーセキュリティーを中国渡航のリスクの一つと認めている。

中国では通常、ツイッターやグーグル、LINE、インスタグラム、フェイスブックなど日本や欧米主要国で使われているインターネット大手のサービスは利用できない。中国の人々は主に中国版のツイッター「微博(ウェイボー)」や、メッセージをやりとりする「微信(ウェイシン)」といったサービスを使うが、国家から監視・検閲されているとの見方は以前から根強い。

共同通信の報道によれば、北京五輪の関連施設では、海外のIT大手のサービスが閲覧可能という。しかし、SNSへの投稿が検閲される恐れは拭えず、自由な発信がどこまで可能なのかは不明だ。

「彭帥問題」の真相は藪の中……

中国の著名な女子テニスプレーヤー、彭帥さんが「微博」で中国の元副首相、張高麗氏から性的関係を強要されたと訴えた後、その投稿が削除された問題は、さまざまな臆測を呼んだ。本人の投稿なのか、なぜ削除されたのかも明らかにならず、情報の取り扱いをめぐる中国の不透明さを露呈した。

投稿が削除された後、彭帥さんは一時消息不明となった。しばらくして、中国政府系のメディアなどで無事が伝えられ、国際オリンピック委員会(IOC)は、バッハ会長とオンラインで面会する様子を公表した。しかし、今も表舞台には出てきておらず、本当に自由の身なのかどうかも含め、真相は分からない。IOCが本人と接触した経緯についても十分に説明はなされていない。

1月中旬からはテニスの全豪オープンがオーストラリア・メルボルンで開幕したが、そこにも彭帥さんの姿はない。現地で記者会見した世界ランキング3位、ガルビネ・ムグルサ(スペイン)はこう話した。「本当の真実が何かを見つけ出し、彼女が自由に話せるようになるのは、とても難しいと思う」。依然、疑念は晴れぬままだ。

五輪期間中、選手の発信に制限は?

話を五輪に戻したい。大会期間中、参加選手の表現活動にはどのような制限があるのだろうか。五輪憲章第48条の付属細則にこう記されている。

「メディアとしての資格認定を受けた個人のみがジャーナリスト、報道記者としてまたはその他のメディアの資格で活動することができる。いかなる状況のもとでもオリンピック競技大会の期間中、選手、コーチ、役員、プレスアタッシェ、あるいはその他の資格認定を受けた参加者は、ジャーナリストまたはその他のメディアの資格で活動してはならない」

たとえば、選手が大会中に新聞にコラムを書いたり、コーチがテレビに出演して解説したりするようなことはできない。メディアを使って対戦相手を非難したり、審判の判定に不服を述べたりすれば、大会が混乱に陥るからだろう。あくまでメディアとして参加資格を与えられた者だけが報道活動をできる、という規定だ。それはどの五輪でも変わらない。

しかし、ソーシャルメディアが発達する中で、この規定の運用は徐々に緩和されてきた。2008年の北京五輪ではまず、選手のブログが解禁された。メディア活動ではなく、あくまで日記という扱いだ。当時、選手の発信に関する問題は特に起きなかった。その後はスマートフォンが世界で普及し、12年ロンドン五輪は「ソーシャルメディア五輪」とさえ呼ばれた。

IOCは、選手たちがSNSで発信することを奨励するようになった。何十万、何百万人からフォローされる世界的な有名選手もいる。選手たちが「メディア」となって五輪をPRしてくれるのだ。東京五輪でも、報道関係者が入れない選手村の様子がアスリートのSNSを通じて世界に伝わった。

一方で、五輪の「負の側面」があからさまになることもある。東京五輪ではベラルーシの女子陸上短距離選手が、予定外の種目に出場を強要された不満をSNSに投稿。それが独裁政権の怒りに触れ、強制帰国を命じられたが、羽田空港で助けを求めて保護され、最終的に隣国ポーランドへ亡命した。アスリートに対する国家の圧力が表面化した一例だ。

東京五輪から選手の政治的発言が緩和

東京五輪を前に、IOCは「オリンピックの用地、競技会場、またはその他の区域では、いかなる種類のデモンストレーションも、あるいは政治的、宗教的、人種的プロパガンダも許可されない」とする五輪憲章の規定を一部緩和した。

米国などでは人種差別に堂々と抗議するアスリートが増えている。このため、IOCは新たにガイドラインを設け、特定の国・地域や個人を標的にしないことなどを条件に、競技会場でも選手入場時や紹介時の表現行為を容認することになった。これにより、試合前に行う人種差別に抗議する膝つきポーズなども問題なしとされた。

中国政府に対しては、新疆ウイグル自治区での抑圧政策に国際的な非難が集まっている。さらに、香港では中国政府に厳しい論調を展開する新聞社の創業者らが逮捕され、民主派メディアが次々と廃業に追い込まれた。

こうした動きを批判する米国や英国などは、北京五輪の開閉会式などに政府関係者が出席しない「外交的ボイコット」を表明し、日本も閣僚を派遣しないことを決めている。

政治家だけでなく、選手からも中国に対する批判が表明された場合、IOCや中国政府はどう対応するつもりなのか。もし選手を大会から追放するような事態に発展すれば、国際的な問題にもなりかねない。

新型コロナウイルスの変異株「オミクロン株」の感染者が北京でも確認され、感染拡大の不安がクローズアップされている。だが、主催者が最も恐れているのは、アスリートたちの意思表示ではないか。

彼らの表現の自由までもが奪われる大会になれば、五輪の歴史に大きな汚点を残すことになる。世界の若者が友好を深める祭典だ。「人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の確立」という、オリンピズムの理念が実践されることを願うほかない。

バナー写真:2022年1月4日、ベルギー・ブリュッセルの欧州連合(EU)本部近くで、北京五輪ボイコットを求めてデモを行う活動家たち。23日にはイスタンブールのトルコ五輪委員会が入る建物前で、ウイグル族の人々がデモを行っている。 Credit: Valeria Mongelli / Hans Lucas via Reuters Connect

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