民主化運動弾圧後の香港:人口流出の危機、国際金融センターの地位低下と北京の焦燥

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2019年に香港で発生した大規模な民主化運動は、中国の手でほぼ完全に鎮圧された。また、新型コロナウイルス感染症についても、中国式の「ゼロコロナ」達成に向け、集会を厳しく制限。しかし、こうした動きは深刻な副作用を生んだ。香港からは大量の人口が流出してさまざまな業界で人材難となり、「国際金融センター」としての地位も不安視されている。返還25周年に香港を訪問した習近平国家主席の講話にも、一種の焦りが見て取れる。

返還前を上回る大規模な人口流出

香港政府は移民流出数の正確な統計をとっていない。しかし、様々なデータにすでに異変は示されている。まず、香港の総人口が減っている。2019年末に752万人だった人口は、21年末には速報値で740万人に減少した。日本の人口は香港の16倍あまりだから、これは日本に置き換えれば約200万人の減少、札幌市または群馬県が消えたのに相当する。日本が過去10年ほどに経験した割合の人口減少を、2年で経験したことになる。

特に、労働人口が19年の399万人から21年には387万人へと、2年間で11.7万人もの顕著な減少となっている。この減少幅は第二次大戦後では例がない。返還を恐れた香港人の移民が相次ぎ、頭脳流失が問題化した1988年から90年にかけても2年連続の減少であったが、それでも2年間で1.5万人弱の減にとどまっている。今回の流失はその8倍程度の規模だ。

労働人口の激減は、今回の人口流出の性質を示している。返還前の移民ブームは、将来香港がダメになる可能性に備える保険の意味合いがあった。このため、妻子を先に移民させ、夫は香港に残り働き続ける形式が多く見られた。こうした夫を、宇宙飛行士を意味する「太空人」と称するのが流行語となった。夫は香港と家族の居住地をひんぱんに往復し、日常的に空を飛ぶから、また、中国語で妻は「太太」、それが「空」になっているからである。

それに対し、今回は一家を挙げての移民が多いと言われる。香港での仕事を捨て、資産を処分して、多くの者が覚悟を決めて香港を出て行く。中国は20年に「香港国家安全維持法(国安法)」を制定して民主派を大量に逮捕。「国家の安全」、すなわち共産党政権の安全を確保したように見えるが、自由を奪われた香港市民はその地を捨て始めている。

いら立つ外国政府・外資、逃げ出す外国ビジネスエリート

一方、香港の国際金融センターを支える外国のビジネスエリートにとっては、国安法以上にゼロコロナ政策の影響が大きい。

多くの外資企業は香港をアジアビジネスの統括拠点として利用してきた。香港中心部からは1時間ほどで深圳に入ることができるし、香港国際空港は世界屈指のハブ空港としてアジアや世界各地をつないだ。中国や東南アジアのビジネスの拠点として、香港は理想の地とされていたのである。

ところが、コロナ禍の長期化とワクチンの普及やウイルスの変異による重症化率の低下により、各国が経済活動を重んじる「ウィズコロナ」へと転じる中でも、香港は習近平政権の強いグリップの下で、「ゼロコロナ」政策を強いられた。出張・通勤・通学で日帰り圏が確立していた深圳との往来は、出入りのたびにホテルでの長期の強制隔離を受けねばならない状態が継続している。航空便も規制され、今年4月頃には毎日の着陸便は20便程度、アフリカ・コンゴのキンシャサ空港よりも少ないとされた。

当然、各国の外交団やビジネス界は苦境を政府に訴え、状況の改善を求めてきたが、習近平が自ら「一時的に経済に影響があっても、人民の命を守らねばならない」と主張する中で、外国のロビーの影響力には限界があった。タラ・ジョセフ香港米国商工会議所長は2021年11月、移動規制緩和を実現するよう香港政府を説得するのに失敗したことを理由として辞職した。

結果的に、外資企業や外国人駐在員の香港からの撤退が相次いだ。欧州連合(EU)の香港事務所は今年2月、香港在住のEU市民の1割がすでに香港を離れたと警告する書簡を当時の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官に送った。米国政府が3月に発表した報告書は、21年に約8.5万人いた香港在住の米国人が、すでに約7万人まで減っていると指摘した。こうした人材の多くは、国際金融センターを支えてきたエリートであろう。優秀な人ほど世界のどこにでも働き口を求めることができ、容易に国境を越える。

「中国には上海や深圳があるから、香港を失っても大丈夫だろう」という言説はしばしば見られるが、中国国内の中心地である上海・深圳の機能と、国際金融センターの香港が果たす外貨調達の機能は根本的に異なる。米国の香港商工会議所が昨秋行った会員アンケートでも、香港にとって「最大の脅威となるライバルはシンガポール」と回答した者が80%と、上海(10%)や深圳(8%)などを圧倒的に上回った。

今年第1・四半期の金融・保険業の就業人数は前年同期比7000人減少したが、その間シンガポールは4000人増加したという。中国が香港を失えば、それに代わるのはシンガポールなどの外国であり、中国にとっては純然たる損失に終わる。

習近平の講話と中国の焦燥

こうした国際金融センター喪失の危機に、恐らく中国政府も焦っている。7月1日、香港返還25周年式典に参加した習近平国家主席は講話を行った。その際、習近平は、香港の国際性を維持せねばならないと強調した。習近平は香港の自由で開放的なビジネス環境、国際的なネットワークに加え、コモン・ローの法律、司法機関の独立の裁判権を評価し、それらを維持すると宣言したのである。

西側の民主主義体制に対して常に懐疑的で、国安法によって香港を一気に中国式の政治・社会へと改造してきた習近平が、欧米型の経済システムや、さらには英国が残した法律までも自ら高く評価したのは、香港の外国人を含むエリートたちを引き留めるためであろう。

1992年、鄧小平は広東省各地を視察し、改革・開放を加速するよう号令をかける「南巡講話」を行った。鄧小平が「南巡講話」を行ったのは、89年の天安門事件により中国が外国から制裁を受けると同時に、保守派の台頭によって経済改革が停滞し、中国経済が陥った低迷からの脱却を図るためであった。今回の習近平講話には、政治弾圧の後も経済は自由であると強調する、新たな「南巡講話」としての意味合いがあるようにも見える。

問題は、92年の「南巡講話」が改革・開放の加速につながったのに対し、今の習近平は政策転換を実現できそうもないことである。習近平の講話では、国安法や、民主派を排除した選挙制度の改変を「愛国者による香港統治」を確保したとして高く評価し、新しい制度を「長期にわたり維持する」とも述べている。

香港のEU商工会議所の内部報告書では、中国は国産のmRNAワクチンを開発して14億人に接種するまで国際社会との門戸を開かず、それは来年末から再来年になると予想している。

強硬な政治の一方で、経済の国際性は維持して利益を得ようとする共産党政権は、香港を「政治は中国式、経済は世界標準」という「一都市二制度」的な仕組みにすることを理想としているのであろう。しかし、経済問題の原因が政治にある今、「国家の安全」と経済的繁栄の両取りは容易ではない。

バナー写真:香港国家安全維持法に反対するデモで、スローガンを叫ぶ市民ら(AFP=時事)

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