バイデン流「競争管理」:軍事軽視の危うさ
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海空封鎖の常態化も
ペロシ米下院議長の台湾訪問に対抗して始まった中国の大規模軍事演習は、かつてないスケールで台湾を海空から完全封鎖する意図を見せつけたばかりでなく、米国や台湾の対応によっては演習を今後も「常態化」しかねない危機的情勢を残す結果となった。
ペロシ氏の訪台に関しては米国内でも賛否の声があるが、中国軍は今回の演習でこれまで中台間の暗黙の了解とされていた「中間線」を何度も越えて台湾本島に接近した。明らかに「現状を一方的に変更」する行動であり、今後何よりも問われるのは、バイデン政権が掲げる米中の「競争管理」のあり方ではないだろうか。
バイデン大統領は中国を「長期戦略的競争相手」と位置付けたトランプ前政権の対中姿勢や、日本が提唱した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」戦略を大筋で継承したものの、米中関係を「管理」する対中アプローチに関しては、大きく方向を転換した。
トランプ政権は中国に対して「対決を辞さずに競争する」という「総力戦」の基本姿勢に立ち、例えば通商面では巨額の対中制裁関税を辞さず、軍事面では中国に対抗するために核搭載巡航ミサイルなどの再開発やインド太平洋に大幅な軍事予算を投入して「力の対決も辞さない」態勢を取った。これに対し、バイデン政権は「対決を避けつつ、競争する」という控えめな路線に退いて、対決を進んで回避するようになったのである。
台湾を含む米中関係を仕切るのは、国家安全保障会議(NSC)のカート・キャンベル・インド太平洋調整官だ。オバマ政権の国務次官補(東アジア太平洋担当)を務めたキャンベル氏は、バイデン政権入り目前の2020年末、「中国の挑戦は米国衰退を救う」と題する論文を米外交誌に発表し、「ソ連(ロシア)とは異なり、米中の競争は第一義的に経済と技術であった」とし、さらに「米中の競争に対決や第二の冷戦は必要ない」(※1)と説いている。
「対決なき競争管理」のリスク
そもそもバイデン氏と民主党は2020年大統領選当時から「中国がもたらす挑戦は第一義的に軍事的挑戦ではない」と規定した上で「自滅的で一方的な関税戦争や新冷戦のわなには陥らない」と、トランプ政権の対決型外交との違いを強調してきた。「中国の悪意ある行動は押し返すが、気候変動や不拡散などの相互に利益のある課題では協力を求め、対立が世界の安定にリスクをもたらさないようにする」(※2)と、地球温暖化問題などでは積極的に中国の協力を仰ぐ姿勢だ。「軍事よりも外交」を掲げ、対決を回避しようとするバイデン氏の基本姿勢は、キャンベル氏の路線ともぴったりとマッチしているのだろう。
確かに、米中の直接軍事対決という事態になれば、結果はロシアのウクライナ侵略どころではない。台湾や日本はもちろん、東南アジア、インド、中東にとっても軍事、外交、経済的な損失は計り知れない。その影響は世界全体を揺るがすだろう。バイデン政権が「対決なき競争」を志向することに一定の合理性が存在することは否定できない。
だが、「対決なき競争」が望ましいのは、あくまで結果においてであり、そこに至る経過において対決姿勢を放棄せよというのでは決してない。中国の力ずくの覇権的行動を抑止するには、重要な局面で対決を辞さない決然的対応を示してこそ、相手が身を引く余地も引き出せる。にもかかわらず、バイデン政権は中国を刺激するのを恐れて、予定されていた大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験も延期してしまった(この実験は当初3月に予定されていたが、ウクライナを侵略したロシアを刺激しないために延期されたものである)。
現在の「対決なき」競争管理には、相手に身を引かせようとする厳しさも緊張感もうかがえない。中国側も「米国は力の対決に出てこないから大丈夫」と、バイデン政権の「競争管理」の内実を見切っている可能性がある。このままでは、限界を見極めるまで相手がますますつけ込んでくるリスクも懸念されよう。
オバマ政権以来のDNA?
対決なき競争管理の背景には、軍事問題を回避、忌避しがちなオバマ政権以来のバイデン氏の体質も関係しているのではないだろうか。このことは、米ロ関係にもあてはまるようにみえる。
2014年3月、ロシアのプーチン政権がウクライナのクリミア半島を武力でロシア領土に編入した際、オバマ政権は早々に「軍事的措置は視野にない」と、軍事介入を全否定する態度を示し、ウクライナ政府を支援しようとして緊急理事会を招集した北大西洋条約機構(NATO)の欧州同盟国を立ち往生させたことがある。当時、英国はロシア軍をけん制するために、せめて米欧合同演習をするよう米国に提案したが、取り付く島もなかったという。オバマ大統領の「軍事嫌い」は当時から批判されていたが、そのオバマ氏の外交指南役とされていたのがバイデン副大統領(当時)であった。
8年後に起きた今回のウクライナ侵略でも、バイデン氏が早々に「米軍は直接介入しない」と繰り返し言明してきたことがロシアの侵略行動を早めたとの指摘がある。大統領が「(軍事を含めて)あらゆる用意がある」といったけん制を繰り出しておけば、侵略を遅らせることもできた可能性がある。軍事を毛嫌いする傾向はオバマ、バイデン両政権に流れる共通のDNAなのかもしれない。
自由世界のリーダーとして、米国が今後も対峙(たいじ)を続けなければならない中国、ロシアはとりわけ「力」をよりどころとする国々である。理性に基づく説得だけでは役に立たないことは、ウクライナ侵略や今回の台湾を見れば一目瞭然だろう。バイデン政権の対応がともすれば弱腰に映る理由もそこにあるのではないか。
トランプ政権にも多くの欠点や反省すべき問題が指摘されるが、少なくとも「競争管理」に関しては、対決を辞さない姿勢と行動に裏打ちされ、その上で問題解決のための首脳会談などの直接交渉に乗り出すアプローチをとっていた。米中関係は「新冷戦」と呼ばれ、高い緊張感が維持されてはいたが、その分だけ中国の行動にも慎重さが見られた。大国間の相互抑止が機能するには、そうした厳しさが必要ということだろう。現在の米中関係にはそうした雰囲気が感じられず、米国が一方的にあおられているような印象がある。
さらに、バイデン政権では、大統領自身が「台湾防衛の責務がある」と語ったり、台湾有事の際の米軍直接介入の可能性を認めるかのような「放言」が繰り返されたりして、その都度、当局者が「米政府の政策に変更はない」と訂正に走らされてきた。不要な誤解や摩擦を避けるための無駄な労力を重ねる中で、中国の行動エスカレートを許している情勢について「戦略的曖昧性どころか、戦略的錯乱」(※3)と揶揄する声もある。
中国による今回の大規模演習では、日本の排他的経済水域(EEZ)にもミサイルが撃ち込まれた。台湾周辺を含む米中の軍事バランスは、オバマ政権時よりも一段と中国優位に傾いているとされ、現実に中国はその牙をむき出しにしつつあると言える。キャンベル氏やバイデン大統領がオバマ時代の対中イメージにとらわれているとしたら、大きな勘違いだろう。台湾をめぐる米国の対中競争管理のリスクは、日本にも他人事ではない。
バナー写真:記者団の取材に応じるバイデン米大統領(左)=2022年8月8日、米デラウェア州・ドーバー(AFP=時事)
(※1) ^ “The China Challenge Can Help America Avert Decline--Why Competition Could Prove Declinists Wrong Again,” by Kurt M. Campbell and Rush Doshi, Foreign Affairs, Dec. 3, 2020.
(※2) ^ 民主党政策綱領。2020 Democratic Party Platform, pp.88-89.
(※3) ^ “Nancy Pelosi’s Trip to Taiwan Is Too Dangerous,” by Bonnie S. Glaser and Zack Cooper, Guest Essay, NYT, July 28, 2022.