経済安全保障をめぐる課題

米国が目指す経済安全保障―リベラルな国際秩序は保たれるか

経済・ビジネス 政治・外交

米国と中国が経済や技術などで激しい覇権争いを繰り広げている。米国は先端技術の管理や戦略物資の供給で日本に協力を求めているものの、日本は機密情報の保護やサプライチェーン(供給網)で後れを取る。そのため、政府は1月17日に開会した通常国会で「経済安全保障推進法案」を提出し、法整備を急ぐ。自由な経済活動と規制強化のバランスは、どのように保つのか。

「経済安全保障」の意味するもの

経済安全保障は多様な意味を含む概念である。

一般的に経済安全保障を考察する際、国家や社会の経済的繁栄、個人の雇用の維持、収入の確保、生活水準の向上などが思い付く。米国でも、国土安全保障省(DHS)はこのアプローチをとっており、国内および国際的に流通する資材や技術への依存の高まりを、経済安全保障的な視点から捉えている。これに対して国防総省は、米国の経済利益の保護および発展、米国の利益に沿うような国際社会の創造、非経済面での圧力に抗するだけの資材や資源を保有すること、と定義している。

米国の経済安全保障への関心は古くから認められる。20世紀に入ってからも、米国の第一次世界大戦への参加は、ドイツの潜水艦部隊による大西洋通商への脅威が契機となり、冷戦の一つの要因は、東側諸国との経済体制であった。冷戦後は、1995年のクリントン政権下で発表された「関与と拡大の安全保障戦略」において、戦略の柱の1つとして経済的繁栄が規定され、その下に作成された「科学技術国家戦略」で経済安全保障の強化が提起されている。

クリントン政権期の経済安全保障に対する戦略を見直すと、今日の経済安全保障を巡る議論との近似性に驚く。その「科学技術国家戦略」では、当時の米国の世界経済におけるシェアの低下に対する危機意識を出発点に、グローバリゼーションと国際競争の活発化の中で米国の産業の直面する課題を指摘する。そして、米国企業が技術的先進性を維持する経済的、また軍事的な重要性を強調する。その上で、米国の技術開発を主導する民間部門の活性化や、科学技術教育の強化など、この戦略の下で重視する具体的な政策的措置を列挙している。

米国の経済安全保障

クリントン政権を含め、冷戦以後の米国の科学技術政策の歴史を振り返るとき、民間企業の技術開発の進展が、米国経済の活力および競争力の源泉であるという思考は一貫している。これは、科学技術政策に関心が薄いと指摘されたトランプ政権でも同じであり、特に新興技術の安全保障上の重要については、2018年の国防戦略や、輸出管理改革法(ECRA)などにおいても強調されている。さらに、20年10月に発表された「死活的および新興技術に関する国家戦略」では、2つの階層を設定し、米国の指導的立場を維持する上で、国家安全保障上のイノベーション基盤の推進と、技術的優位の保護をあげている。

2020年の戦略では重要技術を指定しており、バイデン政権の下でも複数の機会に更新された機微技術と新興技術のリストが発表されている。22年2月には、20年の戦略で規定されたリスト自体が更新されており、人工知能(AI)や量子技術などの重要性が改めて規定された。

これら重点技術の指定と同時に経済安全保障の面で重要なのが、技術優位の保護である。特に米中関係の文脈では、1999年に米中軍事経済特別委員会が作成した「コックス報告」において、中国が米国の核関連技術を不正に入手していると指摘され、技術や知識・情報の管理の厳格化を求める声が上がっていた。さらに、2009年にオバマ大統領が輸出管理改革イニシアチブを進めており、当初は米国の技術優位の維持と、死活的な技術の保護の両立を目指したが、政権後半になると技術優位の保護に対する関心が高まっていった。2016年の米中経済安全保障委員会の年次報告書にも、中国の技術取得活動について記述が盛り込まれており、人民解放軍系の企業の活動への警鐘が鳴らされている。

これらを受け、経済安全保障における技術の優位性の維持において、米国の輸出管理制度の改革の焦点が絞られていった。当初は企業の輸出促進に際し、安全保障上の考慮が競争力を阻害しないことに焦点が当たっていたが、2018年のECRA制定、さらには外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)の権限強化などが相次いで導入され、管理強化の方策が検討されるようになっていったのである。

輸出管理の課題

ただし、輸出管理強化には2つの課題があった。1つは、安全保障上重要な影響があると指摘された新興技術は、商業目的での製品輸出もしくは技術移転の段階にはなく、流出のルートが複数想定されたため、政策の手法を確定させることが困難であるということである。

この問題は、日本の経済安全保障をめぐる議論でも課題になるが、特定の懸念国に技術の移転が行われないように障壁などの措置を設けるのは、政治的にも法制度的にも難しくはない。既存の安全保障貿易管理法制度に基づいて規定される管理方法を活用し、懸念国やそれに関連する個人や団体を「拒否リスト」に含めることで、厳格な管理が可能になる。しかし、各国が経済の繁栄も同時に追求する必要がある中で、特定の懸念国の懸念対象を厳密に規定するのは困難である。また、直接投資や企業買収、留学生や研修生、さらには企業内の構成員からの移転など、それを禁止すると通常の経済や学術活動を阻害する可能性がある。技術等が国境を越えるのではなく、国内にある以上、規制は国内の企業や団体に向けられる。

2つの課題は、技術の移転自体は、合法性の有無を問わず、歴史上一般的に繰り広げられてきた現実であり、戦争の発生などのような明確な安全保障上の理由がない限り、それを政治的な考慮の下に禁止することは、現在の国際社会において、自由貿易体制に逆行する行為となることである。世界貿易機関(WTO)の下での、関税貿易一般協定(GATT)第21条の安全保障例外の規定は存在するが、本質的には軍事力のバランスの問題を理由に規制が正当化されるかどうかは不明である。そして、第21条の濫用は、グローバリゼーションを止める効果を生む。

ここにわれわれは、個別の安全保障の先に、世界史的な課題を見ることになる。つまり、技術格差を固定して国際秩序の現状維持を図ることは、どこまで可能であり、人類史的にはどのように正当化できるだろうか、という問題である。同時に、少なくとも冷戦後30年間拡大し続けたグローバリゼーションやリベラルな国際秩序から、特定の国家や個人を主観的な安全保障目的で「排除」することが、政治経済的に可能かどうかという問題も存在する。後者の問題は、不拡散問題や気候変動問題など、他の国際規範を巡る国際協力の形を、大幅に変える可能性を含んでいる。これを正当化する論理が必要となる。

日米の経済安全保障を比べて

日本の経済安全保障推進法では、4分野(サプライチェーンの強靭(きょうじん)化、基幹インフラの安全性・信頼性の確保、官民技術協力、特許出願の非公開化)の強化が規定されている。これらは、技術の保護を主要な目的として、開発や製品化の過程で、技術情報の漏えいや盗取を防止する手法を規定するものとなっている。これらはいずれも、米国での議論を踏まえ、そこで検討された政策上の措置を日本への導入を図るものとなっている。米国ではトランプ政権において、情報通信ネットワークから中国・華為技術(ファーウェイ)の製品の排除が進められた。この法律で、日本は排除すべき技術を特定していないにしても、それが可能な法的措置を設けようとしている。

しかし、経済安全保障の観点から、前述の4分野での規制強化で実現可能なのは、自国の企業の経済活動の安全や安心に留まり、特定懸念国の政策を変更するまでには至らない。一般的に考察しても、日本市場に死活的価値がない限り、相手国の企業などは代替供給先を探すため、相手国は経済的損害を感じない可能性は高い。日本の経済安全保障政策の意義を高めるためには、国際協調が不可欠になるが、その実現には、少なくとも関係国間のコンセンサスが必要になる。

ただし現状、そのコンセンサスを醸成するには、さらなる政治的働き掛けが必要になる。現状の経済安全保障は、防御的な手段が中心となっており、それを攻撃的に使用するための政治的な条件がそろっていないのである。このため、日本の経済安全保障は、緊急避難的なものであり、この法律を踏まえ、今後包括的な政策枠組みを改めて規定する必要があるのである。

バナー写真:経済について講演するバイデン米大統領=2021年11月(ロイター)

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