日本の10代はいま:“もや” のかかった平坦な「高原地帯」を歩く若者たちへ

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この4月から成人年齢が「18歳」に引き下げられる。18歳の高校生にはすでに選挙権があるが(2016年改正公職選挙法施行)、「大人」として新たな社会的権利や責任が生じる。コロナ下で新成人となる10代は、どんな社会認識や悩み、将来像を持っているのだろうか。世代特有のメンタリティーを探る。

土井 隆義 DOI Takayoshi

1960年山口県生まれ。社会学者。筑波大学人文社会系教授。著書に『「宿命」を生きる若者たち』『若者の気分―少年犯罪〈減少〉のパラドクス』『友だち地獄―「空気を読む」世代のサバイバル』など多数。

減少する少年犯罪

ネット依存やいじめ、経済格差など、若者に関わるさまざまな社会問題の論考で知られる土井隆義教授は、もともと犯罪社会学が専門だ。

「少年刑法犯は1993年頃から急激に増えて2003年に1つのピークを迎え、それ以降は激減しました。決して社会環境が良くなったわけではなく、18歳未満の子どもの相対的貧困率は上昇しているにもかかわらずです。一方で、不登校、リストカットなどの自傷行為は増えました。なぜかと考えるようになり、子どもたちが抱える生きづらさは、昔とは違うのだと気付いたのです」

対照的に、高齢者の刑法犯は漸増している。高齢者には高齢者なりの生きづらさがあり、それが犯罪率の高さに反映されていると土井氏は指摘する。

「日本の名目国内総生産(GDP)は90年代を境にほぼ横ばいになり、社会は『高原期』に入りました。今の50代以上は高度経済成長期に思春期を過ごしています。さまざまな調査を見ると、90年代後半から2000年代初めにかけて、大きな価値観の変化がある。ところが、努力すれば報われると信じて坂道をひたすら上り続けた時代に思春期を送った世代の価値観は、なかなか変わらない。より高みを目指す強い野心を持っているために、今の社会に適応できていない。特に高齢者男性は、概してコミュニケーション能力に乏しい。孤立してフラストレーションをため込み、それが往々にして問題行動に結び付くのです」

では、なぜ少年犯罪は減り続けているのか。

「不満」ではなく「不安」の発露

土井教授はまず親世代との価値観ギャップの消失を挙げる。「例えば10代の子どもの親の多くは30代から40代で、思春期の頃はすでに高原期でした。子どもと親の価値観があまり違わないので、衝突しない。高度経済成長期のように、努力してより高みを目指せという親の価値観を押し付けられることがないのです」

また、若者の「生活満足度」の高さも背景にある。NHK放送文化研究所が1973年から5年ごとに実施する「『日本人の意識』調査によると、この半世紀日本人の生活満足度は上昇しており、その傾向は16~29歳の若年層ほど著しく、2018年時点では約95%が生活全般に満足していると回答している。

「相対的貧困率が高くなっているのに、満足度が上がっているのは、自分の人生に対する期待値が下がっているからです。50代以上のように、過剰な希望を抱いていないので、犯罪に結び付くほどの不満をため込まないと言えます」

だが、「不満」の代わりに、「不安」を抱え込んでいる。「いったん道から外れてしまうと、やり直すのは難しいという不安感が強い。昔なら、多少やんちゃをしても生きる道があるだろうと思えた。今はレールから外れると取り返しがつかないと思っている。この不安感の強さも、少年犯罪を減らしている大きな要因です」

若者の自傷行為が増えているのは、その強い不安感に根差していると土井氏は指摘する。

「今の少年犯罪は、質の面でも大きく変わっています。社会や親に反発して不満をため込み、その発露としての犯罪ではなく、不安の発露としての事件を引き起こす。1月に東京大学の前で殺傷事件を起こした高校2年生の少年も、将来に対する不安が増大した末に他者を巻き込んだ、自傷行為のバリエーションとしての犯罪だと言えます。自傷行為がたまに他者にも向くことがあるのです」

孤立を恐れて“つながり孤独”

内閣府の意識調査によれば、友人や仲間との関係を悩みや心配事と感じる若者(18歳~24歳)は、1980年代から90年代まで減少傾向にあった。2000年代に入ると反転し、それを悩みや心配事と感じる若者が急増する。坂道の時代から高原社会へ移行した頃と軌を一にしている。

「経済成長期には、それぞれ違う山を登っているかもしれなくても、明確な目標を掲げ頂上に向かって進んでいます。社会が高原化すると、どこに向かって歩いて行ったらいいか分からない。隣の人がどこを見ているのか、お互いの視線が気になり始め、不安が増します。2000年代以降、友人関係の不安を少しでも減らそうと、似通った価値観を持った仲間内だけで狭く固く関係を閉じようとする傾向が強まり、人間関係の内閉化が進みました。価値観が多様化した時代だからこそ、自分と同じような価値観、生活レベル、生活スタイルの人たちとだけつながることで、安心しようとするのです」

だが、安定した居場所を確保するために人間関係を閉ざしたことが、孤立を生みやすくする。

「仲間から外れると即、孤立してしまう。関係を維持するためには、仲間の強い同調圧力を受け入れるしかない。本音で話せない“つながり孤独”の状態です」

似たもの同士としか交流せず、グループごとに“すみ分け”をする。その分断がコロナ下で加速することを危惧する。

「学校の現場では、グループごとの完全なすみ分けは難しい。外からさまざまな“ノイズ”が入ります。それがある意味、関係性を豊かにしますが、コロナ禍で部活や放課後のリアルな交流の場が減っています。いろいろな価値観や境遇の子どもたちが交わる機会が減るということです。SNSが主なコミュニケーションの場になってしまうと、誰とつながるかの選択がしやすいので、純粋に閉じられた関係性になる。その意味でも、若い世代ほどコロナで失われた時間の持つ意味は重い。思春期につくられたメンタリティーを変えることは、かなり難しいからです」

「もや」は永遠に晴れない

「高原期を生きる若者には、明日もあさっても今の状態と同じだという感覚があります。今は“もや”がかかっていて、どこを向いて歩けばいいか見えない。将来、もやが晴れるとも思えないのです」

高度経済成長期には、学歴、資格など、自分が努力して獲得した社会的評価がアイデンティティーの根拠だった。だが、高原期には、どんなに努力しても今より高い場所に行けるとは思えない。特に昨今では、能力や資格の評価基準も移ろいやすい。自分は何者かと問うとき、絶対に揺るがないものは、自分の「出自」や生得的な属性だと思えてしまう。

「家庭環境、親から受け継いだ遺伝子による素質、資質で自分の人生は決まると思い込む、いわゆる『親ガチャ』です」

「親ガチャ」に “当たった” 若者と “外れた” 若者は、生活圏が分断しているので、基本的に交わることがなく、お互いに無関心だ。

「例えば、恵まれた環境にいる子どもは、大学受験に有利な学校を探して、中高一貫校へ進学する。厳しい家庭環境の子どもたちと接する機会がないので、自分の生活が普通だと思っています」

10代の起業家や社会問題の解決に取り組む「意識高い系」の若者がいる一方で、5、6人の閉鎖的なグループでインスタグラムやラインばかりしている若者もいる。そんな世代内の分断、すみ分けが進んでいると指摘する。

もはや分断は進むだけなのだろうか。

「価値観、生活レベル、生活スタイルの異なる若者の交流の場を意識的に提供する仕組みづくりが必要です。例えば貧困対策の取り組みとして広まった『子ども食堂』は、いろいろな境遇の子に開かれた場所になってきています。子どもだけでなく、地域の高齢者も集う異世代交流の場となっている食堂もあります。こうした取り組みをさらに広げることが必要です」

「思春期にいろいろな出会いを通して新しい世界に触れ、刺激を得る機会がないと、自分の人生に対するイメージが膨らんでいかない。こんな世界があるのか、自分も経験してみたいなどと思えるような環境をつくるのが、社会の責任です」

困窮家庭の子どもに対する経済支援として奨学金の拡充が望ましいことは言うまでもない。だが、使い道を限定しない金銭的支援にも目を向ける必要があると指摘する。

「友達と付き合うためのお金にも困っている子がいます。みんなでディズニーランドへ行こうと誰かが提案しても、小遣いが足りないので行けない。部活にも遠征試合など、お金がかかることがあるので、参加できない。いっそのこと、友だちをつくらない方が楽だと思ってしまう。その結果、友だちを通じて新たな刺激を得る機会も減り、人生への意欲を喪失してしまうのです」

自分の「鏡」ばかり見ないで

「高原期」を生きる若者にとって、「変化」はリスクであり、不安の要因だ。

「社会が変化しても、自分の生活が今より良くなるとは思えないからです。現状を変えなければと強く思えば選挙に行くでしょうが、変えたいと思わないので、投票するモチベーションがない。だから、若年層の投票率が低水準となり、投票しても保守政党を支持する傾向が強いのです」  

国際比較を見ると、日本の10代の政治や社会への参加意欲は、特に低い。国立青少年教育振興機構が2020~21年に実施した高校生の社会参加に関する4カ国(日本・米国・中国・韓国)の意識調査では、「現状を変えようするよりも、そのまま受け入れるほうがよい」と考えている割合が45.6%で、4カ国中最も高かった。また、日本財団が9カ国を対象に実施した「18歳意識調査」(19年)で、日本は「将来、国が良くなる」と考えている人が1割以下、「自分の力で国や社会を変えられると思う」若者は2割未満で、共に最下位だった。

変化を恐れる日本の若者に、土井教授はこう呼び掛ける。

「現状に自分を“最適化”しない方がいいと言いたい。さもないと、現状が変わってしまったときについていけなくなる。変化のリスクを避けようすることが、逆にリスクになることもあると認識してほしい」

「自身のことは自分が一番よく知っていると思っているだろうが、それは違います。今は、自分はどんな人間かを“鏡”を通して確認しているだけ。“鏡”とは、つまり周囲の反応です。似たような人ばかりで関係を閉じていると、“鏡”にすぎない仲間から想定内の反応しか返ってこない。自分の知らない自分に出会うことはできません」

「自分の潜在的可能性に気付けるのは、想定外の反応を返してくれる人が周囲にいるかどうかにかかっている。異質な人を排除してしまうことで、人生を狭くしているのです」

バナー写真:PIXTA

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